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未来の会

方針なきバラマキに陥りかねない「令和版所得倍増」

方針なきバラマキに陥りかねない「令和版所得倍増」
独自色を出したい首相が急がせる、「分配」の公約実現

岸田文雄政権は11月9日、全世代型社会保障構築会議と公的価格評価検討委員会を同時に発足させ、社会保障制度改革に着手した。まずは公約の「成長と分配の好循環」の実現に向け看護、介護、保育等の従事者の処遇改善を手掛ける。

 ただ、安定財源にメドはついておらず、予算編成の段階から難航しそうだ。社会保障政策全般では「人生百年時代の不安解消」「勤労者皆保険」を掲げるものの、実現への道筋は見えないままだ。

 公的価格評価検討委員会は、診療報酬や介護報酬等国が価格を定める制度を見直し、処遇改善に結び付ける事を意図して作られた。9日の初会合で岸田首相は「前倒しで(賃金の)引き上げを実施する」と述べ、年内に中間整理をまとめるよう指示した。

看護・介護・保育の処遇改善に実効性はあるか

 11月19日に決めた経済対策では、早速「介護職や保育士、幼稚園教諭は収入の3%程度(月額9000円)、看護師は1%程度(同4000円)」の賃上げを打ち出した。首相は賃金水準が低いとされる介護や保育従事者らの賃金を公的価格で上げて示しを付け、他職種にも賃上げを波及させる事を狙っている。一時衆院選で公約にしようとした「令和版所得倍増」を意識したものだ。

 厚生労働省は初め、来年度当初予算案に反映させる意向だったが、首相の強い意向で今年度補正予算案への前倒しが決まった。首相の経済政策には「アベノミクスの二番煎じ」との批判が出ており、独自色を出す事に拘わった為だ。

 自民党は先の衆院選で大勝したとは言え、接戦を強いられた小選挙区が少なくなかった。次期参院選は定数増で過半数ラインが125議席に上↖がる。衆参で多数派が異なる「ねじれ国会」の再来を防ぐには、自民党は改選57議席中43議席を守らねばならない(公明党が現状の14議席を維持する場合)。参院選で政権への本格的な信認を得たい首相は周辺に「自民党総裁選で掲げた政策は前倒しでやるんだ」とハッパを掛け、「分配」のアピールに躍起になっている。

 確かに、「分配による格差是正」を指向する首相にとり、賃金アップは分かり易い指標ではある。但し、介護職の待遇改善策としては、既に介護事業者に支払われる報酬に上乗せをする加算制度がある。19年度には勤続10年以上の介護職の月給を8万円増やす仕組みも作られた。

 だが、研修費等に充てる事業者もあり、全て賃金に回っている訳ではない上、事務手続きの煩雑さを嫌ってか7割弱の事業者しか請求していない。

 保育士に関しても13年度に加算措置が導入され、17年度には最大4万円を加算する制度も始まった。それでも、ボーナス等を含めた職種別の平均月収は、20年の全産業平均が35万2000円なのに対し、介護職員は29万3000円、保育士は30万3000円と依然大きな開きがある。

 首相は当初賃上げの財源に想定していた金融所得課税の強化について、株価下落を懸念する声に押されてあっさり取り下げた。代替財源には口をつぐんだままだ。賃上げは1回きりという訳にはいかない。引き上げた賃金水準を翌年以降も維持していくには恒久財源がいる。

 政府は、既設の処遇改善加算を充実させたり、介護報酬等の単価を引き上げたりする事を検討している。

 だが、厚労省幹部は「予算をどう組むか頭が痛い。生活必需品の値上がりが続く中、賃上げを実感してもらえる引き上げ幅を確保出来るだろうか」と漏らす。介護報酬や診療報酬を使って賃金を引き上げる以上、月々の保険料や税、または医療費等窓口負担の増加に跳ね返る可能性が有る。

 菅前政権は新型コロナウイルス対策で後手に回り退陣に追い込まれた。首相はこれを教訓に、コロナ対策でもバラマキに走っている。

 「いや、いいからとにかく特例は続けるんだ」。11月初旬、雇用維持を目的に雇用保険から企業に払う雇用調整助成金の特例縮小を訴える後藤茂之厚労相の言を遮り、首相はそう伝えた。

 コロナ禍でのリストラを減らすため、雇用調整助成金には日額アップ等の特例が設けられた。既に5兆円近いカネが投じられている。

 ただ、緊急事態宣言明けに伴い人手不足を訴える業種も出ているのに、特例がある為に自在な転職を妨げる事例も出ているという。後藤氏はこうした点を説いたが、首相は一切耳を貸さなかった。

 今後、社会保障制度改革に関しては首相が10月に所信表明演説に盛り込んだ「勤労者皆保険」の実現も課題となる。働き方に拘わらず充実したセーフティーネットを受けられるよう、働く人は誰でも加入出来る制度の創設を謳う。

 ただ、労働者だけでなく、企業負担分の保険料が膨らむのは確実だ。これまで厚生年金の短時間労働者への適用拡大ですら関係業界の理解をなかなか得られず、ようやく24年10月から「従業員50人超の企業等」が対象に加わるに過ぎない。企業の負担増には与党内にも慎重派が多く、先行きは不透明だ。

子育て支援か経済対策か、曖昧な給付金

少子化も着実に進んでいる。20年の出生数は前年より2万4407人減の84万832人と、1899年の統計開始以来過去最少を記録。合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子供の数に相当)は1・34と5年連続で低下している。

 しかし、子供関連政策の司令塔になるはずの「子ども庁」創設は省庁間の調整がもたついており、23年度以降に先送りされる見通しだ。小中学校の義務教育分野は早々と文部科学省内に残る事になり、「縦割り打破」はいきなりつまずいた。

 今回の経済対策では、18歳以下の子供に1人10万円相当の給付金を配る子育て世帯への支援も決まった。うち、5万円分は児童手当の仕組みを利用し、申請しなくとも国側が支給する「プッシュ型」の支給とする。

 対象は「主たる生計者の年収が960万円未満」の世帯の子供だ。これだと夫婦とも800万円の年収がある世帯の子供が支給対象になり、自民党内からでさえ「世帯合算の年収基準とすべきだ」との声が公然と上がった。

 しかし、合算だと児童手当の給付システムを使えず、プッシュ型とならずに支給が遅れる事から首相は拒否した。給付金が子育て支援なのか経済対策なのかも曖昧なままだ。

 コロナ対応が軸の経済対策は無制限に積み上がり、過去最大の55・7兆円にも達する。参院選をにらんで規模有りきとなっているにも拘わらず、与党内で歯止めを掛ける動きはほぼ無い。

 これまでの大型補正予算の連発により、国の借金、国債残高は1000兆円近い規模に膨らんだ。それなのに負担増の話は一切出て来ない。先の衆院選で落選した財政再建派の元自民党幹部はこう吐き捨てた。「常軌を逸したバラマキだ。とても先進国の政策議論とは思えない」。財務省事務次官も同感だろう。

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