専門家に起きる変化
今回が最終になるが、前回に引き続き専門家という視点からの考察を続けたい。
専門家に今後は4つのトレンドが起きるという。
すなわち、
①オーダーメイドサービスからの撤退
②門番の迂回
③後手から先手へ
④より少ないコストでより多くのものを
というトレンドによって、専門家の時代が変わっていくとされている。
1つめのポイントは、専門家からの専門サービスはオーダーメイドであったということである。医療はこの典型例であって、患者個人の体が人によって異なるので個別化された医療サービスが必要とされてきた。さらに、ここに価値観の個別化が加われば、なおさらである。
そういった点では、オーダーメイドの方向というのは、専門家が生き延びる1つの方向性と筆者は考えるが、ここに対して2つの反対する意見があり得る。
1つは、医療はオーダーメイドというが、実際にはオーダーメイドでない医療サービスも結構多いのではないだろうかという点である。軽医療がこれに当たる。もう1つは本当にオーダーメイドのサービスができていたのだろうか、という指摘である。
これらは、家庭医としてのサービスが広がれば、疾患を診るのではなくて、家庭医としての医療サービスを提供するということで反論できる。
ただし、この反論にはさらに反論が可能である。1つはオーダーメイドの、すなわち個別化した医療自体が医師1人ではできず、チームで行う。状況によってはチームのメンバーはリアルに同じ場所にいなくていい。さらには、チームのメンバーは全てが人間でなくても良いといったような考え方もあり得る。ただ、だからといって医師の役割がなくなるわけではなく、むしろ医師がそういったサービスのあるいはチームの中心であればいいということにもなろう。
オンラインコラボレーションという新たな価値の創出手段も現れた。専門家のさらなる専門分化に伴い、オンラインで自分の不得意な部分を得意な専門家に相談するというもので、医療の世界では、画像診断、皮膚科、眼科などで盛んになった。これは、患者情報が画像として共有しやすいという点もあろう。
門番の迂回、後手から先手へ
次のポイントは、門番の迂回とされる。後述するように、知識についての生活者の情報源は多様化しているので、これは十分考えられると思われる。
ただし、一人一人の患者から得られる情報は体系化されておらず、医師などの医療職はそれを体系化した教科書なり教師から学ぶ。これが医学であるが、多くの情報を統合化するという能力は IT あるいは AI の得意分野でもあるから、変化が予想される。
例えば教科書には書かれていない患者のちょっとした言動や症状が、例えば生活習慣病やがんのように長い時間をかける治療のポイントになったりするかもしれない。こういった点は、例えば患者コミュニティのような場所で情報交換されているようなビッグデータを解析しないと分からないであろう。
後手から先手へ、というのは医療においては予防医療になる。専門家は、問題が起きてからそれに対応するというスタンスを取ることが多い。すでに予防医療が注目されているように、難しい点は、専門家に相談しなければならないという状況にあることを生活者が認識するタイミングが必要であるということである。
生活習慣病に関して言えば、血糖値が高いということが健康診断などで認識されなければ、医療の専門家を受診する必要がないと思ってしまうだろう。ここは、前述してきたように、医療が生活の一部になることによって非侵襲的に血糖値がセンシングできれば、先手を打つことができることになる。しかし先手の部分には、旧来のスタンスを維持する専門家は、直接関与しにくいであろう。
より少ないコストでより多くのものを:効率化
最後により少ないコストでより多くのものをという部分である。効率化と言ったり費用対効果と言ったりする分野であり、経済学や経営学では重要視される。しかし専門家の世界ではこの部分は重要視されないことが多い。
これは、専門性のある仕事においては成果を測るのが難しく成果給という評価はしにくいため、弁護士や会計士などにみられるようにかけた時間に対しての請求になったり、医療や介護のように行った行為に対しての請求になったりすることが多い。
ただ、顧客である生活者のニーズが、情報をまとめて分かりやすく知りたいといったことに限定される場合には、AIは非常に素早く効率的にこの作業を行うであろう。
一方では専門的サービスの顧客が集まり、そのコストを分担するという考え方もある。
印刷技術によって、聖書などを庶民が読めるようになったために、宗教家の役割は大きく変わり宗教革命まで起きた。宗教家は、神の代理人という「専門家」であり、庶民に宗教を通して心の安寧をもたらしていたが、その役割が少なくなったのだ。
同じように、情報技術によって医学の解釈が容易になり、専門家である医師の役割が変わるか、あるいは減る可能性がある。
逆にAIや患者情報を医師が効果的に活用していく、という方向性があり、これが一番望ましい。しかし、効果的と効率的とは同じではない。患者の情報を得たり、AIなど外部から様々な情報を得たりするのには時間がかかる。少なくとも、今までに得た知識をもとに3分診療、というわけにはいかないであろう。すなわち、専門家の時間で考えれば非効率的になるかもしれない。
日本における専門家としての「かかりつけ医」
ここで議論してきた、専門家としての医師は、当面は技術者としての医師よりも、かかりつけ医、前回述べて来た「門番」としての医師により当てはまる。そこで、最後に、日本における医療制度とかかりつけ医を考えてみよう。
日本の医療制度は上図の特徴を持つ。この中で、かかりつけ医に最も関連があるのはフリーアクセスであろう。もちろん、これに対峙するのが登録制である。日本がいきなりフリーアクセスを辞めるということは考えられないが、フリーアクセスであるがゆえに、患者対応にあくせくしなければならないという側面があるのは否定できない。また、多くの患者を「さばかねばならない」という視点でも、専門家とは少し異なる。逆に、効率性は高い。
集患に苦慮することあるが、多くの患者を診察することで生産性を上げ、収入を多くするのか、欧米のように専門家ということで、尊敬されながら必ずしも高収入ではないがあくせくしないことを望むのか、なかなか意見が分かれそうなところである。
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