福祉現場への潜入で見えた違和感
女優の深田恭子さんが「適応障害」と診断され、芸能活動を一時休止するというニュースが5月下旬に報じられ、様々な憶測が飛び交った。
適応障害という言葉の裏には、適応できないことを問題視する発想が見え隠れする。だが発症者は、適応などできるはずもない過酷な環境にあることが多い。ブラックな環境には目をつぶり、適応や順応を押し付ける社会のあり方こそが問題なのだ。
筆者はジャーナリスト稼業の傍ら、精神障害者が通うB型事業所で生活支援員として働いて1年になる。こうした精神保健福祉の現場では、医療職や福祉職が身勝手な〝善意〟を患者に押し付けやすい。
「私はあなたのことを入院時から見てきて、誰よりも分かっています。私の言う通りにしていれば間違いないから」
筆者がいる作業所に通う20代の男性Sさんに付き添い、参加した精神科病院での会議で、こんなキモイ言葉を吐く若い看護師と出くわした。「本当にこんなのがいるんだ」と驚いたが、この業界ではスタンダードらしい。
子どもの頃から度重なるいじめを受けたSさんは、何をやるにも自信を持てないでいた。そんな彼が、家庭内トラブルからの強制入院を経て通い始めた作業所で、劇的に変わった。草刈りなどの肉体労働に励み、最低賃金に近い時給を稼ぐうちに、自信が蘇ってきたのだ。
しかし、彼は集団生活が苦手。それは傍目にも明らかで、親元を離れる場合は1人暮らしを望んでいた。だが先の看護師は、「今のあなたはグループホームがいい。最初から1人暮らしをして失敗するより、あなたのためよ」と、己の保身を〝愛〟で包んだ押し付けを繰り出してきた。定型にはめれば、彼が失敗しても自分のせいにされないからだ。
私は「なぜ1人暮らしは失敗すると決め付けるのですか。苦手なグループホームに無理やり入れた方が失敗するのではないですか。そもそも人生に失敗はつきもの。少々の失敗を恐れたら何もできませんよ」と口をはさんだ。
結局、彼は1人暮らしを視野に入れて家探しをすることになったが、このやり取りには後日談がある。カンファレンスの後、「佐藤という生活支援員が我々を恫喝した。しかるべき所に訴える」と院内で大騒ぎになったというのだ。彼らが見下す「福祉職」が突然意見を述べたので、肝を潰したのだろう。本当に訴えてくれたら、更に美味しいネタになったのだが。
精神疾患の患者は、回復後も妙なイメージを押し付けられる。その1つが「高い共感力」だ。ピアサポートの重要性は精神疾患に限らないが、精神疾患のピアは、ピアサポートでの「共感力」の発揮を特に求められる。行政のピアサポーター養成講座でも、ピアの資質として当たり前のように「共感力」を挙げる。しかし、相手に共感を抱きにくい特性を持つピアは少なくない。
私が参加している神奈川精神医療人権センター(KP)が、今年5月に横浜で開いたセミナー「ピアは『共感力』がないとダメですか?」は、共感力のなさを自覚しながらも、各方面で活躍するピアサポーターやピアスタッフが多く参加し、「そんな力はどうでもいい!」と盛り上がった。
精神疾患を患う人の多くは、社会や親などからの押し付けの犠牲者ともいえる。息苦しい圧力からの解放こそが、真のリカバリーにつながる。
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