「多様性」を進めていく中で医療はどう関わるべきか
「血を分けた我が子」でありながら、親子関係を認めてもらえないのはおかしい——。あるカップルが今年、国を相手取り親子関係の認定を求める裁判を東京地裁に起こした。血の繋がりがありながら、なぜ親子関係が認められないのか。それは、親である2人の性別が共に「女性」だからだ。いわゆる「性的少数者」の子どもの認知を巡る訴訟は国内で初めてとみられ、裁判の行方が注目される。
「訴えを起こしたのは、40代の会社員の女性と、30代の主婦の女性のカップルです。会社員の女性は心と体の性別が一致しない性同一性障害で、男性から女性に性別を変える手術を受けている。手術前に凍結保存していた自身の精子を使い、パートナーの主婦の女性が2018年に子どもを出産。会社員の女性はその後、戸籍上の性別も男性から女性に変更し、20年には、やはり凍結精子を使い、2人目の子どもも生まれた」(全国紙記者)。
子どもは遺伝上、会社員女性と主婦の間に生まれており、2人と血の繋がりがある。しかし、日本では同性婚が認められておらず、2人は法律上の夫婦ではない。日本では出産した女性が母親とされるため、主婦の女性と子どもとの間の親子関係は認められたが、パートナーであり、かつ精子を提供した会社員女性は法律上、子どもの〝親〟になれなかったというのだ。
科学と法律が一致しない不整合
訴状等によると、会社員の女性は、婚姻外で生まれた子どもについて、法的に親子関係がある事を示す「認知届」を自治体に提出。しかし、届けは受理されなかった。自治体側はその理由を明かしていない。
家族関係の法律に詳しい弁護士は、「親子関係等を定めた民法は明治時代に作られており、今の時代に合っていない。例えば子どもの認知の問題でも、現在は遺伝子検査で遺伝上の父を特定する事が容易なのに、法律上は婚姻関係にある男性が父親と推定されてしまう等、生殖医療や様々な科学の発展に追い付いていない」と指摘する。
今回の裁判でも、科学と法律が一致しない不整合が起きた。原告の弁護団は「実の親なのに、国が親子と認めないのはおかしい」と訴える。海外の国では、同性婚はもちろん、同性カップルの子どもの認知も進み、様々な家族の形が認められつつある。しかし、日本では性別変更こそ性別適合手術の実施を含む一定の条件の下で可能となったが、婚姻制度や親子関係については旧来の法制度がそのままだ。
「凍結精子による出産にまつわるトラブルはこれまでも起きている。ただ、これまでのトラブルは、男性が死亡した後、その凍結精子を使って女性が出産した例で、死亡男性との間に親子関係が認められるかどうかという話だった」と都内の大学病院の産科医は振り返る。こうしたトラブルを防ぐため、多くの産科医は体外受精の実施に当たり、男性と一緒に受診する事や、治療の都度、同意書を求める事等を決めている。凍結した精子を使った体外受精は、「生身の男性」がいなくても成り立ってしまうからだ。
だが、今回は死亡ではなく性別変更によるもの。しかも、精子提供者である会社員女性の認知を、出産した主婦の女性も求めている。今年6月に親子関係と損害賠償を求めて提訴した会社員女性は、提訴後に子どもも連れて記者会見。全国紙記者によると、「法的に母親となるのが理想だが、子どもの事を考えると父親でも構わない」と話し、「親子関係を認めない事は、子の福祉に反する」と訴えたという。
もちろん、法的な親子関係がなくても、実質的な家族として、親子として暮らしていく事は可能だ。しかし、学校の行事に参加出来なかったり、財産の相続で不利になる等の不利益が起きたりする可能性がある。しかも、現行法の改正をしなくても、親子関係を認める事は可能だと原告側の弁護士は主張する。民法779条は「嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる」と定めており、会社員女性の性別が男性であっても女性であっても、認知は出来るはずなのだという。
生殖医療の進歩で訴え増える可能性
この訴えに対し、国(法務省)は8月に開かれた第1回口頭弁論で、「届け出の不受理の是非は行政訴訟で判断する内容ではない」等と反論し、争う姿勢を示した。確かに認知の届け出を不受理にしたのは国ではなく自治体だが、原告側は、「戸籍事務の基準を定めるのは国だ」として国に親子関係を認めるよう求めている。
司法の判断はまだ先になりそうだが、「生殖医療の進歩により、今後もこうした訴えが増える可能性がある」(全国紙記者)との指摘は多い。
例えば、現在はがん等の病気の治療のため、治療前に精子や卵子を採取し、将来の出産を目指して凍結保存しておく事が一般化してきている。それならば、性同一性障害の治療のため性別適合手術を受ける人が、手術前に精子や卵子の凍結保存を求める事を、医学上「ノー」と言えるだろうか。
治療だけではない。「卵子の老化」「精子の老化」が一般に知られるようになってから、結婚や出産の予定はなくても、とりあえず若いうちに精子や卵子を採取し、凍結保存する事が普通に行われている。その中に、その後、加齢ではなく性別変更により子を持つ事が難しくなった人がいてもおかしくない。
04年に施行された「性同一性障害特例法」で戸籍上の性別変更が認められるようになってから、性別を変更した人は昨年までに1万人以上いる。同性カップルや性別を変更したカップル等、様々な家族の形を認めていこうという時代、〝想定外〟の家族関係は今後も増えていくだろう。
今回裁判となった事例では、認知の届け出を受理しなかった理由を、自治体側は今のところはっきりと明かしていない。全国紙記者によると、原告の弁護士は、社会的にも身体的にも法律的にも女性である会社員女性の認知を受理するには、戸籍の「父」「母」の欄を、「母」「母」や「女性である父」等にしないといけなくなると自治体側が考え、整合性が取れないと考えた可能性があると指摘している。あるいは、性同一性障害特例法で性別変更が認められるためには、未成年の子どもがいない等の要件が必要となる事から、1人目の子どもが生まれた後に性別変更をした会社員女性の認知を遡って認める事は、特例法に抵触すると考えたのかもしれない。
自治体でなく国を訴えた今回の裁判で、届け出が不受理に至った「個別の事情」が明らかになるかは不明だ。しかし、今回原告側が求めているのは、性的少数者が家族を持つ事に対する高い壁の解消であろう。「多様性」「ダイバーシティ」を進めていこうという国において、法律はこうした潮流をせき止めるのか、後押し出来るのか。また、医療はどう関わっていくべきなのか。まずは活発に議論する事が出発点だ。
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