医療者に協力し、応援する国民の姿勢が大切
3月24日の朝日新聞朝刊(東京最終版)に1通の投書が載った。「町医者を二つの危機から救って」と題する投書は、日々、感染患者に接する危険を持つ診療所を営む群馬県の男性医師からの悲鳴だった。新型コロナウイルスの感染拡大により、全国の医療者の負担や責任が大きくなる一方で、本人やその家族に対する偏見や差別も大きくなっている。今、国民に求められるのは、困難な職務に臨む医療者を支える姿勢ではないか。
群馬県の医師が投書で訴えたのは①日常の診療で新型コロナの感染患者に接するかもしれない恐れ②感染者が出たとして医療者が差別される恐れ——の2つだ。実際に投書が掲載された後、各地の医療機関で集団感染が起き、「医療機関は危ない」という印象が強まった。都内で内科診療所を営む50代の男性医師は「院内感染の話や医師が感染した話を聞くたびに、ものすごい恐怖を感じている」と打ち明ける。
患者から感染する恐れはどの医療機関でもあるが、少数のスタッフで回す診療所は感染者が出た場合に診療を続ける事が難しくなる。慢性疾患で長く通う等、顔馴染みの患者も多く、患者の行き先がなくなる恐れもある。医療機関のスタッフが自らの感染に気付くのが遅れた場合、いわゆる〝感染弱者〟に感染を広げる「加害者」となる事は避けられない。
群馬県知事が感染医師を批判
だが、そうした身の危険を抱えながら診療にあたる医師への世間の目は厳しい。投稿した医師が住む群馬県のマスコミ関係者は「この医師が投書を送った理由の1つは群馬県の対応に憤っての事だろう」と語る。
群馬県では3月14日夜、山本一太知事が同県大泉町の診療所の医師が新型コロナに感染していた事を会見で明らかにした。その際に診療所の実名を挙げるとともに、この医師が微熱が出ても8日間診療を続けた事について「結果的に感染を拡大させる要因となった。誠に遺憾」と語ったという。
「医療機関、特に診療所のような無床の小規模機関の場合、見舞客が多く出入りする大病院と異なり、訪れた人の名前や住所、連絡先は診療記録からすぐに把握出来る。保健所はそこから個別に連絡出来るので、実名を公表して世の中に注意喚起する必要性は低い」と医療担当記者。
にもかかわらず、医療機関を公表した山本知事に対して、神奈川県の診療所医師は「自分が感染するかもしれないリスクと戦いながら、それでも診療を望む患者のために休む事も出来ない医療機関にあまりに冷たい仕打ちだ」と憤る。
一方で、名前を公表しなければ、風評被害が生まれる恐れもある。関西地方の医師によると、「あの病院に新型コロナの患者が入院しているようだ」「新型コロナの患者があそこの診療所を受診したらしい」といった多くの噂が飛び交い、「先生なら知っているでしょう?」と噂の真偽を尋ねてくる知人も多かったという。
「それを知ってどうするのだろうと思った。コロナかどうか分からない患者を診ている段階なら、知らないうちに感染が広がる事も考えられるが、陽性患者だと明らかになっていれば、既に感染拡大防止策が取られている。一般の人が心配しなくても大丈夫だ」と医師は苦笑いする。
だが、感染はリスクの高い最前線にいる医療者に確実に広がった。永寿総合病院(東京都台東区)、新小文字病院(北九州市)等、数百の病床を持つ地域の病院でも医療者に陽性が出た他、複数の病院に勤務する医師や複数部署を回る研修医の感染も起きた。大きな病院であれば当然、勤める職員は多く、家族など濃厚接触者も増える。それなのに、そうした医療者の家族に向けられる〝差別〟はひどくなる一方である。
各地の保育園や学校では、医師や看護師の子どもが「コロナにかかっているかもしれない」といじめられたり、差別を受けたりするケースが増えた。小学校に通う子どもがいる40代の看護師は「どこにも怒りをぶつけられずストレスがたまるのは分かるが、はけ口にしないでほしい」と涙ながらに訴える。
海外では外出自粛中の近所の住民達が窓から顔を出し、勤務先に向かう医療者を拍手で送り出す動画が話題となったが、日本では家族に医療関係者がいる事を隠す人も少なくないという。
「日本看護協会は4月3日、会見を開き、医療現場で深刻な看護師不足に陥っていると危機感を露わにするとともに、患者が入院する医療機関で働く看護師の子どもが保育園入園を拒否された等の差別が報告されている事を明らかにした」(医療担当記者)。同様の事例は全国で報告されており、「家族からの要請もあり、病院に泊まり込み、自宅に帰らないようにしている」(50代の男性医師)と〝自主努力〟をする医療者も多い。
医療機関の間で患者の押し付け合い
さらに深刻なのは医療者間の差別だ。「感染症の知識がない一般の人が医療者を差別するのはまだ分かるが、同じ医療機関から新型コロナの患者を診ている医療機関を見捨てる動きが出ているのが悔しい」と話すのは関東地方のある大病院関係者だ。
この大病院では2月に新型コロナの患者を受け入れた。すると、この病院に医師を派遣していた大学病院が、医師を引き上げてしまったという。「表向きの理由は『(自分達の病院の)人手が足りない』という事だったが、額面通りには受け取れない」と関係者は憤る。
患者の受け入れを巡っても、医療機関による差異や患者の押し付け合いが明らかになっている。関東地方の医師は「新型コロナ対策のため、熱がある患者はあらかじめ電話をしてから受診するよう促されているが、発熱している患者を受け入れない医療機関がある」と明かす。
新型コロナの患者を受け入れたある診療所の関係者は「今でこそ軽症者は自宅や隔離施設に送れるようになったが、当初は全員が入院という対応だった。当然、診療所では入院が出来ないので、近隣の複数の大規模医療機関に打診したところ、どこも余裕がないと断ってきた」と振り返る。「一診療所では手に余る事から、自治体に調整をお願いした」(関係者)と言うが、日頃から顔を合わせる地域の医療機関同士であっても、こうした事態が起きているのだ。
「厳しい状況の中で戦う医療者を社会全体が応援していく姿勢がないと、感染者を受け入れる事が貧乏くじを引く事になってしまう」と医療担当記者は懸念する。日本では新型コロナの感染拡大が起きる前から、他国に比べて医療者の待遇が良くない。
群馬県知事がやり玉に挙げた「熱があっても診療を続けた医師」は、平時であれば〝通常運転〟だ。精神論で頑張ってきた医療者や家族を差別しないのはもちろん、危機的状況の中でこそ医療者に協力し、応援する国民の姿勢が大切になってくる。
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