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第160回 政界サーチ 政権像ぼんやり、参院選までは我慢?

第160回 政界サーチ 政権像ぼんやり、参院選までは我慢?

岸田文雄政権の足踏み状態が続いている。内閣支持率はそこそこ安定しているものの、新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」への対応で準備不足が露呈した上、清新さをアピールする筈だった外交方針「新時代リアリズム外交」も「佐渡金山の世界遺産登録問題」でのっけからミソが付いた。大失点こそ無いものの、加点も殆ど無い。政権像がぼんやりとしたままなのだ。

 「厳しさと複雑さを増す国際情勢の中で、日本外交のしたたかさが試される1年です。私自ら先頭に立ち、未来への理想の旗をしっかりと掲げつつ、現実を直視し、『新時代リアリズム外交』を展開していきます」

佐渡金山と新時代リアリズム外交

 就任後初となる通常国会に臨んだ岸田首相。その施政方針演説で耳目を引いたのは「新時代リアリズム外交」という新たな概念だった。

 岸田首相によれば、「自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値や原則の重視」「気候変動問題等の地球規模課題への積極的な取り組み」「国民の命と暮らしを断固として守り抜く取り組み」の3本の柱からなるのだと言う。

 基本方針なのだから、肉付けはこれからなのだろうが、分かる様でピンと来ないのが実態だ。要は安倍晋三元首相らとは異なる「ハト派」の外交方針なのだろうと思案していたら、自民党幹部がニンマリしながら話し始めた。

 「古くは吉田茂まで遡り、池田勇人、大平正芳、宮澤喜一らの首相を輩出した名門派閥・宏池会(現岸田派)の面目躍如という事なんだろう。リアリズムというのがいかにも宏池会だよな。個々の言葉を拾って見れば分かる。国威を感じさせる単語が無い。軍事よりも経済、イデオロギーよりも現実を、と言う事だろう。まさにハト派の演説だ」

 当欄でも度々紹介している自民党の派閥・宏池会は伝統的に政策通揃いのハト派集団として知られている。かつては、議員の大半を高学歴の官僚出身者が占め、他派閥からは「喧嘩の出来ないお公家集団」と揶揄される事も有った。武装強化も辞さないタカ派である安倍元首相が率いる派閥・清和会とは対極に位置していると言って良い。

 岸田政権は、岸田派、麻生派、谷垣グループという宏池会を源流に持つ派閥と、宏池会と同盟関係にあった田中派を源流とする茂木派を中軸にしている。これを宏池会と対立した岸信介元首相を源流とする最大派閥・清和会がサポートする形になっている。

 言ってみれば、ハト派がタカ派の支えを得た格好で成立しているのだ。異分子を抱えた構図になっているのだから、時折〝不整脈〟も生じる。「佐渡金山の世界遺産登録問題」がまさにそれだった。

 新潟県・佐渡島の金山を巡っては、文化審議会が昨年12月に推薦候補に選んだ。これに、韓国政府が「かつて朝鮮半島出身者の強制労働の現場だった」と猛反発し、年越しの課題になっていた。

 登録の審査機関である世界遺産委員会(日本等21カ国で構成)は指針で国際間の論争が有る場合は「当事者間の対話」を促すよう求めており、外務・文部科学両省内では「韓国が反対する中で推薦しても登録は難しい」との空気が大半を占めていた。

 韓国は3月に大統領選を控えている。文在寅政権との間でこじれた日韓関係修復の好機を迎えており、首相官邸も当初は推薦を2023年度以降に先送りする方向へと傾いていた。

 これに自民党内のタカ派が噛み付いた。

 「佐渡金山は主に江戸時代の歴史を伝えるものであり、戦時中の話では無い。韓国の言い分を聞いて見送るとは弱腰外交だ」

 弱腰批判が瞬く間に噴き出し、安倍元首相が顧問を務める議員連盟「保守団結の会」が速やかな推薦を政府に求める決議に踏み切った。高市早苗政調会長も記者会見で「日本国の名誉に関わる問題だ」と声を上げ、タカ派の包囲網が形成された。決定打は、安倍元首相が自身が率いる清和会の会合で、「論戦を避ける形で登録を申請しないというのは間違っている」と断言した事だった。

 同盟国の連携強化で中国の覇権主義をけん制しようとする米国のバイデン大統領の手前、日韓関係の更なる悪化は避けたかった。しかし、7月の参院選を控え、最大派閥である清和会の支持を失うのは政権の命脈にも関わって来る。

 悩んだ末、岸田首相は「佐渡島(さど)の金山」を23年の世界文化遺産登録に向け、国連教育科学文化機関(ユネスコ)へ推薦する決断を下し、2月1日に閣議決定した。記者団に翻意したのかと質問された岸田首相は「方針転換ではない」と強調したが、タカ派の主張を無視出来ないハト派の実態を曝け出す事になった。

 ただ、岸田首相の決断には深謀遠慮が有ったとの見方も有る。自民党長老が語る。

 「参院選までは我慢という事だろうな。世界遺産に関しては安倍さんの言い分を聞いて、1つ貸しを作ったんだと思うよ」

中間選挙と共産党大会と参院選

長老は外交問題にも付言し、「バイデン大統領が進める同盟強化は中国を見据えての事だ。その中国だが、今年は日中国交正常化50周年の節目。中国政府が9月に対面での記念式典を開催する事を検討しているとの連絡が入っている。政権基盤の安定を優先し、秋に備える。対中外交では自分のスタイルを貫くよ、という含意が有るんじゃないかな」と解説した。

 岸田首相は著書で対中関係について、「RCEP(東アジア地域包括的経済連携)やTPP協定といった枠組みを主導することで中国を含めた大きな輪を作り、そこに時間をかけてアメリカを巻き込んでいく」と書いている。対中強硬論一辺倒のタカ派とは一線を画す内容と言って良い。中国に対する厳しい意見が多い自民党内の現状を見れば、岸田スタイルの実践は容易では無いだろうが、見据える先に中国が有るのは間違い無い。

 「岸田さんは安倍政権時代に4年7カ月も外相を務めた。『外交・安全保障問題の分野では、私以上に経験豊かな政治家はあまり見当たらない』との自負が有る。韓国の反発は、戦前の話の蒸し返しであり、外交の現実問題として、慰安婦問題での合意を反故にした韓国には厳しい態度で良いという判断じゃないの。タカ派の軍門に降ったというのは一面で、実態はリアリズムに基づく決断をしたという事じゃないの」

 宏池会の若手議員は一連の騒動をクールに分析して見せた。一部のメディアが騒いでいるだけで、政権運営に直接関わる程の問題ではないと言う。

 外交はそれぞれの国が権益を争う交渉の場だが、同時にそれぞれの国の内政事情とも深く関わっている。日米中の3国を見ると、今年はいずれも重要な政治イベントを抱えている。外交の場にもそれが反映され、前半は動きが取りにくいとも指摘されている。

 米国は11月に中間選挙が有る。支持率低迷に喘ぐバイデン大統領の政権運営に大きく影響すると見られている。中国は秋に5年に一度の共産党大会を控えている。日本も同様だ。7月に参院選が有り、政治の焦点は当面そこに向かわざるを得ない。

 「新時代リアリズム外交の全容が明らかになるのは秋以降という事だな。先ずはオミクロン株への対応、新たな資本主義を目指す諸政策を着実に履行し、参院選で勝利して政権基盤を盤石にする。岸田政権の真骨頂となるであろう新たな外交の展開は、その後のお楽しみだ」

 自民党長老は存外、楽観的な見方をしている。

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