話題を集めたものの、行政のポスターとしては失敗
「まてまてまて 俺の人生ここで終わり? 大事なこと何にも伝えてなかったわ」。そんな「語り」で始まる厚生労働省が作成したポスターが、「不謹慎だ」と炎上する騒ぎとなった。患者や遺族を傷つける内容だと患者団体が反発したことから、厚労省は全国自治体へのポスターの発送を見合わせるとともに、ホームページに載せる予定だったPR動画の公開を中止した。このポスターの何が問題だったのか。
タレントの笑いに頼ったポスター
炎上したのは、厚労省医政局が普及を進めている「人生会議」のポスターだ。現在は厚労省のHPで見られないため、文言をそのまま書き写してみよう。
「まてまてまて 俺の人生ここで終わり? 大事なこと何にも伝えてなかったわ それとおとん、俺が意識ないと思って 隣のベッドの人にずっと喋りかけてたけど 全然笑ってないやん 声は聞こえてるねん。 はっず! 病院で おとんの すべった話 聞くなら 家で嫁と 子どもと ゆっくりしときたかったわ ほんまええ加減にしいや あーあ、もっと早く 言うといたら良かった! こうなる前に、みんな 『人生会議』しとこ」
吉本興業に所属するお笑いタレント、小籔千豊さんが酸素チューブを付けてベッドに横たわる写真の上に前出の文言が書かれ、さらに「命の危機が迫った時、想いは正しく伝わらない」というメッセージが書かれている。
「厚労省は命の危機が迫る病気や怪我をした時のために、患者が望む医療やケアについて前もって考え、家族や医療、ケアチームと話し合い、共有する『アドバンス・ケア・プランニング(ACP)』に『人生会議』という愛称を付け、普及を図っている。小籔さんはこの愛称を選ぶ選定委員の1人で、そうした経緯からポスターに起用された」(厚労省担当記者)。
厚労省が「人生会議」の普及を図る取り組みを始めたのは最近の話ではない。「人生の最終段階、いわゆる終末期医療の在り方について、厚労省は以前から意識調査や検討会、モデル事業を実施する等して検討を続けてきた。2018年には終末期医療の決定の仕方についてガイドラインを策定。事前に本人が家族、医療・ケア担当者と話し合っておくことが大切として、この話し合いを普及させる取り組みを始めた」と担当記者は解説する。
厚労省によると、大きな病気や怪我をすると、約7割の人が医療やケアについて患者自身が決めたり意思を伝えたりすることが出来なくなるという。そのためにも事前の話し合い、ACPが大切というわけだ。
ただ、ACPのままでは一般に馴染みが薄く、広がりにくい。そのため厚労省は愛称を公募。18年11月30日の「いい看取り・看取られの日」に、「人生会議」という愛称が発表された。同日開かれた発表会で選定委員の小籔さんは「母親は50代で亡くなったが、その時に、『こんなに身近にいる人ともう2度と話せなくなるのか』とやるせない気持ちになった。正月やお盆など、1年の節目で人生会議ができたら良い」などとコメントしていた。
厚労省は19年の「いい看取り・看取られの日」に合わせ、11月25日に小籔さんを起用した人生会議のPRポスターを公開。週内にPR動画を厚労省のホームページに公開するとしていた。だが、1万4000部作成したポスターを全国の自治体に発送しようとした矢先に騒動が起きた。
「卵巣がん体験者の会『スマイリー』やスキルス胃がんの患者や家族を支援する『希望の会』が厚労省に要望書を出した。患者や家族の気持ちへの配慮がみられないという理由だった」(同)。スマイリーが送った要望書は、「治療に苦慮する患者さんや残された時間がそう長くないと感じている患者さんの気持ちを考えましたか?」「もっと患者と話をすれば良かったと深い悲しみにあるご遺族のお気持ちを考えましたか?」等と、患者や家族の立場から厚労省に再考を求める内容となっていた。
「厚労省のリリースによると、ポスターは都道府県や市区町村に掲出される予定で、患者が医療機関で目にする機会は少ないと考えられる。ただ、スマイリー代表の片木美穂さんは厚労省検討会に委員として出席するなど発信力があり、厚労省としてもネット上の匿名の声と同等には扱えない。すぐにポスター発送を取りやめ、動画の公開もやめた」(同)。
ところが、このことが報じられると、ネット上では賛否の声が入り交じる〝大炎上〟が起きた。主な賛否の声をまとめてみた。
【否】①なぜお笑いタレントを起用したのか、ふざけた顔の写真で不快だ②なぜこの文言なのか。ACP本来の意味が伝わらない③吉本興業の優遇だ④税金の無駄だ。
【賛】①心に響く良いポスターだ②「死」「病」をタブー視してはならない③議論を呼ぶことが普及啓発という目的に叶い大成功④表現の自由がクレームに屈する前例を作ってはいけない。
抗議した患者側に対しても批判の声
問題は国会でも取り上げられ、厚労省が吉本興業に動画分も含め4070万円を支払う契約だったことも判明。ただ、騒ぎが大きくなるにつれ、抗議の声は厚労省だけでなく、厚労省に抗議した患者の側にも向かった。その結果、スマイリーの片木氏は「視野の狭さと自身の未熟さでうまくそれを説明しきれず、とても偏った要望になってしまい、結果、人生会議をぶっ潰すようなよくない結果になりそうな状況にしてしまったこと深く反省しております」とサイトで謝罪に追い込まれた。「スマイリーなんていらない、片木はもう活動するなという声もたくさんいただいております。今後の身の振り方については改めて考えていきたいと思っています」とするサイトの文章からは、片木氏が抗議の声にいかに心を乱されたかが伺える。
果たして厚労省の今回のポスターは失敗だったのか。ある広告クリエイターは「話題を集める意味では成功だが、行政のポスターとしては失敗」と評する。最近では2次元の萌えキャラを起用した日本赤十字社の献血ポスターが炎上する騒ぎもあったが、「行政のポスターの表現には、一般のポスターより高い品位が求められる。制作費は税金であり、起用タレントや表現に気を遣うのは当然だ」とクリエイターは話す。「タレントの笑いに頼らずとも訴求力の高い広告は作れる。一方で、表現が気に入らない、傷ついた、という理由で表現を萎縮させる動きも良くない」と同クリエイター。
昔は意識していないと目に入ってこなかった行政のポスターも、ネットで多くの人の目に触れる時代。啓発しやすくなった一方で、「目にしない自由」が脅かされているのも事実だ。発送中止になったポスターの文言は「命の危機が迫った時、想いは正しく伝わらない。」だが、まさに「想いが正しく伝わらなかった」厚労省。表現の自由は大事だが、行政の発信はやはり「ほどほど」にとどめておくのが正解ということか。
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