Ⅰ.無給医の現状
「無給医」とは大学病院の若手医師のうち、実習や研究などの名目で診療にあたっていて、受け取るべき給与の全額または大半が支払われていない大学院生のことであり彼らの労働環境が大きな問題となっている。今回私は無給医の一人して一大学病院の一例を記載するが、このような現状が当てはまる大学も決して少なくなく、全国医師ユニオン、日本労働弁護団と組んで全国82大学の仲間たちと連携を取り合っており、無給医について真摯に取り組んで頂きたいと考えている。
当院では彼らの生計の中心は大学から紹介される週2-3コマのアルバイトであり、大学からは一般診療(病棟業務・外来業務・検査など)を通常業務として組み込まれて、忙しさに関係なく月あたり数万円程度しか提供されないのが現状であった。これについては三点の大きな問題点がある。
- 研究を本業とする大学院生が診療を強制されることで研究を妨げられている。
- 実労働に見合った給与が支払われないこと。
- 常勤に匹敵する労働をしても非常勤として扱われて、保険を中心とする福利厚生を得られないこと。
昨今ではこのような無給医の問題をマスメディアでも取り上げられた影響もあり、当院では診療に対して時給という形で給与を支払われるようになった。しかしながら給料の詳細を説明されず突然時給を安くされたり、常勤に匹敵する仕事をしても大学病院からの支払いは十数万円程度とアルバイトが生計の中心であることに変わらず、上記の無給医の定義を脱するには程遠い。また以前の月に無給、もしくは数万円程度しか支払われてこなかった無給医への診療対価の支払い、年間通して病棟の仕事をしない限り常勤になれないなど問題点は山積みである。
そんな中で今回COVID-19の流行に伴い、無給医問題がさらに浮彫りになってきている。窮地に立たされた時こそ組織の良し悪しがわかると言われるが、大学病院や国が取っている対応をⅡ章で述べる。
Ⅱ.コロナ対策への強制と無保証の現状
Ⅱ-1 「医師としての責務および使命感」へ依存した不適切な労働体制
COVID-19の流行は日本でも大きな問題となっており、つい最近では4月17日に全国で緊急事態宣言が発動される程になっている。
その影響を大学病院も大いに受けている。当院では当初感染症科・呼吸器内科・救急科などの専門科がCOVID-19の診療を対応していたが、患者数の増加に伴い業務が膨大になり、専門外の若手・中堅医師全体で病棟を中心にするようになった。その中に上記の無給医いわゆる大学院生も含まれており、その割合は対応医師の3分の1を占めるほどに及ぶ。
前述の通り大学院生は本来自身が行いたい研究を進めることが本業であるが、この現状は極論その本業を大いに妨げられる上に感染のリスクが伴う診療を強要されるものだ。通常の社会では契約違反という抗議が出たり、場合によってはストライキが起きてもおかしくない。
しかしながら我々の大学では誰一人として診療すること自体に文句を言わず、病院から方針を提案されて1週間後には診療が開始されている。何故だろうか?大学院生も医師であることに変わらず、一人一人がこの緊急事態を理解しているからと考える。無給医達の責務と使命感のおかげで今回の医療が成り立っていると言っても過言ではない。
このような不適切な労働体制を続けている大学病院の現実を、日本全国民、そして医療を担うリーダーである先生方に重く受け止めて頂きたい。
Ⅱ-2 不十分な保証
自身の研究を犠牲に、感染のリスクを覚悟し一方的に強いられた上で、COVID-19の最前線で戦う無給医の多くから不安の声が聞かれるのも事実である。具体的にはCOVID-19診療期間中の労働環境や給料、診療期間後のフォローや万一感染した時のマネジメントなどである。今後変更される可能性があるが、現時点では以下の通りとなっている。
- 診療期間中はCOVID-19診療のみの対応で基本的に帰宅は許されず近くのホテルに病院の費用であるものの宿泊を強いられている。
- 普段行っているアルバイトは中止。その間は本来支払われるバイト代の一部を病院側が支払う。
- COVID-19診療による危険手当て等の上乗せはなく、労災もないところも多い。
上記のような診療体制になっているが、不安の声は診療期間後に対して多い。現時点の診療期間終了後のフォローは適切な感染対策をしていれば、感染していないものとしてPCRやwash outのための自宅待機は行わずに、通常診療に就いて良いこととなっている。根拠としてはクルーズ船に対応した医療スタッフから感染例が出ていないこと、一部しか調べられていないものの感染対策を行った医療スタッフから感染例が生じていないことに基づく。しかしながら感染しない根拠が不十分で、物資も不足する中、医療者の感染は患者に移す可能性など責任が大きいため全例PCRなど慎重な対応を望む声も聞かれる。また、万一感染した場合は労災にあたるが、ない大学もあり、ある場合であってもほぼない数万円という給料の6-8割が支給される程度である。しかしながら上記の通り無給医からの6-8割で本当に足りるのか、外でアルバイトできない分の収入は診療期間中と同様に保証されるのかという声も挙がっている。
今回のCOVID-19の流行はいわゆる災害であり、通常であれば災害保険の適応であるが、上記の対応が「災害保険」に値するものであろうか。緊急の状態で診療を開始せざるを得ない状況であることは理解できるし、現在の状況が厳しいことから大学サイドと無給医サイドで完全に納得し合える結論を得るのは困難と思われる。しかしながらこの状況での保証の話は非常に大切であり、これからでもお互いの妥協点を見つけたいものである。
Ⅱ-3 大学院生としての生活はおろか、日常生活も送れなくなる危機
COVID-19流行や緊急事態宣言により、物流の停止や実験室の利用制限のため、研究の中断を余儀なくされる大学院生も少なくない。彼らの中からは研究が進まないことはやむを得ないにせよ、研究できる環境が整えられていない観点から、学費の一部の返済を要求する声も挙がっている。
それ以上に無給医たちの一番の不安は大学から紹介されるアルバイトを、緊急事態宣言のため先方の多くから中止を求められていることである。前述の通り無給医にとってアルバイトが生計の中心であり死活問題である。実際に全て断られると、その無給医の給料は大学からしかなくなり困窮してしまう。私の見解としては大学から紹介されたアルバイトに関しては大学が責任を持つべきと考えているが、現時点では大学内でCOVID-19業務を行うごく一時の保証しか言及されていない。具体的にはまず大学サイドから中止を求める先方に無給医への保証の状況を確認する必要がある。実際に先方からの保証が困難なら、アルバイトから本来支払われるべき給料の一部(6-8割程度)を大学が担保するか、変わりのアルバイトを無給医に提供する義務が生じると考える。
それ以上に大学単独で大学院生を守れる社会環境の整備が望まれる。今後「無給医」という言葉がなくなることを切に願う。
文:日本無給医の会
活動後援団体:全国医師ユニオン、日本労働弁護団
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