2021年最大の政局は晩夏からジェットコースターのような激しい上下動、急旋回を伴って始まった。地元の横浜市長選での惨敗にコロナの猛威が重なり、人心を失った菅義偉首相は迷走の挙げ句、辞意表明に追い込まれた。菅首相周辺からは憤怒の声も上がるが、自民党内は歓喜で一杯だ。世代交代必至の自民党総裁選がメディアや国民の注目を集め、政党支持率がうなぎ登りだからだ。
菅首相が自民党の救世主という皮肉
「菅首相には申し訳ないが、辞任を決めていただいたおかげで、ニュー・リーダー達を国民にお披露目する事が出来、関心も持っていただいた。衆院選に向けて展望が開けつつある」
そう言って、自民党選対スタッフは顔をほころばせた。
「岸田文雄・元政調会長(64歳)は広島出身で核軍縮という大きなテーマを持っている。高市早苗・元総務相(60歳)はウルトラ右翼だけど、最長政権だった安倍晋三・前首相の夢の再現を思わせるし、河野太郎・行革担当相(58歳)は世代交代のシンボルで、国民の人気が高く、野田聖子・幹事長代行(61歳)も新鮮味がある……」
少し間を置き、小声でこんな事まで口にした。
「誤解を恐れずに言うとですね、総裁なんて誰でもいいんですよ。衆院選前に派手な総裁選をやって、国民に未来を感じさせる自民党の活力を示せれば。やはり、政権を担うのは自民党だと思ってもらえればいいのです」
菅首相の辞意表明後の各種世論調査をみると、自民党の政党支持率は軒並み上昇に転じている。共同通信調査では、8月は39・5%だったのが、9月には46%まで実に6・5ポイントも上がっている。野党筆頭の立憲民主党が、8月の11・6%から12・3%へとわずか0・7ポイントの上昇と好対照だ。
野党にとっても菅首相の辞意表明は大誤算だった。菅政権の失政批判を中心に据えた衆院選戦略は練り直しを迫られ、しかも、ご祝儀相場で人気上昇が見込まれる新首相(新総裁)とぶつからなければならないからだ。
立憲民主党幹部がこぼす。
「『多様性を認め合い、差別のない社会を実現する』という普遍的な政策目標を打ち立てた。優れた政策なので注目してほしいのだが、テレビや新聞は連日、自民党の総裁選だ。嫌でも有権者の関心はそっちに行ってしまう。新首相選出後の臨時国会での代表質問まで、攻める機会がない。それが終われば、すぐに解散・総選挙。時流の主導権を自民党に握られてしまった」
自民党という1政党のリーダー選びに執心するメディアの姿勢には識者から疑問の声も上がっている。中林美恵子・早稲田大教授は毎日新聞「時代の風」で「党内の派閥や世代間の競争が、あたかも政党間の競争に見立てられている。これでは、競争力のある複数の政党を育てる前に(国民の)興味は尽きそうになる」と指摘している。
そう、まるで55年体制下で繰り広げられた「自民党1党支配」の再現状況になっているのだ。あらゆる階層をカバーする「包括的政党」である自民党が新総裁選出という内部イベントで「疑似政権交代」を演出し、国民に「政治は変わった」と印象付ける。
衆院選はその延長線上にあり、有権者の多くは既定路線の追認行動に追い込まれて行くという図式だ。野党支持層や支持政党なし層は虚無感にも似た心境に陥ってしまうのだ。
1990年代以降、こうした「自民党1党支配」を変える政治の動きが活発化し、幾たびかの政権交代を経て、民主党政権も誕生した。しかし、現状の総裁選騒動を見る限り、時代が逆戻りしている感すらある。米英型の2大政党制は社会に「激変」をもたらし、日本の風土になじまないとの考え方も確かにあるが、今回の総裁選から巷間言われるほどの清新さは感じない。なぜなら、菅首相を選出し、支えてきたのは自民党であり、菅政権が失政だというのなら責めを負うべきも自民党に他ならないからだ。
舛添要一・元東京都知事がツイッターにこんなつぶやきを載せた。
「菅首相の退陣表明で、マスコミや世間は自民党総裁選一色になり、野党の存在感はなくなった。やはり、菅義偉は、自民党の救世主である」。国民的不人気の菅首相が人身御供になって、自民党は勢いを取り戻しつつあるということだろう。
政局の決着は11月の〝国民の審判〟
衆院選日程は菅首相が描いていた「10月17日投開票」に代わって「11月7日投開票」が浮上している。臨時国会の召集や外交日程などを加味したもので、史上初めて、衆院任期(10月21日)を超えた衆院選となりそうだ。臨時国会は10月4日召集で調整が進められている。首相指名、組閣や新首相の所信表明演説と各党代表質問等を含め、会期は10日間程度とみられる。
通例で言えば、代表質問が終わる8日以降に衆院が解散されるが、10月30〜31日はローマで主要国首脳会議(G20)が予定されている。新首相の初の外交日程や、衆院選は「解散から40日以内」という規定を踏まえ、政府・与党内で「11月7日投開票」が検討されているという。
与党内の一部には新内閣で直ちにコロナ対策等の大型補正予算を組み、臨時国会で成立させてから解散した方がいいとの意見もある。ただ、これには「わざわざ、野党に付け入る隙を与える必要はない」「新内閣は立ち上がりでもたつく」等、否定的な見解も多く、大勢は代表質問直後の解散に傾いているようだ。
菅首相の辞意表明前、「自民70議席減」等と予想されていた衆院選の勝敗予測も様変わりしつつある。保守系のメディアでは「河野新首相なら自民単独300議席」と現有276議席を上回る楽観的な予想すら出てきた。
猛威を振るったコロナ第5波がピークアウトし、ワクチン接種が進展しているせいだが、自民党長老は「今泣いたカラスがもう笑うじゃ、国民の信頼を失う。自分達が選んだ首相が行き場を失って倒れた事実は重い。しっかりと、有権者と向き合った者だけが生き残る」と周囲の若手をいさめている。
総裁選の内部構造はやや複雑だ。誰を選ぶか決めていないという中堅議員の見立てと、予想を紹介する。
「岸田さんはアベノミクスからの脱却と中間層への分配重視を打ち出したが、黒衣は安倍さんの秘書官だった今井尚哉・内閣官房参与だと言われている。その安倍さんは、高市元総務相の支援に回った。二股なのか、いずれとも距離を置いたのか。河野さんは麻生派だが、麻生派の重鎮、甘利明・税制調査会長は岸田さんべったり。ただし、河野さんには菅首相や小泉進次郎・環境相らの応援がある。菅首相の弔い合戦の意味合いもあり、勢いがある。二階派、石破派はここに乗るしかない」
党内の下馬評は、河野行革担当相がやや優位で、岸田元政調会長が猛追している状況とみられる。2人とも党内リベラル派であり、安倍前首相の新自由主義とは色合いが異なるが、いずれにしても、自民党のメンバーが変わる訳ではない。誰が総裁になろうが、〝ジェットコースター政局〟の決着は11月初旬の「国民の審判」である。直面している問題に向き合い、各政党が打ち出す政策を吟味出来るよう心掛け、その時に備えるしかない。
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