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未来の会

今日のウクライナを明日の台湾にしてはならぬ

今日のウクライナを明日の台湾にしてはならぬ
中国は国際秩序の破壊に加担するのか

「今日のウクライナは明日の台湾」になるのか。ロシアのウクライナ侵攻の成り行きを固唾を呑んで凝視しているのが中国だろう。国際社会はロシアを止められず、米国はウクライナ防衛の為に軍を派遣しなかった。中国が台湾に侵攻する作戦を想定したシミュレーションとしては、これ以上ない機会になった筈だ。

 台湾の蔡英文総統はロシアが軍事侵攻に踏み切る前から「台湾は長く中国の軍事的な脅威に直面し、ウクライナが置かれた立場を我が事の様に感じる」とウクライナに同情を寄せていた。侵攻直後、台湾高官は「ウクライナ情勢に便乗して外部勢力が台湾海峡の平和と安定を破壊する事を警戒せねばならない」と中国への警戒感を露わにし、蔡総統は、ロシアがウクライナ侵攻に当たってフェイクニュース(偽情報)を流す等、民心を撹乱する情報戦を仕掛けた事を念頭に、警戒・監視等の対策強化を政府機関に指示した。

 中国側は「台湾当局は米国や西側の世論に歩調を合わせ、ウクライナ問題を利用して、中国の軍事的脅威を、悪意をもって騒ぎ立てている」と反論していたが、ロシアのウクライナ侵攻が中国共産党内の台湾統一強硬論に火を付ける可能性が指摘される。中国共産党政権が1949年の建国以来、国民党政権が逃げ込んだ台湾(中華民国)に侵攻しなかった主な理由は2つ。米国との戦争と国際的な孤立を恐れたからだ。

ロシアが誘う破滅への道

 ロシアはウクライナに侵攻しても米国との戦争にならなかった。残る観点は、ロシアが国際的にどこ迄孤立するか。欧米や日本は厳しい経済制裁によってロシアを孤立させようとしている。鍵を握るのが中国だ。資源大国のロシアと言えども、国際的なサプライチェーンや金融決済から遮断されては経済が苦しくなる。そこに、米国と並ぶ経済大国の中国が手を差し伸べれば、経済制裁の効果は薄れる。逆に中国が経済制裁で欧米と足並みを揃えれば、ロシアは窮地に追い込まれる。

 ロシアのウクライナ侵攻によって、中国がいずれ迫られる選択の時期が早まったと言えそうだ。その選択とは、第2次世界大戦後の国際秩序の延長線上でリーダーを目指すのか、戦後国際秩序を破壊して新たな覇権国家たらんとするのか、の2択。南シナ海への軍事進出等から、とっくに後者の覇権主義を選択していると見る向きもあろうが、71年に中華民国から代わった国連安全保障理事会の常任理事国という大国の座と、2001年に加盟した世界貿易機関(WTO)の自由貿易秩序を最大限に利用して台頭して来たのが中国だ。米国主導の国際秩序に挑戦して米中2大国(G2)主導の新秩序に再編したいという野心は有っても、戦後国際秩序を根底から破壊しようと迄は考えていなかったのではないか。

 あところが、ロシアは今回、戦後国際秩序を覆す道を選んだ。米国と旧ソ連が世界を二分した東西冷戦期に時代を引き戻し、かつての東側=社会主義陣営を権威主義国家陣営として再構築して、そちらに中国を誘おうとしている様に映る。共産党独裁体制の盤石化を図る中国の習近平指導部がこれを奇貨として誘いに乗るのか、西側=民主主義陣営と協調する立場に踏み留まるのか。その岐路に立つ中国の判断は、21世紀以降の人類の未来を左右すると言っても過言ではないだろう。

 ロシアのウクライナ侵攻は、曲がりなりにも戦後国際秩序の中心にあった国連の無力さを曝け出した。ロシアは世界の安全保障に責任を持つ安保理常任理事国(P5)の一員であるにも拘わらず、戦争を禁じた国連憲章等の国際法を踏みにじって他国の領土に軍事侵攻した。武力による領土・領海の現状変更も、他国の統治への軍事干渉も明確な国際法違反である。P5が核兵器の保有を許されてきたのも、国際秩序を守る側にいるとの前提があったからだ。一方的に他国に攻め入って、核の使用をちらつかせて恫喝するに至っては、もはやP5の資格を剥奪されて然るべきだ。

 プーチン露大統領は「ロシアは最も強力な核保有国の1つだ」と強調して見せた。欧米がウクライナに軍事介入すれば核戦争も辞さないという脅しだ。これが有効なら、中国にしてみればそのまま台湾に当て嵌められる。中国人民解放軍が「台湾の解放」を宣言して侵攻した時、米国は核戦争を覚悟してでも台湾に派兵するのか。

安倍外交の罪と外務省の劣化

米国が主導する北大西洋条約機構(NATO)は今回、ウクライナが同盟国ではないという理由で軍事介入を否定した。台湾も同様、米中新冷戦の最前線に位置しながら、米国の同盟国ではない。米国はウクライナに武器の供与や兵員の訓練等の軍事支援を行って来たが、その点も台湾は同じ。米国は今後、中国の台湾侵攻を抑止する対応を迫られ、台湾への軍事的な関与を強めざるを得なくなるだろう。しかし、中国はそれを台湾独立派への支援と見做し、台湾海峡の緊張が更に高まる展開も予想される。

 あ岐路に立つ中国がロシアに同調して覇権主義の道を選べば、その脅威に直面するのは台湾だけではない。仮に台湾有事になって米国が軍事介入すれば、日本は米国の同盟国として米中戦争の当事者になる。米国が台湾防衛に躊躇すれば、次に中国が狙うのは尖閣諸島(沖縄県)であり、東シナ海から太平洋に進出する海洋覇権だろう。日本を取り巻くアジア太平洋の安全保障環境は益々厳しくなる。台湾のみならず、日本にとっても、国際社会全体にとってもウクライナ情勢は正に我が事なのだと言わなければならない。

 ロシアによるこれ以上の秩序破壊を制止し、中国を秩序維持の側に踏み留まらせる事が出来るとすれば、国際社会の連帯しかない。国際秩序を破壊しようとするならば、決定的に孤立し、その代償は国民が払う事になると思い知らせるのだ。しかし、その様に深刻な状況で日本の岸田文雄政権は何をしたか。欧米各国が厳しい経済制裁方針を突き付けてプーチン大統領にウクライナ侵攻を思い留まるよう説得を続けていた2月15日、林芳正外相とロシアのレシェトニコフ経済発展相がテレビ会議形式で「貿易経済に関する日露政府間委員会共同議長間会合」を開き、あろう事か経済協力の話し合いを行ったのである。

 自民党から批判の声が上がると外務省は「日露のチャネルを閉ざすべきではなく、この機会を利用してウクライナ問題への日本の立場をしっかり訴える事を重視した」と釈明した。だが、ちょっと考えれば分かる事だ。もし仮に中国が台湾侵攻の構えを見せた時、国際社会が結束して侵攻阻止の努力を続ける中で中国と経済協力の協議を行う国が在ったとしたら、中国の脅威と向き合う我々の目にそれはどう映るか。

 唖然としたのは、外務省が何らかの信念を持ってロシアとの経済会合に応じた様には見えない点だ。ロシアがウクライナのクリミア半島を一方的に併合した14年、日本は欧米諸国の経済制裁に一応参加したものの、軽い制裁措置に留める一方、北方領土交渉に強い意欲を示していた当時の安倍晋三首相はプーチン大統領を山口県の高級旅館に招いたり、鈴木宗男氏のパイプを活用し続けた。その後もプーチン大統領との会談を繰り返し、「シンゾー」「ウラジーミル」と呼び合う仲に迄なり、日露経済協力を推し進めた。そうした安倍氏の親露路線の延長線上で開かれたのが2月の経済会合であり、国際社会で日本が果たすべき役割より安倍氏への忖度を優先して来た外務省の劣化を改めて浮き彫りにした。

 安倍氏に近い高市早苗自民党政調会長までもが「ロシアを利する」と林外相の対応を厳しく批判したが、プーチン大統領をここ迄増長させた一因が安倍外交に有った事を忘れてはいけない。惰性で引き継いだ安倍路線からの転換が急務で有る事に岸田首相もようやく気付いた様だ。

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