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未来の会

「国産ワクチン開発」を巡る厚労省と政府・与党の〝溝〟

「国産ワクチン開発」を巡る厚労省と政府・与党の〝溝〟

〝ワクチン敗戦国〟に落ちぶれた日本の身の振り方

新型コロナウイルスのワクチン開発が海外より大きく出遅れた事から、政府は国産ワクチンの開発・生産の体制強化に向けた新たな国家戦略をまとめた。欧米の製薬企業の後塵を拝したのはともかく、中国やロシアでもワクチンが開発された事から、第2次世界大戦での敗戦になぞらえ、「日本はワクチン敗戦国に落ちぶれた」と揶揄する声も挙がるほどだ。

 日本で国産ワクチンがなかなか開発されない背景にあるのが、過去のワクチンによる薬害が国民の記憶に刻み込まれ、「アレルギー」ともいえる反応を引き起こすためだ。この問題を巡っては、体制強化に旗を振る首相官邸・与党と、臨床試験結果を重んじる厚労省という構図が再び浮かび上がる。

 新たな国家戦略では、最先端で世界トップレベルの研究開発拠点を形成し、平時から国の予算を投じて新技術に対応出来る製造体制を整備する等、基礎研究から実用化までのこれまでの体制を見直す事を記している。

 目玉は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)内に設け、平時から投資する「先進的研究開発戦略センター(SCARDA)」の新設だ。ワクチンに特化して平時から予算配分を行う。これらに加え、緊急時に速やかに使用を認める、アメリカの緊急使用許可のような承認制度について年内に結論を出す方針も明示した。

政府・与党は選挙前に「国産ワクチン」

 菅義偉首相はとりまとめに際して、「ワクチンを国内で開発・生産し、速やかに接種出来る体制を確立しておく事は、国民の健康保持に繋がり危機管理上も極めて重要だ」と述べ、体制強化の必要性を強調している。

 「国産ワクチン」の開発・生産体制がここまで注目されたのは、他国からの遅れが明々白々になったからだ。米ファイザー社製ワクチンが国内で承認されたのが2月14日で、一部医療従事者への先行接種が始まったのがその3日後の2月17日だったが、供給量に限りがあるため接種スピードは遅々として進まず、スタートも欧米よりも2カ月遅れた。

 多くの国民が「なぜこんなにワクチン接種が遅いのか」と疑問に感じ、昼のテレビ番組などで盛んに取り上げられた。こうした「世論」に秋に任期満了を迎える与党議員が浮足立ち、「国産ワクチンの早期開発の必要性」を唱え始めたのだ。菅首相もこうした状況に業を煮やし、「厚労省は何をやっているんだ」と声を荒げ、いらだちを隠せない様子だったという。

 今回の戦略の素案をまとめた政府の「医薬品開発協議会」の会合でも、出席した有識者から「日本のワクチン開発は周回遅れだ」との批判が上がるほどだった。自民党内でも同様で、「ワクチンの開発で遅れを生じた。日本はワクチン敗戦国に成り下がった」と政府の姿勢を批判する声が上がる一方、「バイオ医薬に本気で取り組む企業だけを選別して支援すべき」「ワクチンの国家戦略は必要だが、製薬企業を守るためではない。日本のためだ」「AMEDも内閣官房の健康・医療戦略室も機能していない。ワクチンに特化した組織を作るべき」等、積極的な提言もなされている。

 これらの批判・意見を元にしてまとめられたのが、ワクチンの新たな国家戦略だ。いわば外圧的に作られ、主導したのも菅首相の側近と目される和泉洋人・首相補佐官だった。

 しかし、海外で開発された新型コロナのmRNAワクチンは、いずれも5〜10年前から狂犬病やジカ熱等別の感染症に対応するために開発されてきた技術を応用して作られたものだ。国産ワクチンの開発の必要性は新型インフルエンザ等、新たな感染症がパンデミックになるたびに繰り返し唱えられてきたが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のごとく中途半端な議論に終始してきた「失敗の歴史」もある。

 これまでの国の強化策としては、2007年に「ワクチン産業ビジョン」「新医薬品産業ビジョン」の他、16年に「ワクチン・血液製剤産業タスクフォース顧問からの提言」等がある。その多くはワクチンを国内で開発し、その安定供給が感染症や医療提供のために不可欠だと指摘し、国の一定の関与の下で国内ワクチン産業を育成する必要性を訴えているが、現状をみると成功しているとは言い難い。

 厚労省幹部は「大手製薬企業が採算性からワクチン事業から撤退し、株式会社ではなく、化血研(化学及血清療法研究所)のような財団法人等が小規模なままワクチンを担ってきたのが日本の特徴。既存のワクチンを作り続ける事に注力した結果、世界の潮流に乗り遅れた」と総括する。

 こうした事情に加え、1970年以降に相次いだ予防接種訴訟が影響し、国も製薬会社も慎重になっている側面も否定出来ない。厚生労働大臣経験者の1人は「HPVワクチン(ヒトパピローマウイルス)の副反応はマスコミが大きく報道した事もあり、その後の積極的勧奨再開のスケジュールが大きく遅れ、現在も難しいままになっている」と解説する。

薬系技官は過去の「薬害」踏まえ慎重

 ただ、今回の新型コロナウイルスのパンデミックは、こうした国内の複雑な事情を吹き飛ばすほどのインパクトをもたらした。首相官邸や与党議員は「国産ワクチンの早期開発・早期承認」の大号令を唱え、国産ワクチンの開発が進まず、接種がなかなか進まない責任を厚労省に転嫁しようとしている。

 平時でのワクチン開発は一朝一夕では進まないため、今回のような有事で迅速な対応を求める声がある。特に首相官邸や与党内には、緊急時にワクチンを迅速に承認するアメリカの「緊急使用許可」のような制度の創設を求めている勢力だ。国家戦略の中にも検討事項として盛り込まれており、年内にも結論を出すよう厚労省に求めている。

 しかし、これまでの薬害の歴史等から、厚労省は国内での臨床試験による安全性の確認を求める立場が大きく変わる事はない。あくまで医薬品の有効性かつ安全性を重視する厚労省、特に薬系技官は首相官邸・与党とは一線を画している。

 幹部の1人は「実際に緊急使用許可のような制度が作られる事はない。ただ、臨床試験に代わる何らかを簡略化した制度は作る事になる」と一定の譲歩をみせつつも、持論を強調する。国内で開発されているワクチンについても、「有効性が既存のワクチンに比べて落ちる可能性も否定出来ず、大きな期待は寄せられないかもしれない」(幹部)と早くも冷めた声も漏れている。

 既に英アストラゼネカ製のワクチンは「血栓症の問題もあり、使いにくい」(中堅)との評判がつきまとい、「COVAX」(新型コロナウイルスワクチンを共同購入し途上国等に分配する国際的な枠組み)等に拠出され、途上国支援に回される状態になっている。いざ国産ワクチンを開発したとしてもその効き目が悪ければ、こうした憂き目にあいかねない。国中を巻き込んでいるワクチン騒動だが、いざ今後の開発状況に限れば「大山鳴動して鼠一匹」という事にもなりかねず、同じ「過ち」を繰り返す事になるかもしれない。

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