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製薬・電機業界中心に増える「黒字リストラ」

製薬・電機業界中心に増える「黒字リストラ」
五輪後の景気後退への備え、組織の構造改革が背景に

業績が比較的好調にもかかわらず、早期・希望退職を実施する企業が増えている。東京商工リサーチによると、2019年は35社で、対象が計1万1351人に上った。製薬や電機業界を中心に、6年ぶりに1万人を超えた。いわゆる「黒字リストラ」が増えているのが特徴だ。東京五輪後の景気後退へ備える動きの他、採用が多かったバブル世代の歪みの是正等、組織の構造改革が背景にある。

 東京商工リサーチによると、企業数も人数も12社・4126人だった18年の約3倍近くで、02年のITバブル崩壊後(200社・3万9732人)やリーマンショック後の09年(191社・2万2950人)には及ばないものの、人数では電機大手が経営危機に瀕した13年(54社・1万782人)を超えた。

 早期・希望退職の対象者は、1988〜92年に就職したバブル世代を含む40代後半から50代が中心。業種別では、電気機器が計11社でトップ。富士通はグループ会社を含めて45歳以上で支援部門所属等の正社員2850人を募集し、ルネサスエレクトロニクスは1500人、東芝も子会社で年2回実施し、1410人を募った。経営難が取り沙汰されるジャパンディスプレイも40歳以上の社員を対象に1200人を募集した。

 製薬業界も目立った。アステラス製薬は約700人で、鳥居薬品は勤続2年以上の社員を対象に281人、中外製薬も45歳以上の正社員172人を募集した。薬価改定でマイナスが続く状況が影響した他、国外メーカーのライセンス販売終了等が取り巻く環境が厳しい事が響いた。

 この他、コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングスは45歳以上で勤続1年以上の正社員との条↖件で950人、カシオ計算機は45歳以上の一般社員及び50歳以上の管理職156人を募集した。

市場見据えた先行型の早期・希望退職

 こうした企業のうち、アステラス製薬や中外製薬などは業績が好調にもかかわらず、早期・希望退職の実施に踏み切った。黒字リストラは20年以降も増えるとみられ、判明しているだけでも味の素やダイドーグループホールディングス、ファミリーマートといった業績が堅調な大手も含まれる。市場関係者は「将来の市場環境を見据えた先行型の早期・希望退職の実施は今後も増えるだろう」とみる。

 背景にはあるのは、景気減速への懸念と少子高齢社会の急激な進展だ。日本総研が昨年1〜2月に約1000社から回答を得た調査によれば、「若手や中堅社員が不足し、中高年が余っている」と答えた企業は半数近くに上った。人工知能(AI)のようなデジタル技術の進展を受け、高度技術を持つ若手・中堅の人材を取り込んだ人材配置を急ぎたいのが企業側の本音だ。ただ、バブル期に大量採用した世代は50代になり、年功序列型の賃金体系を採用する日本では給与が高く、解雇もしにくい。

 特に、企業側の事情による「整理解雇」には高いハードルがある。整理解雇には解雇を回避する努力義務に加え、解雇する労働者の人選の妥当性等という要件がある。客観的・合理的理由なく社会通念上相当と認められなければ、解雇権の乱用で無効とみなされる。財界関係者は「賃下げは労使交渉で難しく、解雇でしか雇用を調整出来ないが、その手続きは日本では相当厳しい事が影響しているのだろう」とみる。

 こうした事情が影響しており、ある大手メーカーの担当者は「社員の年齢構成は逆三角形で均等化が課題。業績が良い時だからこそ退職金の割り増しなど十分な手当が出来る」と話す。早期・希望退職を実施する企業の多くは、退職金を割り増ししており、原資を捻出するため企業体力があるうちに踏み切りたいという狙いがある。

 さらに、組織の構造改革を実施し、高度技術を持つ若手を好待遇で採用する企業もある。NECは新入社員でも能力に応じて1000万円の年収で雇う制度を導入した。

政府の雇用政策も企業を後押し

 高齢者でも雇用を促す政府の制度の影響もあるとみられる。この通常国会に政府は、希望する人は定年延長や継続雇用、企業支援等で70歳まで働けるよう企業に努力義務を課す法案を提出する。少子高齢社会の進展による人手不足を見据え、高齢者でも働きたい人が働ける環境整備を進めている。政府関係者は「70歳までの長期雇用を見据え、企業側は人材を早めに選別する意図があるのではないか」とみる。

 ただ、ある人材コンサルタントは「早期・希望退職で会社側が辞めてほしい人は辞めず、能力が高い人は転職市場でも評価が高いため、能力がある人が辞めてしまうケースが多い」とも指摘し、企業側の狙い通りに進まない場合もある。

 景気失速への懸念もある。昨年12月に日銀が公表した全国企業短期経済観測調査では、企業の景況感を示す業績判断指数が4四半期連続で悪化し、消費増税や米中貿易戦争が景況感を押し下げている。さらに新型コロナウイルスの蔓延による経済活動の停滞もあり、世界的に景気動向は不透明な状況に陥っている。アナリストの一人は「企業は第4次産業革命の対応に向け、生き残りをかけている。00年代は追い込まれてリストラしていたが、今は攻めのリストラともいえる」と指摘する。

 企業によっては早期退職を募集し、すぐに締め切るケースもある。ただ、その後の転職に成功するのは一部といえる。特に、専門領域を持ち、マネージメント経験がある人は強い。エンジニアとしてインフラ業界で働く部長職の50代男性は社内の早期退職制度に応募する予定だという。関連会社に出向する可能性が高いためで、「この会社でやりたい事はやったので、新しい業界に挑戦したい」と話す。これまでプロジェクトをまとめてきた手腕が評価され、大手企業やベンチャー企業から誘いが舞い込んでいる。ただ、2000万円近くあった年収は半減する。こうしたケースは成功例といえ、事務職等では退職したものの再就職先が見つからないという人も多い。

 中には退職を勧奨している企業がある。配置転換と早期退職の二者択一を迫られて泣き寝入りするケースの他、圧迫した社内面談を何度も繰り返され、退職を余儀なくされる例もあるという。「上司に『会社に残ってもあなたのポストはありませんよ』と言われた」と憤る40代後半の会社員もいた。

 今後も、年功序列や終身雇用といった日本型の雇用慣行が見直されていく状況下で、早期・希望退職を実施する企業は増えていくとみられる。デジタル化等、事業構造の変化を機会に雇用の流動性が徐々に高まりつつある。東京五輪後を契機に景気変動とともに、社会情勢の見通しがつきにくくなっていくのは確かだろう。

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