人権・差別惹起の一方で、接種上げる誘因にも
新型コロナウイルスワクチンの接種を巡り、日本人の〝同調圧力〟に対する批判が強まっている。欧米と比べ、日本が大きな感染爆発を起こさなかった原因の1つとされたのは、日本人の自主的な外出自粛策。この美徳とも言える集団行動が、ワクチン接種の現場ではマイナスに働いているというのだ。
ワクチンを打たない自由は認められるべきだが、それを声高に主張すれば、反ワクチン派を勇気づける〝材料〟にもなる。そもそも同調圧力はそんなに悪い事なのだろうか。
「実習先で接種が望ましいとなり、学校で一斉に接種を強制されている。『拒否するなら実習が出来ない可能性があり、単位を取得出来ない』と言われた」。
これは、日本弁護士連合会(日弁連)が5月14〜15日の2日間行った「新型コロナウイルス・ワクチン予防接種に係る人権・差別問題ホットライン」に寄せられた看護学生からの相談だ。日弁連によると、ワクチン接種をしないと実習を受けさせない等と接種を実質的に強制されたという内容の相談は、7件寄せられたという。
看護学生だけではない。医師や医療関係者、介護施設関係者からも同種の相談は寄せられた。「ワクチンを受けていない奴が仕事する場じゃないという雰囲気がある」「ワクチンを打たないと言ったら、周囲から白い目で見られる」といった〝同調圧力〟に対する不安や反発の声も複数あった。「ワクチンを打ってコロナに罹患した場合は7割の給与を補償するが、受けずにコロナに罹患した場合は自己責任」と接種の有無により待遇に差を付けると言われた例や、「ワクチンを受けなかったら、薬局の受付業務(対人業務)から後方業務に移された」と配置転換された例もあった。
「医療従事者の責任を問うた?」
日弁連の川上詩朗弁護士は「接種はまずは自分の身を守るためにあるはずだが、他人に感染させないために打てという同調圧力が働いている」とこうした現状を問題視する。
しかし、同調圧力を問題とする意見には、医療従事者を中心に疑問の声も大きい。都内の内科医は「医療機関や介護施設で働くという事は、感染症に罹患すれば大きなダメージを負う患者や入所者を守らないといけないという事だ」と指摘。今回の相談内容について、「同調圧力というより、医療従事者としての責任を問うたという事ではないか」と疑問を呈する。関東地方の大学病院看護師も「以前から、実習に出るためにはB型肝炎等の予防接種を打つ事が求められてきた。新型コロナワクチンに限った話ではない」と冷静だ。
国内の医療従事者の接種回数からみても、多くの医療従事者はワクチンの効果と患者等への影響を考え、接種をしたと考えられる。ただ、中には職場の「同調圧力」に屈して、いやいや接種をした人もいたという事だろう。
では、日本より早く接種が進む海外の国では同調圧力はないのか。
米国テキサス州のヒューストン・メソジスト病院は6月22日、新型コロナワクチンの接種を拒否した150人以上の職員が、退職したか解雇されたと明らかにした。同病院は職員の雇用条件としてワクチン接種を義務付けており、これに職員100人余りが不当だと訴え裁判を起こしたが、連邦判事はこれを棄却していた。
「米国では解雇が頻繁に行われており、日本と法制度が違うため一概に比較は出来ないが、病院で働くにはワクチン接種を義務付ける事が不当ではないと米国の裁判所が判断した影響は大きい」と労働問題に詳しい弁護士は語る。
日本の法制度では「解雇」は難しく、合理的な理由のない配置転換も違法だが、患者の前に出る仕事をさせない等の異動は、本人の意に沿わなかったとしても合理性が認められる可能性は残る。「患者の安全が特に重視される医療機関では、解雇出来ない分、〝同調圧力〟という形で接種を求める声が大きくなったのかもしれない」(同弁護士)。つまり、日本では簡単に解雇出来ないからこそ、同調圧力に頼って接種を求めているとも考えられるのだ。
では、患者や高齢者といったコロナの重症化リスクが高い人とあまり関わらない職種ではどうだろうか。
全国紙の科学部記者は「日弁連の調査は少し早過ぎたのではないか」と首をひねる。国内で65歳以上の高齢者の優先接種が始まったのは4月12日。しかし、当初は供給量が十分ではなかった事等から、早く受けたい高齢者が予約のため医療機関や役場に殺到する等混乱も起きた。電話相談が行われた5月中旬は、高齢者の1回目の接種がようやく軌道に乗り始めた時期だ。
ワクチンの接種有無により職場での不利益な取り扱いの被害に遭う可能性が高いのは、いわゆる働く世代だ。ところが、これらの世代の持病のない人は、自治体のワクチン接種で順番が後回しになった。そこで政府が強力に推し進めたのが職域接種や大学等教育機関での接種なのだが、職域接種の開始は6月21日頃から。「同調圧力というのは、何かのコミュニティーに所属しているから働く。ワクチン接種に関する人権や差別問題に取り組みたいなら、こうしたコミュニティーでの接種がもっと進んでからやるべきだった」と同記者は指摘する。
「皆が我慢しているのだから自分も」
もっとも、コロナ禍での同調圧力は「悪い事ばかりではない」と指摘する声も根強い。「昨年の最初の緊急事態宣言では、罰則があるわけでもないのに街から人が消えた。国民がステイホームを実践出来たのは、未知のウイルスに対する恐怖も大きかったが、皆が我慢しているのだから自分も、という同調圧力が働いたからだ」(社会部記者)。
日本人の間にある「皆が我慢しているのだから自分も」の精神は、皆が平等であるべきだという考えの裏返しでもある。そうした考え方が強いが故に、自治体の幹部や企業の役員が医療従事者の枠で先んじてワクチンを打った際は大批判がまき起こった。
「国際的に見て、日本ほど賄賂の習慣がない国も珍しい。清廉な公務員の行政執行により平等に慣らされてしまった国民故に、抜け駆けが許せないという声が強まったのだろう」(同)。
インターネットの発達により、現代はデマや不安をあおる声にアクセスしやすくなった。新型コロナの診療に当たる都内の病院関係者は「ワクチン接種は強制してはならず、同調圧力への批判や疑問もあって当然だ。だが、そうした声が反ワクチンの勢力と結び付き、ワクチン忌避の動きが大きくなるのは避けないといけない」と危機感を露わにする。
新型コロナのパンデミックといった有事の際には、同調圧力に委ねるやり方ではなく、より強い発信が必要といえる。
ただ、この病院関係者は「ネットでの声の大きさは、必ずしも実際の声の大きさと比例しない。接種率を注意深く見守っていきたい」と話し、最終的には同調圧力が力を発揮して、接種率が上がるのではないかとみている。
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