職員の男女比率を考えたとき、医療現場の多くは女性の割合が圧倒的に高いのではないか。例えば、私の亡き父が北海道で開いていた小さな産婦人科医院を思い出しても、男性は院長である父親1人。あとは看護師、事務職員、調理や清掃のスタッフと全員が女性であった。しょっちゅう女性職員がいろいろな相談に来たり入職希望者の面接をしたり、と“人事部長”の役割を果たしていた母親も当然、女性だ。
父親は医療以外のことには疎く、ときどき訪ねてくる父方の祖母は「あなたがいるから、この医院が成り立っているようなもの」と母をほめていた。
いきなり自分の昔ばなしをして申し訳ないが、今回語りたい「ジェンダーギャップ」、つまり男女格差を考える1つのケースとして挙げてみた。この「男性は父親だけ、あとは全員女性」の実家の医院は、女性比率が圧倒的に高い、男女平等の職場だったのだろうか。私は「残念ながらそうではない」と思う。なんと言っても院長は父親で、何をするにも父親の指示がなければ他の従業員は動けない。実質的に切り盛りしていたのは母親であったとしても、決済の印鑑は父の名前だ。父は威圧的とはほど遠い人だったので、それぞれの職員は比較的自由に言いたいことを言っていたようだが、それでも最終的な決定権は父親にあった。
読者の中には、「うちのクリニックもだいたい同じだ」という人がいるのではないか。私の知人の医師にも、冗談めかして「ウチは“女の園”だよ。男はごく少数派で肩身が狭い」と言い、世間で話題の「女性蔑視」とは無縁だと強調する人もいる。しかし、そういう医療機関でも“顔”になっているのは男性医師で、最終的にはその統率のもとで女性が働いているのではないだろうか。
では、女性がトップの施設や機関ならそれはないのかと言えば、残念ながらそれも違う。私がだいぶ昔に勤務していた民間医療機関は女性が理事長職に就いていたのだが、今思えば男女を問わず職員へのパワハラがしばしば起きていた。
理事長は「女性だからといって、甘く見られたくない」という意識もあったのか、強権を振るうことで自らの存在感を示そうとしていたのだろう。看護師、薬剤師、医師と女性が多い職場だったが、理事長に告げ口をされるのを恐れて、自由に意見が言える雰囲気はまったくなかった。
性別に関係なく職員の意見を聞く体制か
こうやって説明してくるとわかってもらえると思うが、男女の格差のない職場を作るために大切なのは、男女比率の問題やトップや幹部に女性がいるかではなく、性別や序列に関係なく職員の意見を聞く体制ができているか、そうすることで職員側も「この組織を良くしよう」というモチベーションを持てるか、ひとえにそれにかかっているのではないか。
これは職員の勝手な言い分も聞くべきとか、間違った主張も受け入れるべき、という意味ではない。間違っているときはそれを伝え、指導する義務も、職場の管理職にはある。
しかし、医療機関であっても、残念ながら多くの職場がいまだにスタッフが男性院長の顔色をうかがい、怒らせないよう先回りして行動したり、特に女性スタッフは男性の上司が機嫌良く仕事をしてくれるよう、ほめたりちょっとした冗談を言ったり、ときには男性の下ネタ的な話にも笑顔で応じたりしなければならないのが現状だ。
3月31日に世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数2021(男女格差の大きさの国別比較)」では、調査対象の世界156カ国のうち、日本はなんと120位。前年の121位とほとんど変わらず、主要7カ国(G7)では最下位だった。
なぜこんなに低位なのか。受けられる教育や医療についての男女差はほとんどないものの、なんといっても低いのは「政治参画」である。特に国会議員の女性割合は世界140位とほとんど最下位レベルだ。確かに、世界ではどんどん若手の女性が首相になったり内閣の主要ポストを占めたりしているが、日本ではいまだに政界を牛耳るのは70代、ときには80代の男性たちだ。
女性活用で男性に促したい自問自答
また、「経済」の分野でも「管理職ポジションに就いている数の男女差」が139位と際立って低い。ここまで述べてきたように「スタッフの多くは女性。でも、理事長や院長は男性」という医療機関がいまだに多いことからも、この結果は想像がつく。
そして、一番の問題は、こういった数字を見せられると「日本は遅れているな」と感じる人たちも、本心から「ジェンダーギャップをなんとか埋めなければ」と本気で思っているのか、ということだ。
最近も、政界の重鎮の女性蔑視発言が大きな社会問題となった。その発言の中に「(自分のいる組織の)女性はわきまえている」と評価するものもあり、多くの人は「なんという時代錯誤」と驚いたが、一方でテレビやネットではその政治家を擁護する声もかなりあった。
そして驚いたことに、「これまで功績があった人を失言1つで非難するのは気の毒」というのはまだわかるが、中には「確かに職場に“わきまえない女性”がいるのは問題」「彼は男性の本音を言ってくれただけ」と発言そのものを肯定する声もかなりあったのだ。この人たちは、建前では「女性の社会進出を応援」と言いながらも、ずっと心の中では「でも、男性に迷惑をかけないでほしい」「組織の意思決定者を立てるように振る舞ってほしい」と思っていたのだろう。これでは日本のジェンダーギャップ指数が上がるはずもない。
女性が多く働く場である医療機関の男性たちにこそ、伝えたいことがある。「うちの女性たちはみんなタフで、男性に遠慮なんかしないで、のびのびやっているよ」と思っている人こそ、「本当にそうなのか」と問い直してほしいのだ。
一度、幹部クラスは抜きで、女性が若手男性のファシリテーターとなり、「女性スタッフが本音を語るミーティング」を開催してみてはどうだろう。自由闊達に見えていた女性たちからも、意外に「自分も“わきまえなければならない”場面がある」といった声が出てくるはずだ。
幹部はそこでの意見を逐一知るのではなく、会議メンバーから上がってきた改善のためのプランに目を通し、実行できるものからしていけばよい。それに、そういったミーティングを開くだけでも、「うちはちゃんと若手や女性の声を聴こうとしてくれているんだ」と組織改善に対するモチベーションが上がるはずだ。
女性だけでなく、障害がある人、場合によっては外国人などがいる職場は、最初こそわかり合うまでに時間がかかるかもしれないが、その後、飛躍的に改革が進んだり業績が伸びたりすることが経営学の研究で報告されている。多様な人材を活用するのは決して“慈善事業”などではなく、組織の活性化や成長のためにもなる。医療現場から始まる改革に期待したい。
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