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未来の会
「世界標準」からずれた日本のコロナ対応

~検査とワクチンの失敗が招いた悲惨な状況~

上 昌広(かみ・まさひろ)1968年兵庫県生まれ。93年東京大学医学部卒業。99年東京大学大学院医学系研究科修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の診療・研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(後に先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰、医療ガバナンスを研究。16年3月退職。4月より現職。医療ガバナンス学会メルマガ「MRIC」編集長、星槎大学共生科学部客員教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授、現場からの医療改革推進協議会事務局長。

日本のコロナ対策は世界の中では特殊だった。専門家ではない医系技官が対策を仕切り、無症状者への検査を抑えて検査数を増やさない、ワクチンの承認が遅れて接種もなかなか進まないという事態になっている。そうした結果として、死者数も経済ダメージも東アジアで最悪という結果を招いてしまった。世界標準のコロナ対策を取っていれば、このような事にはならなかったはず。この問題について発信を続ける上昌広氏に話を聞いた。

—新型コロナの感染拡大が始まってから1年半ですが、日本の現状をどう見ていますか。

 いろいろな意味で悲惨です。まず東アジアの国々で、新型コロナが蔓延しているのは日本だけです。そのため経済ダメージは東アジアで最悪、死者数も最悪です。経済については、今年の第1四半期のダメージは、世界で見てもG7(主要7カ国)で上から3番目という状態。感染症対策というのは、死者を減らす事と、社会のダメージを減らす事が重要ですが、どちらもうまくいかなかったという事です。東アジアでは、死者数も経済ダメージも最初から最後まで一貫して日本が最悪です。G7の中で見ると、死者数では日本は少ない方ですが、これも抜かれるのは時間の問題でしょう。日本はワクチンの接種が大きく遅れていますから。

——死者数も経済ダメージももっと抑えられたはずとお考えですか。

 それは抑え込めたでしょう。韓国と同じレベルには出来たはずです。特別な事が必要だったわけではなく、ただ世界標準の対策を行えば良かったのです。例えば日本の人口当たりの検査数は、インドの半分という有り様です。絶対数はインドの方がはるかに多いのですが、人口当たりでも半分なのです。台湾は感染者がいなかったので検査数も少なかったのですが、感染者が出始めると、2週間で人口当たりの検査数が日本と並びました。日本の対策では、検査数が少ない事が非常に大きな問題でした。日本の検査数は『New England Journal of Medicine』で批判されましたが、当時の加藤勝信・厚生労働大臣は、無症状者の検査は不要と言っていました。それなのにオリンピックでは、IOC(国際オリンピック委員会)に言われるまま、アスリートには毎日検査を行うようです。ダブルスタンダードになっている事で、信頼を得られない状態を招いています。また、検査数が少なく変異株の検査が出来ない事で、英国型の変異株を蔓延させてしまいました。変異株を蔓延させた国も、東アジアでは日本だけです。

ワクチン接種の開始が遅れた理由

——ワクチンでも後塵を拝する事になりました。

 ファイザーのグローバル試験には、各大陸から1カ国ずつ入る事になっていました。ブラジル、南アフリカ、ドイツ、そしてアジアは日本だったのですが、そこに入れなかったのです。ファイザーの日本法人は当然申請したのですが、厚労省が前臨床試験に関して細かい事を言っている間にグローバル試験が始まってしまい、日本は乗り遅れたわけです。ここで入れなかったから、後になってブリッジング試験とか言い出す事になりました。海外データを日本の治験データとして代用可能かを調べる臨床試験です。これで2カ月半から3カ月の遅れが生じました。

——ワクチンはもっと早く承認出来たのでしょうか。

 遅れたのは政治家の覚悟が決まっていなかったからです。こういった状況でワクチンを承認するかどうかは、どこの国でも政治判断なのです。特例承認を使えば、当時でも承認する事が出来たのです。菅総理が役人に言われるがまま「法改正が必要」と発言し、それを日経新聞がそのまま書いたのですが、条文を読んでみれば分かりますが、今の法律のままで承認出来ます。覚悟を持って決断しなかったというだけの話です。

——ワクチンの開発でも日本は大きく遅れました。

 ファイザーのCEO(最高経営責任者)がどんな人かというと、ギリシャ人の獣医で、ギリシャでファイザーに採用されました。そういう人が巨大グローバル企業のトップになったわけです。お母さんはホロコーストの生き残りだそうです。こういう人だから、どうなるか分からないメッセンジャーRNAワクチンの開発に、巨額を投じるという決断が出来たのでしょう。わずか数日の間に意思決定し、開発に突き進んで行ったわけです。覚悟があったのでしょうね。厚生労働省の医系技官や菅総理がやっていたのでは、全く歯が立ちません。国産ワクチンが出来ない理由として、国が金を出していないからだという話がありますが、ファイザーは国の金なんかもらっていません。遅れるだけですから。

——巨大企業のトップが世界を動かしているのですね。

 ファイザーはリスクをかけてメッセンジャーRNAワクチンの開発に突き進み、アストラゼネカはウイルスベクターワクチンの開発に取り組みました。しかし、アストラゼネカのワクチンは血栓症が1万人に1人に出る事が分かり、市場はわずか3カ月で、アストラゼネカは使えないという決断を下しています。そういう世界です。国が何もしてくれない等と言っている人達が勝負出来る世界ではないのです。

——日本でもメッセンジャーRNAワクチンの開発が進められていますが。

 たとえ完成したとしても、もう周回遅れです。既に何億人もが接種して、安全性と有効性が確認されているワクチンがあり、そこにやっと治験が終わったワクチンが出てきたとしたら、どちらを選びますか。もしそれでも国産ワクチンを使えと言ったら、国民を馬鹿にしています。私は臨床医ですから、より安心出来るデータがあるワクチンを選びます。

本当の専門家がトップにいない

——日本のコロナ対応の特徴は何でしょう?

 専門家がトップにいないという事でしょう。素人がやるから、分かった頃には世界が先に行ってしまっているのです。例えばアメリカ政府は科学技術政策局の局長を閣僚級に昇格させ、エリック・ランダー氏を指名しました。この人はゲノムの研究者なのですが、元々は数学者で、高校時代に数学オリンピックで銀メダルを取っています。数理経済学者から脳科学に転身し、ゲノムの研究に行っているのですが、アメリカはこういう人を科学技術政策のトップに据えているわけです。これが日本との違いです。

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