日本での効果、供給量の確保、細やかな配分……
緊急事態宣言下にもかかわらず、都内で過去最多の2848人の新型コロナウイルス新規感染者が確認された7月27日、菅義偉首相は「重症化リスクを7割減らす新たな治療薬を政府で確保しているので、徹底して使用していく」と胸を張った。新たな治療薬とは、7月19日に国内初の軽症者向け治療薬として承認された「抗体カクテル療法」(商品名:ロナプリーブ)を指す。だが、医療現場からは課題を指摘する声が上がる。
抗体カクテル療法はトランプ前米大統領が感染時に特別投与を受けた事でも知られる。米バイオ企業のリジェネロン・ファーマシューティカルズが作った新薬で、中外製薬の親会社・ロシュ(スイス)が開発に協力。米国食品医薬品局(FDA)が昨年11月に「緊急使用許可」を出した。
日本では、国内の治験や販売を担う中外製薬が今年6月に薬事申請し、海外で先行する医薬品の審査を簡素化する「特例承認」を希望していた。日本政府は中外製薬と1年分の供給契約を結び、国が買い上げて医療機関に供与。基本的には入院患者に無料で投与される。価格は公表されていないが、米国での価格は1回25万円程度という。
抗体カクテル療法は新型コロナの抗体薬の「カシリビマブ」と「イムデビマブ」を同時に点滴投与するもので、対象は持病や肥満等の重症化リスクのある軽症者や、中等症の中でも症状の軽い人だ。新型コロナの重症度は「軽症」「中等症Ⅰ」「中等症II」「重症」の4つに分けられており、抗体カクテル療法は「軽症」「中等症Ⅰ」の治療薬に該当する。先行して承認されている3つの治療薬が「中等症Ⅰ」「中等症II」「重症」をカバーしていることから、今回の承認で4分類全てをカバーする事になる。
海外の臨床試験(治験)では抗体カクテル療法が入院や死亡リスクを7割低下させる結果が報告されている。また、添付文書ではデルタ型等の変異ウイルスにも効果がある事が示唆されるとの見解を示しているという。更に、海外の治験では濃厚接触者に対する予防効果も報告されており、今後研究が進めば抗体カクテル療法の使われ方の幅が広がる可能性がある。変異ウイルスが広がる中、予防や重症化抑制が出来る事で医療現場の負担軽減も期待される。
しかし、当初は入院患者に対象が限られていた。抗体カクテル療法は発症から7日以内の投与が求められている事もあり、医療現場からは「重症化を抑制するのであれば、入院に限らず、外来や訪問診療、宿泊施設等でも迅速に投与出来る体制を整えるべき」との指摘があった。その結果、宿泊療養者等にも使える事になった。また、国内での十分なデータがない中での特例承認であるため、「海外の治験での効果を日本でも再現出来るのか。改めて有効性や安全性の評価が必要だ」との慎重な意見があった。更に、日本で製造していない治療薬である事から「しっかりと量的な確保をしておかないといけない」との要望や「クリニックや軽症者が入院している民間病院に重点的に配分する必要がある」という声も挙がっている。
軽症から中等症の感染者向けの治療薬としては、グラクソ・スミスクラインの点滴薬「ソトロビマブ」や、中外製薬の飲み薬「AT-527」が開発中で、国が補助金を出して後押ししている。また、塩野義製薬も経口治療薬を開発中だ。これらの新薬を、日本も米国同様、「緊急使用許可」の観点で迅速承認するため、早ければ秋の国会、遅くとも来年1月の通常国会で、従来の薬事承認に代わる仕組みを内容とする法案が出されるという。
これに対し、医療現場から「治験はきちんとやらないと薬害を引き起こす。手続きを簡略する事はいくらでも出来るので、科学的な審査で効果を確認出来なければ、却って薬の開発を遅らせる事になる」と懸念する意見もあった。現場が安心して薬剤を患者に投与出来るには、エビデンスに基づいた評価が必須だ。「とにかく承認ありき」の極端な迅速承認は問題だろう。内閣支持率が下がり続けている菅政権だけに、支持率の浮揚策かと勘ぐりたくなるような政策では、医療界の不信を招くだけだ。
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