菅義偉首相とバイデン米大統領との日米首脳会談は、共同声明に「台湾海峡の平和と安定」を盛り込み、覇権主義的な中国への対抗姿勢を鮮明にした。
自民党右派の間では、1969年の佐藤栄作首相、ニクソン大統領の共同声明以来の快挙と持ち上げる風潮もあるが、子細に見れば「日米VS中国」という単純な図式ではない事が分かる。日米首脳会談から、コロナ禍の中で変異を遂げる世界のパワーバランスを読み解いてみる。
真実は細部に宿る、という。日本の大手メディアが中国を巡る日米両国の対応を中心に報じる中、SNSでは日米首脳会談でホワイトハウスが用意したハンバーガーの話題で持ちきりだった。
ハンバーガーは米国の国民食ではあるが、首脳会談のような公式の会合に向かないのは言うまでもない。新型コロナウイルスの影響で、恒例の夕食会を開けない代わりに米側が用意した異例の昼食だった。
SNSが過敏に反応したのは、両首脳がハンバーガーを口にしなかったからだ。
「家族以外と外食するなとキャンペーンをしている最中にバイデンが人前で堂々と食べる訳がないだろう」「バイデンはマスク2枚重ねで、最初から食べる気がなかった」——。
日本国内での書き込みは、バイデン大統領の対応への不満が目立った。
バイデン大統領がツイッターで公開した写真を見ると、長方形のテーブルの両端にマスク姿の両首脳が座っている。距離をしっかりとって向き合う2人の前にコーヒーカップとハンバーガーが置かれているが、どこか不自然だ。ハンバーガーという気軽な食材で親しみを演出したかったのかもしれないが、むしろ2人の懸隔が強調された感すらある。
SNSにはこんな書き込みも流れた。
「バイデンがツイッターで写真を公開したのは習近平に見せたかったからじゃないの。共同宣言では、日米が協力して中国に立ち向かうなんて勇ましいことを言っているが、その実体はハンバーガー程度の話だってね」
「敵対も協調も」がバイデンの対中政策
米国筋によると、バイデン大統領は中国の習近平・国家主席と10年来の個人的な関係があり、肉親も対中ビジネスに関わっているという。
ハリス副大統領の夫が関わってきた法律事務所も中国進出企業のアドバイザーを務め、中国政府との繋がりが深いとされる。
経済規模を考えれば、米中両国の間に切っても切れない関係が存在するのは当然の事だ。身近な例を挙げれば、バイデン大統領が米国民に着用を奨励しているマスクも大半は中国製なのだ。
共同声明に盛り込まれた内容は「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有」「南シナ海における中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動への反対を改めて表明」等、中国を名指しで批判する文面が随所にある。
ただし、これらは3月に東京で開かれた日米外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)の共同発表にたっぷり書き込まれた内容だった。首脳会談はこれをトレースした格好だ。
東京の中国大使館は日米首脳会談について「日米双方が首脳会談および共同声明において、中国に対し、言われ無き指摘をし、中国の内政に乱暴に干渉し、中国の領土主権を侵犯したことに対し、中国側は強い不満と断固たる反対を表す」との声明を出した。
これを受け、国内メディアの一部では「対中戦略は主体的に」「米国に踏み絵を踏まされる」等の論評もあったが、これは的を射ていない。
声明は表向き強い表現だが、中国外交の常套句であり、そう驚く内容でもない。台湾や香港への海外からの口出しを「内政干渉」と退けるいつもの態度である。
そもそも、3月の2プラス2の共同発表は、日本側の意見を多く取り入れたものだった。中国側は用意周到に、いつものコメントを出したにすぎない。
ただし、中国に突き付けられた課題も小さくはない。コロナ禍の中で、世界経済の中国依存は比重を増している。経済成長で見れば、中国の独り勝ち状態と言ってもいい。
その一方で、世界の国々を「大国」と「小国」に区別し、小国には公然と脅しをかける中国への不満も充満している。
典型例は、豪州に対し、最近、中国が発動した貿易制裁措置だろう。豪州産の牛肉、石炭、ロブスター、ワイン等の輸入制限である。昨年4月、豪州の首相が国際社会に中国国内でのコロナの発生源や感染状況の調査の必要性を訴えた事への「いわれ無き報復」とされる。
中国がこの種の報復措置を小国に発動した例は枚挙に暇がない。
実際、日米首脳会談の共同声明に諸手を挙げて喜んだ小国もたくさんあるのだ。トランプ前大統領に比べ、親中的なバイデン大統領が日本と共同で「中国問題」に対処する姿勢を鮮明にした事の意味は存外大きい。
問われるのは米中大競争時代への対応力
ただし、バイデン大統領の対中メッセージも細部を見ると、敵対一辺倒にはなっていない。台湾問題等「力による現状変更」には明確に反対しているものの、中国への秋波を感じさせる分野もあるのだ。
簡略に分類してみると、①人権問題「対決」②軍事問題「あいまい」③経済問題「競争」④先端技術「競争」⑤環境問題「協力」——といった感じだ。
秋波は存外、早い段階で結実した。日米首脳会談から1週間後、バイデン大統領がオンラインで主催した気候変動に関する首脳会議(サミット)である。
40の国・地域の首脳に交じって、中国の習国家主席の姿があった。中国の環境投資は既に世界トップクラスであり、自国の先進性を誇示する狙いだったようだ。
バイデン政権がこだわる環境問題は中国の協力なしには解決しない。「敵対」と「協調」を織り交ぜた米中の新たな競争時代が始まっている。
米国との連携を深めた菅政権だが、中国と敵対した際、日本は欧米のような対中経済制裁の選択は難しい。軍事力も憲法上の制約がある。
何より、隣接する中国が混乱すれば、大きな打撃を被るのは必定なのだ。様々な制約の中で、米国と協調しながら、中国の暴走に歯止めを掛けるという難題と向き合わざるを得ない現状だ。
ホワイトハウスのハンバーガーについて、菅首相は記者団に「食べながらやろうという話だったが、全く手を付けられないくらい話に夢中になって」と語った。
「コロナ禍で世界のパワーバランスも変異している。米国と中国の大競争は2国間の問題ではなく、世界各国を巻き込んだ展開になっている。日本は米国に寄り添ったとは言え、中国とも一衣帯水の関係だ。難問は山積み。実際、ハンバーガーどころじゃなかった、と俺は見たけどね」
自民党幹部はそう語っている。
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