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未来の会

医師という職業を今一度考えてみる

医師という職業を今一度考えてみる

私事で恐縮だが、今年、還暦を迎える。

 当たり前だが、同級生も早生まれでなければ同じだ。大学は受験浪人を経て入った人、他の大学を出て再入学した人など様々なので、ややバラつきがある。それでも、ここ数年前後で多くが還暦の境界線を越える。

 医師の場合、ありがたいことに何歳になっても働くことができるので、「還暦=退職」という人は少ない。もちろん公的な職に就いている人は定年退職の年齢も決まっているだろうが、それでも民間診療所など働き口はいくらでもある。

医師人生を振り返り新しい事に挑戦

 とはいえ、還暦は1つの節目。周りを見ると、自分の医師人生を振り返り、もう一度新しい事にチャレンジしようという人もいる。

 あるいは50歳前後で“進路変更”を果たし、還暦以降はさらに発展させたいと意気込む人もいる。その中身は、クリニックや医院の開業、医療ビジネスへの参入、教育職への従事など様々だ。

 私の医学部時代の同級生には、50歳を目前に大きく自分のキャリアをチェンジした人がいる。彼はある基礎分野の第一人者として活躍していたが、「もう少し、直接人の役に立ちたい」と考えて、一念発起して内科を学び直し、今は医療過疎で悩む地域のかかりつけ医として忙しい毎日を送っている。昨年、東京で彼と再会する機会があった。

 関東地方出身なのに「やっぱり東京は空気が汚いな」などと話す彼は、アウトドアルックに身を包み、すっかりたくましくなった印象だ。

 もともと地域医療に関心がある私は興味津々で、「臨床から完全に離れていたのに、どうやって第一線にカムバックできたのか」といろいろ質問した。

 「気管挿管は? 縫合は? 消化管内視鏡は? 腹部超音波は?」など具体的な検査や手技について尋ねると、途中までは一つ一つに「それはここで覚えた」「それはまだできない」などと答えてくれたが、ついにある時点で彼は笑顔でこう言ったのだ。

 「一つ一つ考えるとキリがないよ。それ全部覚えてから地域に出よう、なんて思っていたら間に合わないし。僕なんかいまだに教科書を横に置いて、それで調べながらの診察って感じだよ。でも、やり始めたら、あとはなんとかなるものだよ」

 私はその言葉を聞いて、自分が少々恥ずかしくなった。精神科臨床を長く続けてきた私だが、「いつかは地域の人達の健康を全般的に診られる医者になりたい」と一念発起して総合診療科で週に1回、いわゆる“修行”をさせてもらっていることは、以前このコラムにも書いた通りだ。

 いまだにそれは続けており、初診の患者さんの問診や身体診察をひと通り終えた後、「それでは上級医と相談してきますのでお待ちください」と席を立ち、患者さんにギョッとした顔をされることもしばしばだ。

 教授とほぼ同じ年齢のシニア女性医師が出てきて診察をした後、「上級医に聞いてきます」などと言ったら、それは患者さんとしては「え? じゃあこの人は新米なの? もうかなりのトシなのに……」と混乱するだろう。

 しかし、当然のことながら、総合診療科の世界も奥が深い。直観に頼り過ぎずロジカルな思考を手順を踏んで行う「診断推論」という考え方に夢中になり、そこから派生してベイズ理論など新しい統計学なども学んでいるうち、あっという間に時間がたった。

「何のためにこれを始めたのか」

 医療統計学の教科書を読みながら時々、「あれ? 私って何のために総合診療科に片足を突っ込んだんだっけ? 統計を学ぶため? ……違う気がする」と疑問も抱くが、深くは考えずにとりあえず勉強を続けている。

 そのような状況で再会した同級生の「やればなんとかなる」という言葉は、私を強く揺さぶった。「何のためにこれを始めたのか」ということは、いつも忘れてはいけないのだ。

 とはいえ、私はいまだに「よし。初心を忘れず、そろそろ医療過疎で悩む地域に移住して活動を始めよう」という踏ん切りをつけることができない。

 「今、教員をしている大学には修士論文の指導をしている院生も複数抱えているし、彼らが論文を出し終えなければ退職もできないな」などと自分の中で言い訳を探しながら、こうしてまた新しい年を迎えているのだ。

 読者の方々は2020年をどんな年にしたいと思っているだろうか。「これまでと同様、経営しているクリニックで患者さんのために頑張る」という人もいれば、私のように節目の年齢を迎え、「さて、これからの人生、医療従事者としてどう過ごそうか」と立ち止まって腕組みをしている人もいるだろう。

 昨年、厚労省は全国の公的医療機関のうち424カ所について、赤字が多いなどの理由で2年以内に統廃合も含めた再編を検討するように、という通達を出した。

 その中には都市から離れた郡部で唯一の医療機関も含まれており、利用者である患者さん達からは「なくさないでほしい」という声も多く上がっている。とはいえ、いつまでも赤字が増え続け、地方財政を圧迫するのは大きな問題だ。

 また、間もなく団塊の世代が後期高齢者を迎え、医療費がさらに増大することも憂慮されている。高度な医療や先進的な医療は次々に開発されているとはいえ、我が国の医療を巡る状況は、決して明るいとはいえない。

 その中で、医療従事者は、他の職種とはかなり異なる意義や責任を背負わされていることを、誰もが今一度、考え直してみるべきだ。

 「医師免許」というこの貴重な資格を、自分は誰のために使うのか。これをどう生かせば、自分や家族のため、地域の住民のため、そして日本や世界の人々の健康増進と幸福のために最もよく使うことができるか。 

  還暦という節目を迎える私は、特にしっかりと自分の職業の意味と今後を考えてみたいと思っている。¥

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