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医薬業界に中間年「ほぼ全面」薬価改定の衝撃波

医薬業界に中間年「ほぼ全面」薬価改定の衝撃波
国の「いじめ」で製薬、卸、病院は生き残りに必死

「これからどうなってしまうのか、業界はパニックですよ」。今年4月の薬価改定が昨年末やっと決着したが、医薬品卸大手の関係者はこう不安を漏らす。予想をはるかに上回る厳しい内容だったからだ。  

 薬価改定自体はこれまでも2年に1回行われてきた。秋に行う薬価調査で、医療用医薬品の市場取引価格(医薬卸が交渉を経て病院や調剤薬局に販売する実勢価格)と公定価格の薬価(病院や薬局が患者に出した薬代を健康保険から受け取る時の価格)との乖離を国が把握し、そのデータに基づいて、翌年4月に薬価を引き下げる。これが薬価改定の概略だ。 

 病院等の医療機関は薬価より安く卸から薬を仕入れる事で稼ぐ差額(薬価差益)を重要な経営原資にしている。薬価改定は医療機関、そして製品の強制値引きをさせられる製薬企業、卸には打撃になる。

 問題はここから。国は2016年末の4大臣合意で薬価改定を毎年実施する方針を既に決めている。従来の2年に1回の合間の中間年に行う薬価改定の初回が今回だった。

 中間年改定の中身を巡って、昨年ほぼ1年を費やして、医療費圧縮のため2年に1回の全品目対象のフル改定並みの改定をもくろむ財務省・官邸サイドと、これに反対する医薬品業界が激しく火花を散らしてきた。

 薬価引き下げが隔年でなく毎年になるだけでも重荷なのに、改定対象が全品目となれば業界には死活問題だ。初回に決まった内容がそれ以降の中間年改定をほぼ左右するだけに、

今回の薬価改定闘争は業界にとっては特別に重要な意味があった。

 そのため病院・薬局から製薬企業、卸まで業界も総力を挙げて少しでも有利な内容を勝ち取ろうと、政府・自民党に対してこれまでにない懸命さで陳情・ロビー活動を展開したわけだ。

コロナ下の時期も最悪

 昨年は初頭から新型コロナウイルス感染症に業界が翻弄され続けた。その中でのバトル、タイミングは最悪だった。患者の受診控え、外来・入院患者数の減少等もあり病院・薬局の経営は一段と悪化した。卸は値下げを迫る医療機関とのタフな価格交渉を迫られ、薄い利幅を削り取られた。製薬企業の多くは新型コロナ下の国内市場の縮小加速に苦しんだ。

 「コロナ下で通常の価格交渉も出来ず薬価調査どころでない」。医薬品業界は当初、中間年改定の先送りを狙ったが、昨年9月に就任した菅義偉首相は4大臣合意の当事者にして中間年改定の積極推進論者だけにこれは土台無理筋だった。

 11月に入ると実施を前提にした中身を巡る条件闘争に後退。4大臣合意時の「価格乖離の大きい品目を対象に」の文言を錦の御旗に、「平均乖離率の2倍以上の価格乖離の品目を対象にすべし」との論陣を張って対象品目を絞り込む作戦に全力投入した。その結果、業界は完敗。20年9月の薬価調査で判明した平均乖離率約8%の2倍どころか、平均を下回る5%以上の乖離率のある薬を対象にする事で押し切られた。「乖離の大きい」という文言には程遠く、業界は「約束が違う」と地団太を踏むが、後の祭りだ。

 5%以上の対象品目がもたらす経営へのインパクトは衝撃的だ。

 医療用医薬品全品目約1万7550のうち今回の対象品目は約7割の1万2180になる。金額でみると更にショッキングだ。全品目対象の改定時の医療費への影響額4900億円に対し、今回の改定対象の影響額は4300億円、実に9割が引き下げの網に引っ掛かる。従来の2年に1回時並みの「ほぼ全面改定」だ。

 改定対象は後発品で8割、特許切れ新薬(長期収載品)で9割を占める。更に特許期間の残る新薬でも6割が引き下げ対象になるのは、このぴかぴかの新薬を収益の柱に頼む製薬大手を痛撃する。

 ちなみに医療用医薬品の薬価ベースの国内市場規模は10兆円台半ば、4300億円の薬価引き下げはこの約4%に相当する。製薬企業の卸への販売価格は薬価より1割程度は低いと想定されるから、製薬企業への薬価改定の影響度はもっと大きい。

製薬、卸とも余裕はなし

 調査会社の米IQVIAのデータでは20年4〜6月期の国内医薬品市場は前年同期比2・5%減、7〜9月期は同5・1%減となっていて、新型コロナの影響が既に出ている。 

ここに毎年ほぼ全面薬価引き下げの悪影響が日本に覆いかぶさる。

 IQVIAジャパンは11月24日のセミナーで21〜25年度の国内医療用医薬品市場の年平均成長率が0・9%減〜0・1%増になる予測を示した。新薬の上市・成長牽引効果は出るが、毎年薬価改定の年率6〜4%の市場縮小要因が消去するからだ。

 毎年薬価改定のマイナス効果はほぼ確実だが、新薬上市・成長牽引が期待通りに実現するかには不確実性がある。大型新薬の創生・投入ができるメーカーは一部大手に限定される。縮小国内市場で食っていけるメーカーか否か、市場の厳しい選別はこれから本格的に加速するはずだ。

 海外へと市場拡大に生きる道を見出せる製薬大手はまだよいが、問題は薬価改定の影響がとりわけ大きい長期収載品や後発薬を主体にする準大手以下の国内製薬企業やジェネリックメーカーだ。ジェネリックメーカーには昨年9月末に国の後発薬後押し目標期限を終え、追い風が消える。そこに薬価引き下げ加速で既に20年度中間決算で後発薬大手でも収益悪化傾向は顕著に出ている。

 医薬品卸はさらに厳しい。2020年12月号の「医薬品業界に『新型コロナ&毎年薬価改定』の二重苦」にも書いたが、新型コロナだけでなく毎年薬価改定で経営悪化が止まらない病院や調剤薬局大手チェーンからの価格引き下げ圧力はこれからも強まる一方だ。

 製薬企業からの支援も弱まるはずだ。メーカー自身が医療費圧縮のための薬価削減に狂奔する国に追い込まれていて卸を慮る余裕がない。薬価の下げほどには卸への販売価格を下げず(卸の仕入れ原価率のアップ)、卸の利益を助けてきた販売奨励金の性格を持つアローワンスを削る動きも既に一部で現れ始めている。

 要するに川上、川下からの挟撃にあって、構造的に収益圧迫を余儀なくされているのが卸のポジションだ。毎年薬価改定がこれを強める。

 悪い事は重なる。地域医療機能推進機構(JCHO)の医薬品入札を巡る大手卸4社の入札談合は、発覚から1年が過ぎた昨年暮れに公正取引委員会が刑事告発に踏み込んだ。巨額の罰則金や違約金に加え、その他公営病院も含む入札資格停止も予想され、当該大手卸の苦しい経営に追い打ちを掛けるのは間違いない。

 準大手以下の卸には逆にこの隙間を縫う棚ぼたメリットが出るか、と言えばそれほど単純でもない。卸市場の8割を占める大手卸4社の穴は他では埋められない。傷ついた大手がJCHO等で失う利益を埋めようと、他の市場で安値攻勢に出る可能性もある。

 準大手卸以下はこの最悪のシナリオも視野に、「川上のメーカーと川下の医療機関の両方に選ばれるしかない」と正論を語る。

 ただ、それだけで済むはずがなく、一部大手卸で顕在化する本格リストラ等いばらの道が待ち構える。卸だけでない、医薬品業界全体に大嵐が吹き荒れるのは時間の問題だ。

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