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高齢社会で期待される「日本発新薬」の展望

高齢社会で期待される「日本発新薬」の展望
米バイオジェンが  日本のバイオベンチャーと連携

長らく新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ばかりが、世間の耳目を集めている。しかし、人類が克服しなくてはいけない疾患は他にもいくつもあり、脳梗塞もその1つである。日本発の新薬で、血栓による脳虚血状態を改善する薬剤が第2相試験で良好な結果を収めた。

 現在、脳梗塞の標準治療として、組織型プラスミノーゲン・アクティベーター(tPA)を静注して行う血栓溶解療法が実施されている。遺伝子組み換え型のtPA(rt-PA)を用いるもので、発症後の切り札的な治療になっているが、残念ながら発症から4.5時間以内に治療を開始しないと有効性を示せないとされる。

 また、出血等を合併している症例は適応外となる等、実際に使用されている割合は発症者の1割にも満たないという。

 炎症や出血リスクを抑制出来、治療効果が高い脳梗塞治療薬として、国内で第2相臨床試験が実施されたのは、東京農工大学発のバイオベンチャーであるティムス(東京都府中市)が開発中のTMS-007だ。東北大学病院、秋田大学医学部附属病院等、4施設で、90人に対して投与された。

 TMS-007は、プラスミノーゲン活性化を促進し、血栓溶解作用を持つカビ由来の低分子化合物だ。Stachybotrys microsporaという真菌が産生するトリプレニルフェノール(triprenylphenol)代謝物の一種であり、これら一群の新規物質は、その頭文字を並べてSMTPと総称されている。

SMTP実用化を目指しベンチャー設立

 日本発の創薬と言えば、第一三共の研究者だった遠藤章氏が、1973年に青カビから発見したコレステロール阻害薬、スタチン系薬剤(HMG-CoA還元酵素阻害薬)が有名だ。

 実は、遠藤氏は後に農工大で教鞭を執り、SMTPはその弟子であった蓮見惠司氏(農工大教授)らが、やはりカビ類から新規化合物をスクリーニングする中で見つかった物質である。

 スタチンは、動脈硬化を抑制し、脳梗塞や心筋梗塞等の虚血性疾患を予防するという点で大きな成果を収め、遠藤氏は内外で多く受賞に輝いた。

 一方、虚血性疾患を発症してしまった場合にはスタチンは無力で、むしろ血栓を除去する治療を考えなくてはならない。こうして、1990年代初頭から探索が開始されたという。

 蓮見氏らが自ら収集したり、購入したりしたカビ類から発見されたTMS-007は、沖縄県西表島の落ち葉に付いたカビの代謝物とされる。このTMS-007について、昭和大学との共同研究で、血栓を溶解する作用がある事が確認された。脳に人工的に血栓を作ったモデルマウスで、6時間後 にTMS-007を注射したところ、24時間後の脳梗塞の広がり(血流遮断によって死滅した組織の範囲)は、非投与群に比べて半分以下だったという。

 この実験では、体重1kg当たり5〜10mgの投与量で血栓を溶解する効果が得られている。

 また、ワルファリン投与によりPT-INRを高値にしたモデルでは、rt-PA投与群及び対象群では重度の出血を認めたのに対し、出血性変化が抑制されていた。その後、霊長類のサルのモデルでも同様の効果を確認している。

 ティムスは、SMTPを始めとする、蓮見氏らの成果を実用化するためのバイオベンチャー企業として、2005年に設立された。

 TMS-007の臨床試験は、第1相、第2相ともティムスが実施主体となっており、公的な競争資金や同社への投資で費用を賄っている。

 安全性と認容性を確認する第1相臨床試験は、東京大学医学部附属病院において実施された。出血イベントは観察されず、rt-PAで問題となるフィブリノーゲン等の凝固線溶因子レベルの低下も確認されなかった。

 第2相試験は無作為化、二重盲検、プラセボ対照試験で、発症から12時間までの急性期脳梗塞患者に対する安全性と有効性を検討する事を目的に単回投与するものだ。21年5月に発表された解析結果では、頭蓋内出血を起こす事なく血流が再開され、機能回復に繋がる事が示された。

急性期脳梗塞の有力な治療薬に

 TMS-007の作用機序については、蓮見氏の研究室で解析されている。まず、生体が本来有する血栓除去作用を増強する作用がある。これは、プラスミノーゲンの立体構造の変化により、血栓親和性を向上し、内因性tPAによるプラスミンへの変換が促進されるためだ。また、可溶性エポキシド加水分解酵素(sEH)を阻害する事によって、抗炎症作用を発揮する。

 こうした2つの異なる作用を有しており、そのメカニズムの新規性から、ファースト・イン・クラスの薬剤と言えそうだ。この独特な作用メカニズムによって、治療を促しながら脳を保護し、発症後12時間まで治療時間を延ばす事が出来ると期待されている。急性期脳梗塞の有力な治療薬として、tPA療法の適応外となる症例にも安全に投与出来るだろうと見込まれている。

 一時期、ティムスの社長を務めていた蓮見氏は自ら、内外の製薬企業を相手に臨床開発を打診したが、どこも及び腰で首を縦に振らなかった。

 しかし、米国バイオジェンが名乗りを上げた。同社は古参のバイオテクノロジー企業で神経科学領域のパイオニアである。

 バイオジェンは18年、ティムスとの間に独占的オプション契約を結んだ。契約では、ティムスに対して、前払い一時金として400万ドルを支払い、開発・商業化に関するオプションを行使したため1800万ドルが上積みされる。

 また、進捗に応じたマイルストーンは、売り上げに対するロイヤルティーも含めると、最大で3億3500万ドルになる見通しだ。これは、日本のバイオベンチャーが製薬企業に化合物を提供する形の提携としては最大規模とされ、寄せる期待の大きさが窺える。これを受けて、ティムスでは上場の準備も進めている。

 石橋を叩いて渡る日本の製薬企業の場合、第2相試験において有効性や安全性にお墨付きを得てから導入を決める事が多いが、それが意思決定の遅れに直結する。バイオジェンとの交渉は2年越しだったが、それでも科学的な成果を的確に見抜いた上での大きな前進と言える。

 日本では、脳梗塞を含めた脳卒中による年間死亡者数は約10万人で、死因としては3番目に多く、救急搬送される脳卒中患者は年間で約28万人に達するとされる(17年時点)。致命的であるだけでなく、たとえ一命を取り留めたとしても、半身麻痺や言語障害等の後遺症を残したり、寝たきりに繋がったりする事も多く、要介護に陥る最大の原因になっている。

 社会的な問題となっている認知症の原因にもなり、高齢化の著しい日本では、アルツハイマー病と複合型の認知症も少なくない。米国においても脳卒中は死因の第5位となっており、看過出来ない状況になっている。今後、承認に向けた臨床開発が更に加速されるはずだ。

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