米国の「MB賞」と日本の「経営品質賞」
ここで、再度MB賞について簡単にまとめておきたい。
1980年代、日本経済は絶好調で、日本の経営がもてはやされていた。書籍では『Japan as No.1』等が上梓された頃である。それに対して米国は、「日本の強さは品質にある」と結論付け、80年代前半の経済活動の大幅な落ち込みの原因分析と根幹的な対策の確立に国を挙げて取り組んだ。そして87年のレーガン政権下、競争力強化の為の法制化でマルコム・ボルドリッジ賞(MB賞)の設立を決定し、88年からMB賞がスタートとなったのである。MB賞は、ボーイング、テキサス・インスツルメンツ、ゼロックス等著名な企業が受賞しており、大統領自らが表彰を行うことでも知られている。米国ではMB賞に限らず、シックスシグマなどの品質管理手法もこの頃に誕生し、品質と並んで「顧客志向」も経営品質に関わる重要なキーワードになっている。
一般企業だけでなく、病院や学校の経営についても社会的に大きな問題となっており、この分野もMB賞の対象とすべく94年からパイロットプランがスタートした。95年には46の医療機関と19の学校が審査に応募し、評価とフィードバックが行われ、99年からは「教育」と「ヘルスケア(医療・福祉)」の2部門が新設された。
一方、日本では社会経済生産性本部(現在の日本生産性本部)が日本版マルコム・ボルドリッジ賞として「日本経営品質賞」を設立した。96年からスタートし、毎年12月に受賞企業が発表されている。第1回目の受賞企業はNEC半導体事業グループ、97年度はアサヒビールと千葉夷隅ゴルフクラブで、必ずしも大企業が受賞するとは限らない。また97年3月26日には地方自治体として第1号の経営品質賞が板橋区役所で誕生した。現在千葉県、新潟県、福井県が県としての経営品質賞を設置している。
この考え方の特徴は以下の4つである。
①顧客本位:価値の基準を売り上げや利益ではなく、顧客からの評価に置く。
②独自能力:他組織と同じことをより上手く行うのではなく、他組織とは異なる見方、考え方、方法による価値実現を目指す。
③社員重視:1人1人の尊厳を守り、社員の独創性と知識創造による企業・組織目標の達成が重要。
④社会との調和:企業・組織は社会の一員であるとの考え方に基づいて、社会に貢献し、社会価値と調和することを目指す。
日本の医療に「経営品質」をいかに導入するか
米国MB賞において医療分野が重視されてきたという背景を受け、日本でも医療において経営品質の考え方を使えないかという議論は出てきた。ここで問題になったのは、「日本の医療機関において、米国のように直接に経営品質という考え方を導入してもいいのであろうか」という点であった。例えば米国では医療分野でも「株式会社」が公に認められている。日本でも株式会社立の病院は存在するが、それらの病院が、公立病院や公的病院、医療法人立等の病院に対して対等にものを言っているとは言い難い。言い換えれば「昔から存在している為に例外的に認められている病院」といった位置付けである。しかしこのような病院は、主に製造業の従業員の健康管理から起きている為、品質改善の努力や品質改善手法の導入といった意味では、公立公的医療法人グループに負けないすぐれたものを持っているケースも少なくない。
米国では株式会社立病院が十数%存在している。非営利経営をしている80%以上の病院においても「品質を高める努力」という点においては、株式会社立病院が導入している品質改善手法を積極的に取り入れている。そのため、米国では様々な品質改善手法を導入している病院が多いのである。
さらに、米国の方がQI(Quality Indicator<医療の質を示す指標>)が先に普及していた為、医療の質に関しても透明化が進んでおり、医療以外の専門性を持つ職務(例えば品質管理者等)においても、医療の質を評価し改善することができる環境が整っていた。
このように、米国と日本では医療とりまく環境がかなり異なっており、日本の医療機関において米国の経営品質の考え方を直接導入することは少し難しいのではないかという議論が生産性本部の中でも起きた。そこで、本格的に企業と同じ経営品質という考え方を持つ病院を募集したり評価したりする前に、「医療職の目も含めた評価」を先に行ってはどうか、という意見が出てきた。これが現在の「日本版医療クオリティークラブ(JHQC)」の発足につながったのである。
日本経営品質賞の設立から十数年の時が流れ、11年には川越胃腸病院、12年には福井県済生会病院が本賞を受賞した。 もちろん、JHQCのSクラス認証という適正な医療の品質を持つということを前提にしての受賞であるが、日本でもようやく米国のMB賞受賞病院と同様のレベルの病院が生まれてきたということになる。
前回の、この連載の記事で受賞病院を記載し紹介したように、経営品質賞受賞病院は、認証ではなく、「賞」という形をとっているために多くはないが、少しづつ増加している。
JCIと比べるとJHQCの認知度はかなり低いが、JCI の認証とJHQCを比較してみよう。
JCIとJHQCの位置付け
JC(The Joint Commission)は米国では基盤的な認証になっている。しかし米国以外の国においては、JCIはその本体であるJCとは若干違った位置付けになっている。
例えばアラブ諸国で高度な医療を展開しているUAEにおいて、13年のJCIの認証組織は92カ所ある。これはUAEの人口が866万人(13年)であることを考えると驚異的な数となる。一方シンガポールにおいては21病院が認証されている。これも同じようにシンガポールの住民が540万人(13年)ほどであることを考えると非常に多いと言える。
こういったケースでは、JCIが医療機能評価機構のような役割を担っていると言うこともできる。しかし、英語のハードルがある国や、自国に独自の病院機能評価機構が存在している国においては、若干様子が違う。これはタイや、韓国、マレーシア等に見られる現象であるが、自国での病院機能評価が基盤的な認証になっており、JCIは高度な医療機関、場合によっては医療観光を行っている医療機関の認証のようになっている。JCIが高価であるため、認証の費用対効果を考えればなおさらこのような状況になる。
日本においても同様の状況であると言えよう。一方日本における経営品質賞は、地域医療を中心に行っている病院でも受賞されうる。言い換えれば、最先端医療を行っている高度急性期病院や、ある分野で世界に冠たる病院はJCIを狙うことができる。一方、経営品質賞(現在ではSクラス認証は中止)は、そこまでの病院でなくても認証されうるし、認証を受ける意味がある。JCIとJHQCの位置付けには、このような相違点があると言えよう。
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