アンジェス、塩野義の治験「やり直し」で一層募る不安
「コロナ敗戦」と騒がれ、国際的な遅れが指摘されてきた日本のコロナワクチン開発の進展を伝える報道が、最近増えている。塩野義製薬は2021年度中に、第一三共は22年中にもワクチンを実用化するといった内容だ。
しかし、日本の多くのメディアはなぜか指摘しないが、これまでの開発の経緯や足元の環境等を分析すれば、そう甘くはない事がよく分かる。
アンジェスは痛恨の戦略ミス
大阪大学発バイオベンチャー・アンジェスの↘開発の迷走が、その何よりの証だ。
昨年3月、大阪大学やタカラバイオとタッグを組みいち早く開発に名乗りを挙げた。人への臨床試験(治験)の第一段階P1/2に同6月に着手、11月には有効性を確認する第二段階のP2/3に入る等国内勢の先頭を走ってきたが、今年に入ると大きく失速した。万人単位の最終段階の国際治験を実施するとの公約も立ち消え状態になった。
そして今年7月26日、山田英社長が突然の方針転換を打ち出した。先述したP2/3が3月に被験者への接種が完了しデータ解析を待つばかりの中で、ワクチンの用量を増やす治験を新たに開始するというのだ。「ワクチンの免疫応答を上げる」のが理由だ。要は、500人を対象にP2/3をやってみたが、感染予防効果との相関関係があると言われる中和抗体の数値がこの治験では及第点まで上がらなかった、という事なのだろう。
安全性を重視して先の治験ではワクチン投与用量を少なく設定したため、異例の高さの有効性を誇る米ファイザー等のmRNAワクチンに比肩できる中和抗体レベルが出なかったための治験やり直し、というのが会社の説明だ。
要はコロナウイルスの遺伝子情報を人の体内に注入し免疫反応を起こす新規のmRNAワクチンの実力値を見誤ったという事だ。P2/3開始当時にmRNAワクチンの実力が未知数だったのは確かだが、それでも開発が大きく遅れていた自社のワクチンの位置取りを考えれば、先発ワクチンの有効性が高く出た場合を想定し、自社ワクチンの有効性がより上がる高用量設定をも選択肢に入れたデザインでの治験を行う事が必要だったはずだ。この点で用意周到さに欠けていたのは間違いない。「失敗ではない」と言うが、その戦略ミスは明白だ。大きく遅れる開発の現状を考えれば、やり直しで失う時間と費用のロスはとにかく痛い。
8月17日には、従来の1回当たりの用量2㎎に加え、4㎎、8㎎等高用量投与群を加えた、400人を対象にした追加治験を実際に開始した。従来のP2/3が2重盲検だったのに対し、新たな治験はP1/2の位置づけ、試験デザイン的にも基準の緩い非盲検となっていて、後退地点からの出直しという印象も拭えない。高用量ワクチンに代えても、実は期待する中和抗体レベルに到達出来るかどうかは分からない。仮に成功しても、その先には更に承認申請のための有効性等データを取る被験者数で数千人規模と目される、最終の大規模治験を実施するという関門が待っている。
アンジェスより遅れて治験入りしている塩野義等日本の3メーカーは、一部希望的観測が入っているとはいえ承認・実用化時期のめどや生産規模の目安等を挙げている。一方のアンジェスはこの点を明確にしていない。国内最先行のポジションから脱落したアンジェスのコロナワクチン開発の行方には不透明感が増している。
アンジェスに代わって今や日本勢の先頭に躍り出た塩野義のコロナワクチンの開発とて、順風満帆どころか不安が顔を覗かせているというのが正直なところだ。
昨年12月から実施しているP1/2に代わって、今年8月には新製剤を使った新たな治験を始めた。
治験やり直しの点ではアンジェスと似たようなものなのだ。ファイザー等のmRNAワクチンがたたき出す中和抗体レベルまでの上昇が旧製剤で達成出来ず、アジュバンドという添付剤を変えて中和抗体レベルを向上させるのが狙いだと、沢田拓子副社長は8月の第1四半期の決算説明会で語っている。やり直しの理由までアンジェスに酷似しているのは偶然か、という疑問さえ湧くほどだ。
両社のワクチンはアンジェスがDNAワクチン、塩野義が遺伝子組み換え型とタイプは違うがファイザー等先発mRNAワクチンが達成した非常に高い感染予防効果と中和抗体レベルが大きなハードルになった点や治験やり直しで貴重な開発期間を大きくロスした形は、両社共通する。
それでも塩野義は、新製剤を使った60人を対象にしたP1/2を9月までに終え、10月から日本人3000人を対象にしたP2/3に入り、年内に最終治験開始、22年3月までに条件付きでの早期承認を当局との協議の下で目指すと意気軒高。原薬等製造はUNIGEN社に委託し既に、21年末までには最低で3000万人分以上の生産見込みが立っている点も、アンジェスとの大きな違いだ。
それでもこれが実現するには、やり直し治験で期待に沿う中和抗体レベルが達成出来る事が必須条件になる。現時点でそれが出来る完全な保証がない点はアンジェスと変わらない。それはKMバイオロジクスや第一三共にも言える。例えば、9月21日にKMバイオロジクスはP1/2で、自社ワクチンの免疫原性(有効性)、具体的には中和抗体レベル等で期待出来る結果が得られた、とリリースで発表した。10月にも2500〜3000人を対象にした最終段階の治験に入り、来春までに年1500万回分の生産体制を構築すると永里敏秋社長が明らかにした。
しかし、具体的な中和抗体価や免疫がどれだけついたかを示す陽転率等の具体的数値はまだ分からない。アンジェス、塩野義の前に立ちはだかり治験やり直しに至らせたファイザー等mRNAワクチンと比べての十分な有効性を出せるのかどうかは、結局のところ次のP2/3の結果を見てみないと判断出来ない。
下駄はいても有効性等は大事
ファイザー等は数万人規模の健常者を対象にした大規模な最終治験を実施して、プラセボ(偽ワクチン)接種群と実ワクチン接種群の実際のコロナ感染(発症)者データをとって厳格な比較をした上で有効性(発症予防率)、安全性の両面で米国等での緊急使用許可・承認を勝ち取った。しかもその有効率はファイザー、モデルナとも90%以上という異例の高さだった。
しかしこの優秀なワクチンが世界中で普及する事の〝副作用〟が出ている。有効なワクチンがあるのにプラセボを使う治験を行う事には今や倫理的な問題が生じる。プラセボに当たる可能性のある限り、数万人規模のプラセボ対照治験をしようにも、現実には十分な参加者が集まらない。
こうした中で、日本や欧米等約30の薬事承認当局が集う国際組織が世界保健機関(WHO)とも協力し、新たなコロナワクチン承認のための治験の在り方の協議をしている。具体的には、中和抗体の数値を、感染(発症)予防率等の臨床的有効性の代用指標とする、プラセボ対照でなく先発承認ワクチンとの実薬対照とする等の方向で最終の詰めに入っている。数万人規模でなく数千人規模で済み、現下の環境でも最終治験の実現性が上がる。
実は塩野義等がにわかにワクチン早期承認をぶち上げ始めた背景にもこうした承認環境の好転がある。ある意味下駄をはかせての日の丸ワクチンの承認に向けた動きがあるのが今の現実だが、それでも疑問はまだ残る。いざという時の国内備蓄・一種の国家安全保障上としての大義名分はあるにしても、優秀な先発ワクチンに比べて有効性・安全性・安さ等何でもいいから少なくとも大きく劣らない事は最低条件だろう。果たして、日の丸ワクチンはこれを達成出来るのか。断定は禁物だが、これは結構な難問になるはずだ。
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