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対中国「新冷戦」の前衛日本に覚悟はありや

対中国「新冷戦」の前衛日本に覚悟はありや
「INF本土配備」を求めた元米高官リポートの衝撃

バイデン米大統領が就任した2021年は「新冷戦」の構図が固まった年として世界史に刻まれる事になるかもしれない。トランプ前政権期に先鋭化した貿易や先端技術を巡る「米中対立」から、米国の同盟国・友好国が結束して中国と対峙する「民主国家対中国」の構図へ。その最前線に置かれた日本の覚悟がますます問われる事になる。

 米国は3月、中国新疆ウイグル自治区における少数民族への人権弾圧を理由に対中制裁に踏み切った。中国にとってショックが大きかったのは、この制裁に英国、カナダに加えて欧州連合(EU)が同調した事だろう。EUは昨年末に中国と投資協定を結んだばかり。対中関係では経済面の協力を優先する姿勢を示してきたEUがそれを転換し、民主主義陣営として新冷戦に「参戦」する事を鮮明にしたというわけだ。

 トランプ前政権では当時のペンス副大統領やポンペオ国務長官が再三にわたって中国共産党を名指しで批判し、共産党独裁体制の転換を迫らんばかりの攻撃的姿勢を強調した。だが、肝心のトランプ大統領本人に民主主義陣営の結束によって中国に対抗する意識が乏しかった。EUの中核であるドイツやフランス、EUを離脱した英国等が様子見をしている間に、中国は香港の民主派を弾圧し、チベット・内モンゴル・新疆ウイグル等の少数民族自治区で強圧的な同化政策を進めてきた。

2030年までに米韓同盟は消滅?

 中国の習近平国家主席は「中華民族の偉大なる復興」を掲げている。中華思想と共産党独裁に基づく権威主義国家が、第2次世界大戦後の自由と民主主義を基調とする国際秩序に挑戦しようとしている。中国国内の人権弾圧を国際社会が許すなら、次は台湾、更に周辺地域へと権威主義の拡張を企図するだろう。

  現に中国は南シナ海を軍事拠点化して東南アジア諸国に圧力を掛け、東シナ海でも尖閣諸島への軍事的野心を隠さない。米アラスカで3月に行われた米中外相会談は、ブリンケン米国務長官が「ウイグル、香港、台湾」を列挙して深い懸念を表明し、「内政干渉に断固反対する」と反発した中国側との批判の応酬となった。権威主義の拡張は許さないという米国の強いメッセージに応じたのが、EUの対中制裁同調だった。

 中国は国際社会で孤立しているわけではない。クリミア半島を併合したロシアも権威主義国家陣営の代表格だ。軍事クーデターを起こし自国民を弾圧するミャンマー軍の後ろ盾となっているのが中露両国で、中東情勢でも両国は欧米と対立する側で存在感を示めす。

 権威主義の大国に追随して自国の政治体制の保身を図る態度を「事大主義」という。『大辞林』には「朝鮮史では朝鮮王朝のとった対中国従属政策をいう」とある。再び世界に覇を唱え始めた中国と地続きで接する朝鮮半島の苦悩は大きい。新冷戦の構図が固まる中で、韓国は米国の同盟国として中国と対峙する民主主義陣営の前衛を務められるのか。

 「米韓同盟は2030年までには終焉を迎える」と断じるリポートが月刊誌『ウェッジ』に掲載されたのは昨年11月。寄稿したのはリチャード・ローレス元米国防副次官。02年から05年にかけて日米間で行われた在日米軍再編協議の米側代表を務めた人物だ。米中央情報局(CIA)出身で、朝鮮半島工作に関わった経験も指摘される強面のアジア通として知る人ぞ知る。

 「核保有国の北朝鮮と日本——INFオプション」と題した寄稿の中でローレス氏は、韓国が今後、中国に従属し、核・ミサイル開発を進める北朝鮮の影響下に置かれると推測する。日米韓の連携によって中国・北朝鮮の脅威に対抗するのが日本の東アジア戦略であり、中国・北朝鮮との間に位置する韓国という緩衝地帯を失う衝撃は計り知れない。

 既に兆候はある。文在寅政権の南北融和路線だけではない。18年12月の日本海で韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊の哨戒機に火器管制レーダーを照射した事件。北朝鮮の遭難船を救助していたという韓国海軍は、接近してきた海自を敵と見なした。

 1910年の韓国併合を持ち出すまでもなく、朝鮮半島と日本の歴史は複雑だ。ともに米国の同盟国として海自と密接な関係にあった韓国海軍も、文政権が「日米韓連携より南北融和」へと舵を切った結果、日本を「仮想敵国」と見る意識へと切り替わった。韓国は味方でないのだとしたら、東アジアで孤立するのは日本だという見方も成り立つ。ローレス氏は「日本は米国との安全保障関係がなければ、東アジア地域において孤立し弱い存在になってしまうこともよく理解している」「(米韓同盟消滅後も)東アジアにおける軍事力の展開を引き続き維持したい米国は、日本へ後退し、日本との軍事関係を大幅に強化する道を選ぶことになる」と分析する。

菅首相訪米で負わされた〝重荷〟

 東西冷戦時、日本は西側陣営で米国に基地を提供、見返りに米国の核の傘に自国の安全保障を委ねる事が出来た。台頭する中国に比し、相対的に国力の低下が指摘される米国は新冷戦の現在、基地提供や米軍への後方支援に留まらない役割分担を日本に求めている。

 日米同盟の強化と言えば、安倍晋三・前政権時に制定された、集団的自衛権の行使を可能とする安全保障関連法が記憶に新しい。だが遡れば、まさにローレス氏が主導した在日米軍再編協議こそ、同盟強化の方向性を決定付ける舞台装置だった。

 中国の台頭と北朝鮮の核・ミサイル開発による安全保障環境の急激な悪化をにらみ、防衛省・自衛隊が前面に出たという意味でも、画期的な戦略協議だった。当時、米軍普天間飛行場の移設等、沖縄の基地負担軽減ばかりが注目されたが、協議の主眼は米軍がアジア太平洋地域の平和と安定のために担ってきた役割・任務・能力の分担を日本側に求めたところにあったと言えるだろう。

 いよいよそれを実行に移す時が来た。ローレス氏のリポートは日本に民主主義陣営の最前線に立つ覚悟と具体的な行動を迫る。米国がアジア太平洋地域に配備しようとしている新しい中距離核戦力(INF)システムの日本本土での受け入れだ。

 東西冷戦期の本土返還前に核ミサイルが配備された「沖縄」ではなく、「本土」である。しかも、単なる配備ではなく、米国とともに日本も発射権限を持つ「二重鍵」方式の提案である。非核三原則を国是とする日本の「反核」世論という高いハードルの存在は百も承知のローレス氏がバイデン政権の誕生に合わせて投げ込んだ豪速球。衆院選を控える菅政権に正面から受け止める余裕はなく、完無視を決め込んでいるのが現状だ。

 軍事では日米同盟で中国に対抗しながら、経済では中国とうまくやっていこうという虫の良い態度は、もう通用しないのが新冷戦だ。バイデン政権は日米安保条約第5条(米国の日本防衛義務)の尖閣適用を繰り返し明言し、菅政権側はそれを外交成果としてアピールしてきた。そしてこの4月、バイデン大統領が就任後最初に招く外交首脳という厚遇を得た菅首相。新型コロナウイルスのワクチン政策や東京オリンピック・パラリンピック開催に米国の協力を取り付ける目的を遂げ、その代わりに新冷戦の前衛として中国と対峙する重荷も負わされた。

 INFシステム配備の話までは表向き出なかったようだが、衆院選後の首相が誰であれ、戦後憲法の枠を越える「踏み絵」を突き付けられる覚悟を持つ必要がありそうだ。

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