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未来の会

がんゲノム医療を支える「科学的基盤」と「倫理」

がんゲノム医療を支える「科学的基盤」と「倫理」
ゲノム研究で広が可能性を展望する

「がん遺伝子パネル検査」は昨年6月から保険適用されたが、倫理面等課題もある中、日本科学未来館と文部科学省・新学術領域研究「システム癌新次元」の共催で2月、「どう変わる!? がんとの向き合い方——ゲノム研究で広がる可能性」をテーマにしたトークセッションが都内の同館で行われた。

 最初に、国立がん研究センター研究所の片岡圭亮・分子腫瘍学分野分野長が登壇、がんに関する基本的な考え方から、がんゲノム医療の現在と未来像について話した。

 これまでがん治療薬は臓器ごとに開発されてきたが、がんゲノム医療では遺伝子異常に応じて治療薬を考えるようになるという。そして、肺がん治療薬「イレッサ」を例に説明した。イレッサが2002年に承認され、肺がん患者全員に使われていた時は、実際に効いたのは27%だった。10年後、EGFR遺伝子に変異を持つ患者に効くのではないかという報告が出て、そのケースにのみに使える薬になった。EGFRは、がん細胞が増殖するためのスイッチのような役割を果たしているタンパク質だ。薬を使うターゲットを特定したところ、約76%の患者に効くようになったという。遺伝子変異を見つける事によって、より効果的な治療が可能になった。

20年の新薬開発が4年で可能に 

 片岡氏は、国立がん研究センター研究所の間野博行所長の研究成果を例に、治療薬の開発期間短縮という効果について説明した。

 間野氏は肺がんの原因となる新たな遺伝子(EML4-ALK融合遺伝子)を2007年に発見した。学会誌に発表したところ、製薬会社が一斉に治療薬の開発に乗り出し、わずか4年で治療薬が承認された。

 この融合遺伝子を持つのは肺がん患者のうち4%と多くはない。しかし重要なのは、通常20年くらいかかる新薬開発期間が、ターゲットの明確化で劇的に短縮出来る事だ。遺伝子変異を見付ける事が、がん治療にとって早道で、それを実現するのが「がん遺伝子パネル検査」である。

 これまでの遺伝子検査では、あらかじめ狙いを定めた遺伝子異常を一つ一つ検査する方法しか保険で認められていなかったが、がん遺伝子パネル検査では1 回の検査で数十〜数百種類の遺伝子を調べる事が出来る。

 遺伝子パネル検査が出来るようになったのは次世代シーケンサーという技術革新があったからだと片岡氏は説明する。

 次世代シーケンサーは遺伝子の塩基配列を高速に読み取る装置で、2000年半ばに米国で登場。1990年から2000年初頭にかけて1人のゲノムを解析するのに13年かかっていたが、今はこの機械で1〜2週間、早いと1日で読める。スピードが早くなっただけでなく、コストも安くなった。20年前は1人のゲノムを読むのに100億円もかかったが、今は10万円まで下がった。

 遺伝子パネル検査によって遺伝子変異に対応した治療薬がどんどん開発されていくと、がんゲノム医療はますます発展していくと、片岡氏は未来を語る。そのためにはデータの蓄積が最も重要であり、患者の協力が欠かせないと述べた。

 次に、国立国際医療研究センター研究所の高島響子・メディカルゲノムセンターゲノム医療倫理室上級研究員が登壇、がんゲノム医療の倫理的問題について語った。

 科学技術が進歩すると、実現可能でも、正しい事なのかどうかが問われる局面がある。

 がんゲノム医療のメインターゲットは、筋肉や臓器等の組織にある体細胞だ。しかし、がん全体の3〜5%程度だが、次世代に伝わる遺伝性腫瘍と呼ばれるものもある。がん遺伝子パネル検査の中には、体細胞だけでなく生殖細胞の変異をとらえるものも出てきた。この問題を考える上で、高島氏は乳がんの「リスク低減手術」を例に出し、医学的事実と価値判断を区別する必要性を述べた。

 リスク低減手術は、数年前に米国の人気女優が予防的に乳房や卵巣・卵管を切除した事がニュースとなった。彼女は母やおばをがんで亡くしており、自分の遺伝子を調べると、将来的に乳がんを発症するリスクが87%、卵巣がんは50%と判明した。日本でも遺伝性乳がん卵巣がん患者へのリスク低減手術が今年4月から保険適用となった。高島氏は、遺伝性腫瘍でも、将来必ず発症するとは限らない場合もあると理解した上で自ら選択する事が重要であると語る。

提供されたゲノムは匿名化されIDで管理

 高島氏は、遺伝情報の倫理的問題を考える上で国際連合教育科学文化機関(UNESCO)の「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」が参考になると話す。そこには、ヒトゲノムに関する研究と応用は人々の健康の改善において恩恵をもたらすとしながらも、遺伝的特徴に基づくあらゆる差別の禁止を謳っている。遺伝子検査の結果については、被検者側が知るか知らないでいるかの権利を持っている。そして、ゲノム研究においてもインフォームドコンセントが特に重要になるとする。

 日本でも、遺伝情報を含むゲノム研究が幅広く行われているが、法律とは別に、研究者が守るべき指針が定められ、そのルールの中で行われているという。特定可能な個人と結び付いた遺伝データを研究目的等で保存利用する場合は特に、情報のプライバシー保護が大切にされているそうだ。患者のようにデータを提供する側の氏名や住所、男女の区別等、様々な情報のうち、研究に不必要な部分は削除され、匿名化されて研究用のIDで管理されている。また、がん遺伝子パネル検査の同意書には、データを学術研究や開発目的の第三者に提供するか否か意思を問うようになっている。

 高島氏はバイオバンク・ジャパン(BBJ)を一例に挙げる。BBJ(2003年〜)は、全国の医療機関で27万人の協力の下、ゲノム研究のために血液等の生体試料や臨床情報を収集して保管し、研究に利活用するプロジェクトだ。そのデータを使いたいという研究者がいれば、研究の倫理審査やBBJの利用審査を受けて承認を得なければならない。そして、BBJは保管データがどのような研究に使われたのか、研究名や研究者の名前等をWEBサイトで公開している。

 高島氏は、ゲノムデータの利活用における情報の取り扱いとプライバシー保護について、医師や研究者だけでなく、患者を含めて広く社会全体で考える事が大切だと締めくくった。

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