民間も再編・統合対象になれば日医執行部批判を惹起
団塊の世代が全員75歳以上となり医療や介護のニーズが大幅に増える2025年を見据え、効率的な医療提供体制を定める「地域医療構想」を巡り、厚生労働省が「再編・統合の議論が必要」として9月26日に公表した424の公立・公的病院のリストが大きな波紋を呼んでいる。「名指しされた病院がなくなる」と全国で不安の声が高まり、その批判の矛先はリストを了承した厚労省のワーキンググループ(WG)に参加する日本医師会(日医)にも向かう。事態は民間病院データの公表にまで発展し、来年の会長選で5選も取り沙汰される横倉義武会長の盤石な地位を揺るがしかねない状況となっている。
「医師不足で苦労しているのに病院名が出て、医師の確保がさらに難しくなった」「現場と厚労省の考えにギャップがあるのではないか」
「424リスト」について、10月17日に福岡市内で開かれた厚労省と自治体や病院関係者らの初の意見交換会は反発の声が相次いだ。東京から出席した橋本岳・副大臣は「ご心配をお掛けしたことを反省したい。医療機関に何かを強制するものではない」と釈明に追われたが、リストの撤回を求める意見が出るなど会場は終始荒れ模様だった。
意見交換会は、10月4日の全国知事会など地方3団体と総務、厚労両省の「協議の場」で、地方側から強い不満が寄せられたため、急遽実施することが決定。厚労省は10月30日までに全国7会場で意見交換会を開催したものの、初回の福岡から最後の岡山まで批判は鳴り止まず、〝ガス抜き〟のもくろみは水泡に帰した格好となった。
厚労省としては「気をつけて会議の資料などでは『再編・統合』という文言を用いていたが、メディアを通じて『統廃合』になった」(吉田学・医政局長)とのスタンスで、必ずしもリストアップされた公立・公的病院の廃止を求めているわけではないと強調。マスコミに責任転嫁している状況だが、意見交換会の資料には、地方の医療関係者らが地域医療構想を具体的に協議する調整会議に対し、424の公立・公的病院について「原則、具体的対応方針を変更することを前提に、具体的対応方針の再検証を要請する」との文言が明記されており、現状追認を許さない姿勢を明確にしている。「424リスト」はあくまでも地域医療構想調整会議の議論を促すものではあるが、説明責任が果たせないようなケースについては〝強権発動〟も辞さないことをにおわせている。
こうした一連の議論の流れで急浮上してきたのが民間病院のデータ公表だ。再編・統合の検討対象とされた公立・公的病院側からすると、病床過剰の責任を一方的に負わされるのは腑に落ちないというのが本音。「こんなにたくさんリストアップされるとは思っていなかった」(全国知事会関係者)と寝耳に水だった地方側としては、関係者の怒りを沈めるためにも追加データ公表で民間病院の過剰病床をあぶり出し、民間側に“連帯責任”を求めたい考えだ。
“対岸の火事”から火消し役に回る日医
これに慌てたのが日医だ。地域の開業医が強い影響力を持つ日医にとって公立・公的病院の問題は基本的に〝対岸の火事〟であり、「424リスト」の公開直後はそこまで対応に本腰は入っていなかったが、民間病院まで再編・統合対象の可能性が出てくるとなると話は別。地域の民間病院の経営者は地方医師会の有力者であることも少なくなく、日医執行部への風当たりが強まることも予想されるからだ。
横倉義武会長は10月2日の記者会見で「病院リスト公表の結果、大きな混乱が生じている地域もあり、大変な危惧を抱いている」と危機感を表明。リストを了承したWGの委員でもある中川俊男・副会長も「今回の再検証は具体的対応方針を変更することを前提に要請をしたものではない」と指摘した上で、民間病院データの公表に関し「地域医療構想調整会議での議論で必要になった時に会議へ提出するという意味だ。これは厚労省の地域医療計画課とも確認済み」とくぎを刺した。
ただ、厚労省は民間データ公表にどんどんと舵を切っていく。加藤勝信・厚労相は記者会見で「地域医療構想を考えるためには、公立・公的病院だけで済む話ではないので、民間の状況もどうなっているのか、どういうデータの出し方があるのか、適切な形で対応していきたい」と明言。加藤氏は地域医療構想のベースとなる社会保障・税一体改革の立案者の1人で地域医療構想の実現に思い入れがあり、「民間データがないと議論が進まないのだから公表は当然」との方針で省内に指示を出しているという。
日医内では「民間データ公表に消極的な厚労省に対し、菅義偉・官房長官が公表を強く要求した」「薬価制度改革の時のように、全く関心がなかった菅官房長官をそそのかした人間がいるのではないか」との疑心暗鬼も広がった。
日医は、WGの中で中川副会長が「同じ構想地域内で公立・公的病院と民間病院が競合していると判断された場合、公立・公的側が引くべきだ」と繰り返し主張。公立・公的病院には自治体の一般会計から繰入金が投入されていたり、税制上の優遇措置があることなどを根拠としている。日医としては地方医師会が地域医療構想調整会議の主導権を握り、民間病院への影響を極力抑えながら構想を取りまとめたいところだ。
病床削減積極的な民間病院に財政支援
その一方で民間データ公表が既定路線となる中、日医は10月30日の記者会見で、中川副会長が「「一般に公開する必然性がない。データを公表するとマスコミがランキングを作る。風評被害は計り知れない」と改めて牽制。公開するにしても地域医療構想調整会議のコアメンバーに限定すべきだと訴えた。横倉会長も「民間病院は自らの経営責任の下でオウンリスクで経営しており、憲法で定められた財産権もある」と慎重な対応を求めた。
政府としては、地域医療構想の遅れは財政健全化計画の遅れに繋がりかねず、地域医療構想の推進は一歩も引かない構え。安倍晋三首相は10月28日の経済財政諮問会議で「地域住民の医療・介護サービスへのニーズを的確に反映し、持続可能で安心できる地域医療・介護体制を構築していくためには、地域医療構想を実現していくことが不可欠だ」と述べ、地域医療構想を着実に進めていく方針を強調した。
民間議員は官民合わせて13万床の過剰病床の削減を提言。病床削減に積極的な民間病院に対しては、今後3年程度を集中再編期間と位置付け、大胆に財政支援すべきだと訴えた。
経済財政諮問会議から3日後の10月31日夜、横倉会長は日本製薬工業協会の中山譲治会長(第一三共会長)らと首相公邸を訪れ、安倍首相と約2時間半にわたり会食した。表向きは「横倉会長の前世界医師会長としての任期が終わったことへの慰労」とされているが、何らかの手打ちが行われている疑念は消えない。
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