関連経費は3兆円、箱物は引き受け先が未定……
開催の賛否について様々な論議が噴出したオリンピック(7月23日〜8月8日)は、これからが「本番」になるのかもしれない。
事前に不祥事が連続し、更にコロナ禍の下で強行する事への批判も高まっていたが、開幕して「メダルラッシュ」が始まると気運は一変。「ニッポンチャチャチャ」の大歓声が全てを圧倒したかのような感があった。それでも、終了後に今後の日本経済に及ぼす負の遺産は、「呪われたオリンピック」というこの間何度も耳にした陰鬱な用語を再び登場させかねないからだ。
まず、オリンピックに伴う赤字が膨大な額になりそうだ。最終的な収支報告が出るのはまだ先だが、米『ニューヨーク・ポスト』紙は7月30日付(電子版)で、「東京オリンピックは取り戻し不可能で300億㌦の損失を出す可能性がある」と題した記事を掲載した。
そこでスポーツ経済学の第一人者で、スミス大学のアンドリュー・ジンバリスト教授と、ホリークロス大学のヴィクター・メイソン教授(経済学)を登場させ、「日本のオリンピック組織委員会は300億㌦(注=約3兆3000億円)の損失を出すだろう」と予測しながら、「この組織が損失を取り戻すのは不可能で、途方もない赤字が待っている」と断じている。
オリ・パラの経済効果は帳消しに
この記事では算出の根拠を仔細に説明してはいないが、約3兆3000億円という数字は非現実的なものではないだろう。
今年初めに政府が発表したオリンピック開催の経費は、1兆6440億円。「コンパクト」を売り物にして招致当初に公表されたのは総額7340億円だから、2倍以上に膨れ上がった形だが、それだけで済みそうにない。
その後、「オリンピック関連経費」は更に加算されていき、判明しているだけでも東京都が1兆4519億円。政府の1兆3059億円と合わせると2兆7578億円と3兆円近い負担増となる。
のみならず、コロナの水際対策費等が加算されるから、最終的に「途方もない赤字」となるのは疑いない。
当初見込んでいた900億円の入場料収入が、コロナ禍で全体の97%が無観客開催となったため、わずか20億円程度になった不運は仕方ないとしても、何しろオリンピック期間中、弁当の廃棄を13万食分も出して総額1億1600万円分も無駄遣いした、杜撰ぶりを絵に描いたような組織委員会の事。この先、新たな損失先として何が飛び出すやら。パラリンピック終了後には解散するが、それまで正確な収支報告を残せるのかどうか。
既に4兆円という赤字額の予測も出ているが、最終的には国民の税金で賄われるしかない。増税にでもなれば消費を冷やすから、経済の足を引っ張るのは確実だ。それでも、オリンピックに伴う経済効果があればまだ救われるが、周知のようにこれも絶望的だ。
オリンピック自体、過剰投資が長期的には経済にマイナス効果をもたらす傾向が強いが、野村総研の試算によると、パラリンピックも含めた経済効果は当初の30兆円との予測に反し最終的にわずか1兆6771億円程度にしかならない。
しかも、菅義偉内閣が7月12日、コロナ対策として6週間(後に延長)の期間で4回目の緊急事態宣言を発令した事で2兆1900億円の経済損失が生じるとし、経済効果は帳消しになるという。
無論、2019年に3188万人と過去最高に達した外国人観光客を当て込んだインバウンド需要が、無観客開催で消滅したのは織り込み済み。一時、コロナ禍でオリンピック・パラリンピックを中止したら、1兆8000億円の経済損失が出るとの予測が出回ったが、これでは実施してもしなくとも経済効果どころか経済損失が避けられなかったのは自明だろう。
更にオリンピック後は、厄介な重荷にさいなまれる。1569億円という巨費を投じて建設された新国立競技場。今後、民間に運営権が売却される予定だが、引き取り先が見つかりそうにないのだ。
今後、この競技場にペイ出来るイベントをどれだけ呼べるのか予想困難なのが災いしている。年間の維持管理費約24億円を誰が負担するのか大きな問題になりそうだが、それだけではない。
オリンピック・パラリンピック用に新設された恒久施設は、これ以外にも東京アクアティクスセンター(競泳)や有明アリーナ(バレーボール)等計7つ。このうち、年間収支で黒字が見込まれるのは有明アリーナだけとか。
これらの施設の年間維持経費は、トータルで50億5700万円が必要になるが、収支が赤字なのにどうやって工面するのか。こうした恒久施設は、今後「恒久」的な負の遺産となるのは間違いなさそうだ。これも将来の引き受け先も活用方法も考えず、箱物を乱造した報いのように思える。
緊急事態宣言がGDPに悪影響
だが、それ以上に経済に関しては、オリンピックの開催自体が大きなダメージになりそうだ。内閣府が8月16日に発表した、21年4〜6月期の国内総生産(GDP)1次速報値では、実質GDPは前期比年率でプラス1・3%と、1〜3月期のマイナス3・7%よりは改善した。
問題は7〜9月期の実質GDP成長率だが、菅内閣は8月25日、東京や大阪等13都府県に出されている緊急事態宣言の対象地域に、北海道、宮城、岐阜、愛知、三重、滋賀、岡山、広島の8道県を追加すると発表。まん延防止等重点措置も、高知、佐賀、長崎、宮崎の4県に新たに適用するとした。
これにより、4〜6月期と比較して宣言の対象地域は21都道府県に、重点措置の適用地域は12県まで更に拡大したため、緊急事態宣言による経済損失が膨らむのは避けられそうにもない。政権が描いていた、ワクチン接種が進んで感染拡大に歯止めが掛かって経済活動が高まるという「V字型回復シナリオ」は、夢物語にすぎないだろう。
なぜここまで対象・適用地域が広がるほど、感染者が増えたのか。
繰り返すように、7月12日に政府は緊急事態宣言を再び発令したが、一方で同月23日からのオリンピック開催では、効果が疑わしくなるのは明確だった。前日の22日からの4連休で、国とマスメディアを挙げてのお祭り騒ぎによる国民の気の緩みから「民族大移動」が起き、政府も自制を呼び掛けた形跡がない。
案の定、それが第5波の感染者爆発と事実上の医療崩壊を引き起こし、25日の決定に繋がる結果となった。こんな状態で消費が戻るはずもなく、コロナ禍でのオリンピックは誰が負担するのかも未だ定かではない巨額赤字と経済損失をもたらしたのみならず、今後の景気回復を更に遅らせかねない。
「チャチャチャ」に踊らされた国民は自業自得だろうが、何よりも問題の根源は、オリンピックを開催すると同時に緊急事態宣言も発令するという菅政権の、チグハグさであったに違いない。
LEAVE A REPLY