1.ワクチン接種は臨時接種で前進
2020年12月2日に予防接種法が改正され、12月9日に公布されている。約10年前の新型インフルエンザの流行の際には、ワクチン接種は定期接種にも臨時接種にも位置付けられずに単に「国の予算事業」に過ぎなかったが、今回の新型コロナでは「臨時接種」として扱われることになった(改正附則第7条)。これは大きな前進である。
ただ、必ずしも健康被害救済は十分に手厚くはなく、特に、今回も医療者免責は見送られてしまった。
我が国はワクチンへの信頼が他国と比べて高くないと言われているらしい。それは、国産ワクチンの開発が遅れていることと共に、予防接種体制の法的基盤の整備に消極的で不十分なこともその一因のように思う。現状では残念なことも多いが、いずれにしても1年以上にわたるコロナ禍の終息のためにもワクチン接種の全面的で円滑な実施が望まれる。
2.ワクチン接種に消極的な最高裁判決
ただ、我が国の最高裁判所は、ワクチン接種に極めて消極的な判決を打ち出してきた。その中でも代表的な判決は、種痘後遺障害事件と呼ばれる最高裁平成3年(1991年)4月19日判決であろう。その判旨は次のとおりである。
「予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるところ、禁忌者として掲げられた事由は一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいものというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる」
「したがって、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である」
以上の判旨のとおりであるからして、原判決破棄差し戻し後の控訴審判決(札幌高裁平成6年〈1994年〉12月6日判決)では、最高裁の言う「特段の事情」が認められなかったとして、被告とされた国と小樽市が逆転敗訴したのであった。
つまり、「禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと」と「被接種者が個人的素因を有していたこと」という少なくとも2つの「特段の事情」を積極的に立証しない限り、接種主体(国、地方自治体、医療者など)が敗訴するという判決なのである。したがって、新型コロナワクチンの接種についても、同様であろう。それらの「特段の事情」の立証ができないと地方自治体や医療者が敗訴しかねない。
3.既感染者への接種について
「既感染者への接種について」は、第19回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会(2021年2月15日・資料1)の「今後の新型コロナワクチンの接種について」の一環として検討されている。
「既感染者については、米国・英国では接種可能としている」ので、厚労省の事務局が「我が国においても既感染者を接種対象から除外せず、事前の感染検査は不要としてはどうか」という論点を提示していた。
しかし、その論点提示においては、もしも重篤な副作用が生じた時に医療過誤訴訟ではどのように扱われるか、という場面に関する問題意識が薄いように感じられる。特に、我が国の最高裁判決向けには、どのような改善策(対策)を考えるかが明示されていない。
英国公衆衛生庁は「COVID-19感染の既往または抗体を有する者へのワクチン接種による安全性の懸念の証拠はない」としているし、欧州医薬品庁も「ファイザー社/ビオンテック社の臨床試験では、ワクチンを接種したCOVID-19感染既往のある545人には追加の副作用は認められなかった」とあり、WHO(世界保健機関)も同様に「ファイザー社/ビオンテック社の第2/3相試験から入手可能なデータは、ワクチンがSARS-CoV-2感染の既往がある患者において安全であることを示している」とする。
しかしながら、米国CDC(疾病予防管理センター)は「モノクローナル抗体または回復期血漿での治療を受けた場合は、90日間待ってからワクチンを接種する必要がある」としているし、英国公衆衛生庁も「感染から最大2週間後に臨床的悪化が起こる可能性があるため、症状発現もしくは無症状での検査陽性から約4週間、また臨床的回復まで、接種を延期すべきである」と慎重姿勢であった。さらに、フランスの「高等保健機構」は既感染者のワクチン接種1回を推奨しているらしい。もちろん、それらはいずれも、「90日以内に接種してはならない」「4週間以内に接種してはならない」「2回接種してはならない」と否定までをするニュアンスでは無さそうである。
とは言え、前掲の最高裁判決からすれば、もしも万が一にでも重篤な副反応が生じて後遺障害が残ったり死亡したりしたならば、今のままでは直ちに「禁忌者」と推定されて医療過誤だと断罪されかねないであろう。
4.予診票補充記載または事前抗体検査でフォロー
すでに「新型コロナワクチン接種の予診票」のモデル書式が使われ始め、医療従事者への先行接種もスタートしている。ところが、「予診票」の質問事項には、「コロナ感染」の有無の欄は全く無い。抗体検査も無ければ、PCR検査の検査歴すらも無いのである。これでは、米国CDC、英国公衆衛生庁、フランス「高等保健機構」の基準を遵守しようがない。到底、最高裁が言うところの「予診が尽くされた」とは評しえないであろう。
残された方法は、ワクチン接種の前に全員に「抗体検査(せめてPCR検査)」をやってみるしかないのであろうか。無症状病原体保有者には問診をしてみても意味が無いのであるから、ここはやはり平等に皆に事前の抗体検査をすべきところであろう。症状は無くとも陽性となった者に対しては、英国公衆衛生庁並みに、約4週間、ワクチン接種を延期すべきである。
以上のように、せめて予診票補充記載か事前抗体検査でフォローすべきであろう。ただ、現に実際上は、田村憲久厚労大臣は、もしも罹患したら死亡率の高い高齢者施設の入所者等を中心として、PCR検査をプール方式にして大量に実施することと指示していた。これは(少なくとも結果としては)無症状病原体保有者を中心として全ての感染者を網羅することとした政策だと評価しえよう。時期的に見ても丁度、優先接種の開始直前に、既感染者をチェックする役割を果たし、結局は、「禁忌者推定」対策を講じたものと言えるのである。
この調子で、追って、「予診票」の記載欄を補充し、さらに、基礎疾患を有する人には抗体検査やPCR検査を網羅し、無症状病原体保有者をあぶり出し、ワクチン接種の安全を確保した上で医療過誤を無くし、ひいてはワクチンの普及に繋げていくべきであろう。
(なお、最後に付け加えると、このように当面の対策は講じつつも、また落ち着いた時期に、無過失補償制度たる予防接種健康被害救済制度の拡充と、予防接種における医療者免責とを導入する立法を追加制定していくべきだと考えている)
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