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未来の会

社会保障分野における安倍政権の「功罪」

社会保障分野における安倍政権の「功罪」
「ばらまき」の様相強く、政策効果もいまいち

7年8カ月に及んだ安倍政権が幕を下ろした。体調不良を理由に8月28日に突如として辞任を表明した安倍晋三前首相だが、その看板政策である「アベノミクス」はとかく有名だ。政権の下で社会保障政策は、アベノミクスの一部として活用され、その姿は徐々に歪んでいった。社会保障分野での安倍政権の功罪を検証したい。

 「経済においては、働きたい人が働く事が出来る、働く場を作る、それを大きな大きな政策課題として掲げ、20年続いたデフレに3本の矢で挑み、400万人を超える雇用を作り出す事が出来た。成長の果実を生かし、保育の拡充、幼児教育保育の無償化等を行った。働き方改革や1億総活躍社会に向けて大きく一歩を踏み出す事が出来た」。8月28日の辞任会見で、前首相は記者から政権の「レガシー」(政治的遺産)を問われ、こう答えた。

「ちぐはぐ感」が拭えない

 アベノミクスとは表現しなかったものの、経済成長という文脈の中で、前首相は子育て等社会保障政策に言及した。それには訳がある。政権は2012年12月に「三本の矢」を公表し、金融緩和、財政出動、成長戦略を柱に据えた。これがいわゆる「アベノミクス」の本質だ。その後、15年9月に「新三本の矢」としてリニューアルし、これらに加え、「希望出生率1・8」を目指す子育て支援、「介護離職ゼロ」という社会保障分野の政策が加わっていった。経済成長を目指す中で、それを支える意味で社会保障政策が打ち出されたのだ。

そのため、官邸主導で打ち出した社会保障政策のちぐはぐ感は否めなかった。前首相が胸を張った「幼児教育・保育の無償化」は、17年10月↖の衆院選で自民党の目玉公約に掲げられたものだ。衆院選で自民党が大勝し、政権は実現に向けて具体的な政策を練り始めたが、与党内からも反対の声が上がったにもかかわらず、所得制限を付けずに認可保育園を利用する全ての世帯が利用出来るようにした。

 その一方、認可保育園に入れず認可外を利用せざるを得なかった人は上限付きの補助(3〜5歳で月額3万7000円)に止まるちぐはぐさ。当時の政府関係者が「政策を打ち出す際、官邸は認可外保育の事は念頭になかったようだ」とため息をついていたのが印象的だ。

 結局、政策は「ばらまき」の様相を強くし、政策効果もいまいち。昨年の出生数も86万4000人と過去最低の更新が続いている。

 単純な比較は出来ないが、政権が発足した12年の出生数は103万人と100万人の大台は死守していた。1人の女性が15〜49歳までに産む子どもの平均数を示す「合計特殊出生率」は19年だと1・36で、12年の1・41からやや低下し、相変わらず低迷したままだ。

 待機児童数も20年4月1日時点で1万2000人を超え、「20年度末にゼロ」という目標は事実上、達成が不可能な状態だ。「介護離職ゼロ」に至っては、17年時調査で9万9000人。12年時の10万1000人と比べてやや減ったものの、ほぼ変わらない水準だ。

 厚労省幹部は「安倍政権は何よりも経済成長中心だった。社会保障は二の次で、経済成長に資する場合に限り社会保障政策は進められた。特に無償化や介護離職ゼロなんてものは、その象徴だ。働き方改革も労働者保護というよりも生産性向上の側面で語られる事が多かった。一方で、国民の負担増に結び付きそうな社会保障政策は必要なものでも後回しにされがちだった」と明かす。

 政権の最重要課題の1つとされた「全世代型社会保障改革」の柱、75歳以上の医療費の窓口負担を2割に引き上げていく具体策の取りまとめは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で当初予定の6月から年末に先送りされたままだ。厚労省内では「国民に不人気な改革は取りかからない」と囁かれていた。

 雇用についても、前首相は「400万人を超える雇用を作り出す事が出来た」と強調するものの、新たに増えた465万人のうち非正規雇用が約350万人を占めた。

 柔軟な働き方が出来る非正規で働く事を希望する人もいるが、正規雇用を目指しながらも実現出来ない「不本意非正規」も約260万人いるとされ、依然として高水準だ。

 政権が力を入れた働き方改革も、残業時間の上限規制(月45時間・年360時間)を導入したものの、自民党内の経済産業族議員が「労働基準監督署による強制的な捜査は控えるべきだ」という主張の影響で、摘発事例はなかなか増えない。

日陰の政策に光当てたが……

 残業規制と同様に導入された「同一労働同一賃金」については、表看板は非正規労働者と正規労働者の賃金格差を縮小するのが謳い文句だが、実際は「年功序列」と「終身雇用」という正規労働者の既得権益を打破する狙いが見え隠れしている。

 最低賃金は第2次政権発足までの10年で全国平均の引き上げ幅はわずか86円だったが、12年からの7年間で152円と大幅に上がった。景気が好調な時には首相官邸が関与して大幅な引き上げを求めたが、新型コロナウイルスという経済的に危機的状況だった今年、首相官邸はほぼ関与せず、通常各都道府県の審議会向けに示していた上げ下げの「目安」すら今回は示さなかった。

 その他にも「女性活躍」「1億総活躍」「人生100年時代構想」等、社会保障と関連した「看板」を掛け替え、「取り組む姿勢」をアピールしてきた。

 大手紙記者は「これまで日の当たらない政策に光を当てたという功績はあるものの、どれも中途半端に投げ出してしまった印象は拭えない。生活困窮者等必要な人に必要な給付をするという社会保障の理念を理解していたとは思えない」と手厳しい。

 政府関係者も「無償化は所得制限を設け、その余った財源で、保育士や介護士、児童養護施設の職員の処遇改善に充てたり、施設整備に回したりするのが社会保障政策としては常道だ」と指摘する。

 こうした社会保障政策は、経済産業省出身の今井尚哉・首相補佐官兼首相秘書官と新原浩朗・経済産業省経済産業政策局長が中心となって立案した。重要な政策を決めた会合後に行う記者向けのブリーフは新原氏が担当していたが、氏は自分が答えたい質問には答えるが、政策の細かい矛盾等を指摘されると、陪席していた厚労省幹部に助けを求める場面も多かった。

 一方で、高額療養費や高額介護サービス費等制度を見直し所得のある高齢者に負担を求めたが、厚労省と財務省中心で進めた結果だ。こうした負担増政策を政権の中枢課題として取り上げなかったのは、ひとえに政権の「経産省優遇」「財務省、厚労省嫌い」が発端と言える。財政健全化という指標が後回しにされる間に膨大な借金が積み上がり、その「ツケ」は後の世代が背負う。

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