「経済活動優先」の官邸の思惑で分科会に衣替え
政府の新型コロナウイルス感染症対策を牽引してきた専門家会議が廃止され、新たに「新型コロナウイルス感染症対策分科会」が立ち上がった。感染症の専門家が中心で政府に厳しい対策を求めた専門家会議だったが、経済活動を優先させたい官邸の思惑で新たにメンバーを入れ替え、分科会として衣替えさせられた格好だ。
専門家会議は当初、加藤勝信・厚労相のアドバイザリーボードとして設置され、その後、2月16日に正式に発足した。2009年に新型インフルエンザが流行した時にもアドバイザリーボードが設置されており、当時前線で指揮した正林督章・新型コロナウイルス対策本部事務局長代理が今回も進言した事がきっかけとなって立ち上がったとされる。
専門家会議の座長は脇田隆字・国立感染症研究所所長で、副座長は尾身茂・地域医療機能推進機構理事長が務めた。その他のメンバーも、岡部信彦・川崎市健康安全研究所所長や押谷仁・東北大大学院教授、釜萢敏・日本医師会常任理事、舘田一博・東邦大教授、河岡義裕・東京大感染症国際研究センター長らで、ほぼ感染症の専門家で埋め尽くされた。2月の発足以降、5月29日まで11回に及ぶ提言や分析、見解を出した。
これまで「印象的な」提言を何度も世に送り出している。2月24日には、「これから1、2週間が急速に進むか収束できるかの瀬戸際となる」との見解を公表し、耳目を集めた。まだ新型コロナが全国的に蔓延していない中だったため、国民の意識を高めるのに一役買ったと言えるだろう。その後も、「今後、感染源が分からない患者が継続的に増加し全国に拡大すれば、どこかの地域を発端として爆発的な感染拡大(オーバーシュート)を伴う大規模流行に繋がりかねない」(3月19日提言)と記載し、「オーバーシュート」という横文字を流行らせた。5月4日提言では、「新しい生活様式」の実践例と職場での留意点を示し、当面、新型コロナと生活が切っても切り離せない関係にある事を国民に知らしめた。専門家会議のメンバーはテレビを中心に頻繁にメディアに露出し、提言の狙いや目的を盛んに訴えた。
政府とともに批判を浴びた専門家会議
しかし、こうした「印象」が感染症対策の助言機関であったはずの専門家会議がまるで政策を引っ張っているかのように国民に映った。感染症対策としては死者数を欧米に比べれば圧倒的に少ない数で押さえ込んだため、失敗と論評するのは難しいが、2カ月に及ぶ緊急事態宣言で国民に「コロナ疲れ」がはびこり、経済的な落ち込みに加え、8年に及ぶ安倍政権への「飽き」もあり、政府の新型コロナ対策は「失策」だったという声は一定程度支持を集めている。こうした批判を政権とともに一身に浴びてしまったのが、専門家会議だった。
とはいえ、専門家会議と政府も一枚岩ではなかった。専門家会議の事務局に官僚が入ると、見解や提言に介入を繰り返した。5月1日公表の提言案には当初、「1年以上、何らかの形で持続的な対策が必要になる」という文言があったが、官邸が延期した東京五輪の開催が危ぶまれる結果となりかねないため、「1年以上」という箇所は削除された。3月2日の見解では、「無症状、あるいは軽症の人が感染拡大を強く後押ししている可能性がある」としていたが、「症状の軽い人も気が付かないうちに感染拡大に重要な役割を果たしてしまっている」と修正された。また、3月19日の提言では、欧米のような流行が起きた場合に人工呼吸器が足りなくなるというデータの取り扱いを巡り、鈴木康裕・厚労省医務技監は「誤解を呼びかねない」と削除を求めたが、データを作成した西浦博・北海道大大学院教授(8月1日から京都大学教授)が「世界的に同様のデータを出している」と反発。最終的にはデータは掲載されたが、終始ゴタゴタ続き。自由闊達に意見交換する専門家会議から、政府方針を追認する専門家会議に成り下がり、政府、とりわけ官邸に対して愚痴をこぼす専門家もいたほどだ。
官邸にとって御しやすい尾身氏
特に緊急事態宣言を解除する段階に入ると、その傾向は顕著になった。当初、5月28日に東京等5都道県の解除を判断するために開催するはずだった専門家会議は、25日に開催が前倒しされた。その後、感染者が増えている結果をみると、その判断は成功といえた。ある政府高官は「感染者数が一番低い時期に解除してしまおうという事だ」とその狙いを明らかにしている。専門家サイドにこの動きは寝耳に水で、把握していたのは官邸に御しやすい人物とみられていた尾身茂副座長ぐらいだったとされる。
他方、専門家同士の軋轢もあった。特に激しかったのが、尾身氏と西浦氏だ。政府側に立つ尾身氏は、ある見解を巡り、実効再生産数を早く出すように求めたが、実際に作業する西浦氏が応じず、事前打ち合わせで大喧嘩をした事もあったという。押谷氏に対しても尾身氏は高圧的な指示を出す事もあり、周りで見ていた人はヒヤヒヤしていた事もしばしばあったという。
こうしたひずみが、「6月24日」に噴出する。専門家会議のメンバーは単独で会見を開き、専門家会議の活動を総括した。「あたかも専門家会議が政策を決定しているかのような印象を与えた」と振り返り、「政府との関係性を明確にする必要がある」と提言したのだ。アドバイザリーボードからスタートし、位置付けが曖昧なままだった専門家会議を再定義しようと試みたが、政府からの回答は「廃止」。事前通告のないまま、西村康稔・経済再生担当相が記者会見で発表した。廃止の発表は25日に予定していたが、西村氏が急遽1日前倒ししたという。政府関係者は「専門家会議の提言を打ち消そうという狙いで前倒しした。急遽、尾身さんに連絡したが、会見に出席している最中で間に合わなかった」と事情を明かす。
蓋を開けてみると、分科会のメンバーは、12人いた専門家会議のうち8人がスライドし、大竹文雄・大阪大大学院経済学研究科教授や河本宏子・ANA総研会長、小林慶一郎・東京財団政策研究所主幹といった経済・財界関係者の他、平井伸治・鳥取県知事も入り、幅広い人選になった。
河岡氏らが外れ、専門家会議オブザーバーメンバーながら政府と対立した西浦氏も選ばれなかった。感染症対策と経済活動を両立させるのが狙いで、内閣官房にぶら下げる事で官邸の意向を反映させやすくなった。
「骨抜き」に次ぐ「骨抜き」で、今の形になった「専門家集団」。ある大手紙記者は「政府の言いなりになっている尾身さんがいる限り、その存在感はどんどんと薄れる一方だろう」と吐き捨てる。
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