間違い認めない姿勢も感染対策遅らせている要因に
新型コロナウイルス対策として東京や神奈川、大阪等19都道府県に発令されていた「緊急事態宣言」と、宮城や岡山等8県に出ていた「まん延防止等重点措置」は、9月30日をもって全て解除された。全国的に感染者が急減したためだが、その要因は専門家にすら分かっていない。政府・与党内には「行動制限を求めるだけ求め、感染が減った要因等肝心な事が分からないのでは、専門家の体をなしていないのではないか」と専門家に対する疑念が日に日に高まっている。
感染状況が改善したのは、数字を見れば一目瞭然だ。7月以降に訪れた「第5波」の新規感染者数のピークは8月20日で2万5852人。その後は減少を続け、解除された10月1日には1443人と15分の1以下にまで落ち込んだ。感染者数以外の指標も軒並み改善しており、宣言解除を判断した9月27日時点では、重症者数は9月3日の2223人から半減の1062人で、自宅での療養者数も13万5000人から3万人にまで下がった。
こうした状況に対応するかのように、医療ひっ迫度合いも改善し、9月27日時点で東京都の重症者向けの病床使用率は40%、神奈川で33%、大阪で30%と、解除の目安とされた50%を下回った。
「何のため専門家いるか分からない」
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会(尾身茂会長)は8月12日に感染爆発で医療のひっ迫が深刻化しているとして、集中的に対策を強化し、今回の緊急事態宣言が出される直前の7月前半に比べて人と人との接触を5割削減するよう求めた。しかし、5割削減は達成されていないにもかかわらず、感染は急減しており、「なぜこれほどまでに感染が落ち込んだか正確に分からない」(厚労省への助言組織「アドバイザリーボードメンバー」の1人)という声が漏れる。
とはいえ、専門家サイドでは分析を試みており、9月16日の厚労省のアドバイザリーボード(脇田隆字座長)で、減少要因を列挙した。それによると、①連休や夏休みの影響の減少や長雨の影響により外出の減少②感染者急増や医療ひっ迫の情報や報道がメディア効果を発揮し行動変容が起きた③ワクチン接種が現役世代を含めて進み、流行の後半に起きる病院や高齢者施設でのクラスター発生がワクチン接種により抑制された——等を挙げているが、いずれも「可能性がある」という注釈を付けており、断定を避けている。
更に、尾身会長は9月16日の参院厚労委員会で、ワクチン接種率等のデータを基に、東京都内の繁華街における夜間滞留人口について分析した結果を明らかにし、8月以降、ワクチン接種者に比べて未接種者の方が滞留していた割合が少なかったと推計し、こうした事も感染急減に繋がった可能性を示唆した。
また、多くの日本人が交差免疫を取得していたり、家族や友人等同じ人物と行動を共にしていたりした事の他、夏や冬に流行が起きやすいという季節性に起因する可能性を指摘する専門家もいるが、「決定的な要因は見出せていない」(厚労省幹部)という。
こうした状況に、政府・与党内には専門家に対する不満が高まっている。厚労省幹部の1人は「これから第6波が起きるのは確実。そのためにも感染者が減った要因を分析するのは大事な事だが、専門家に聞いても一向に明らかにならない。いくつかそれらしき要因を指摘しているものの、いずれも根拠に欠けており、思い付きの域を出ない」と呆れる。感染症対策に当たる閣僚も「何のために専門家がいるのか分からない」と手厳しい。
アドバイザリーボード座長の脇田隆字・国立感染症研究所長は9月16日の記者会見では「それぞれがどの程度どんな割合で効いているのかというのを詳しく分析するところまでは至っていない。分析は今後お願いしていく」と述べるのに止まる。日本は感染者情報を国や自治体が共有するシステム「HER−SYS(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム)」の入力が遅い等、専門家にとっては「不利」な状況があるのは否めない。
要因分析の提示は最低限の「責任」
一方で、決定的に明らかになった事が1つある。それは人流と感染者の増減が必ずしも結び付いていない点だ。これまで専門家は「人流を抑える事が感染者の減少に繋がる」と盛んに呼び掛け、8月には「人と人との接触5割削減」も改めて提案した。夜間の繁華街等では人流が減ったところも確かにあるが、多くの地域では思うように減ってはいない。地域によっては増えたところもあるぐらいだ。それにもかかわらず、感染者が急減した事に専門家は答えを全く持ち合わせていないのだ。
厚労省を取材する大手紙のある記者は「世界的にみてもここまで急激に感染者が減少した国は珍しいのは確かだ。感染症対策として接触削減は基本で専門家の訴えは基本的に正しいと思うが、詳しい要因分析を早急に国民に説明する事は必要だ」と話す。
これまでも専門家は政府に対峙するような形で、厳しい行動制限を呼び掛け、国民の一部に反発する声は常にあった。「5割削減」を提案した尾身会長の会見時にはネットでは、「医療体制作りをしてこなかった政府や分科会が招いた人災だ」「役に立たない分科会にはうんざりだ」の他、「口だけ番長の専門家はもういい加減にしてほしい」等、批判も目立った。こうした批判に応えるためにも専門家として感染が急増した要因を分析し、世間に提示するのは最低限の「責任」だ。
8月末には、アドバイザリーボードに参加しない在野の専門家が「感染経路をごまかしてきた事が感染を拡大させた元凶だ」とする声明を出し、「自粛や行動変容だけが感染対策ではない。専門家の治験が十分活用されていないのに、万策尽きたというのは違和感がある」と訴えた。訴えの中心となったのは医師で法学者の米村滋人・東京大教授で、「日本では科学的に合理的な感染症対策が行われているのだろうか」と疑問を呈した。
特に、空気感染を認めない点について疑義を挟んでおり、アドバイザリーボードら政府に助言する専門家に対するその他の専門家からの批判と受け取れる。アドバイザリーボードら専門家は当初から空気感染という言葉を使う事に否定的だったが、空気感染とほぼ同義のエアロゾル感染が感染を広げているのは明白だ。にもかかわらず、「専門家は自分達が間違ったアナウンスをしていた事を認めたくないため、説明ぶりを一切変えていない。こうした事も感染対策を遅らせている要因だ」(厚労省関係者)という批判も根強い。
本来は感染のリバウンドを抑えるためにも、宣言を解除する際に要因分析を提示する事が求められるだろう。それが出来ないなら、専門家はメンツやプライドにこだわらず、真摯にデータと向き合い、早急に分析結果をまとめるべきだ。
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