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未来の会

「医師の働き方改革」を診療報酬で支える是非

「医師の働き方改革」を診療報酬で支える是非
加算を誰にどこまで認めるかに収れんする見通し

医師の働き方改革をどこまで診療報酬で支えるか——。こうした論点が2020年度診療報酬改定の焦点の1つに浮上している。

 24年4月から勤務医の残業規制が厳しくなるのを踏まえ、厚生労働省は働き方改革を進める医療機関の入院基本料に加算する案などを示している。人員増を迫られる診療側も「待ったなし」との姿勢だ。

 しかし、支払い側は働き方改革の重要性は認めつつも、スタートまでに4年あるとして、早急な見直しには強く反発している。

 「現時点では違和感がある。(医師の働き方改革など)三位一体改革の進捗を踏まえて検証していくべきだ」

 10月21日の社会保障審議会医療部会。河本滋史・健康保険組合連合会常務理事は、次期診療報酬改定で医師の働き方改革を評価するとした厚労省素案に真っ向から異を唱えた。働き方改革の進み具合も分からず、検証もなされていない段階で加算を先付けするのはおかしい、という主張だった。

 この日、厚労省の山下護・医療介護連携政策課長は次期診療報酬の基本方針の4つの視点として、地域包括システムの推進や医療の効率化などとともに、「医療従事者の負担を軽減し、医師などの働き方改革を推進する」を挙げた。

 そして、働き方改革の推進を重要課題と位置付け、具体案として①医師の一部業務を看護師らに移す「タスク・シフティング(業務移管)」やチーム医療の推進など、医療従事者の負担軽減に繋げる労務管理②地域医療を確保するために必要な救急医療体制の整備③ICT(情報通信技術)活用による業務効率化——などを診療報酬上で評価することを検討するよう求めた。

 病院勤務医のオーバーワークは、過労死の続発も相まって問題視されてきた。16年の厚労省調査によると、月160時間(年間1920時間)以上の残業をしている勤務医が1割程度(約2万人)いるという。

 「月80時間」の残業は、過労死による労災認定の目安の時間だが、東京都内の中堅外科医は「月200時間を超すことだって珍しくない」と漏らす。

残業上限「年2000時間」求めた日医

 こうした状況を踏まえ、一般の労働者に遅れること5年、勤務医には24年4月から新たな時間外労働規制が適用されることが決まった。原則は、全ての勤務医の時間外労働について、一般労働者と同じ「年間960時間以下」を目指すというものだ。

 一方で、年間に救急車を1000台以上受け入れるなど地域医療の確保に欠かせない医療機関の医師や、集中的に経験を積む必要がある研修医などは「年間1860時間以下」に緩和されている。ただし、都道府県からこの例外対象の医療機関に指定されるには、医師労働時間短縮計画を策定した上で、960時間超の残業が不可欠と評価されなければならない。

 労働時間規制の強化に最後まで慎重論を唱えたのは、水面下で残業の上限を「年2000時間」とするよう求めていた日本医師会(日医)など、当の医療側だった。日医の活動主体は病院経営者や開業医だ。「年間960時間超の残業」がある医療機関は、医師労働時間短縮計画を作ることが義務付けられる。勤務医1人当たりの労働時間を短縮するなら、穴の開く分をカバーする人員確保が必要となる。

 医療の質を落とさず働き方改革を進めるには、医師や看護師の増員、タスク・シフティングを推進する必要があり、それにはコストがかかる——。そう主張する医療側は「多くの専門職が働く医療機関のマネジメントは極めて難しい」(今村聡・日医副会長)、「シビアな労務管理が必要になる」(島弘志・日本病院会副会長)などとして、医師の働き方改革を進める際の診療報酬上乗せを強く求めている。

 厚労省の森光敬子・保険局医療課長は、10月18日の中央社会保険医療協議会(中医協)でこうした医療側の要望に沿う形の論点を示した。「入院基本料等で評価を検討」というものだ。医師の勤務環境改善を進める医療機関への基本料加算などを想定しているものとみられる。

 厚労省は「脱・病院」政策を進める中で、「勤務医とかかりつけ医の役割分担」の推進に躍起で、「患者の意識改革」も進めようとしている。だが、まだどちらも大きくは前進していない。

 看護師へのタスク・シフティングといっても、人手不足は医師だけではない。同省が9月末にまとめた推計によると、25年には都市部を中心に6万〜27万人程度の看護師、准看護師らが足りなくなるとした。看護師不足はひと際深刻だ。

 厚労省幹部は「手厚い体制を敷く病院への加算や、医療クラーク加算(医師の負担軽減のため事務作業補助員を雇う医療機関への加算)など、既にある制度の整理は必要」とした上で、「一定程度元手のかかる話であり、メリハリは付けなければならないが、前向きな医療機関を評価する方向でいいのではないか」と話す。

 また、都内の病院関係者は「医師の過労による医療ミスを防ぐ観点からも加算は必要だ。コストを自前で負担できる医療機関とそうでないところとの格差が広がるのは望ましくない」と言う。

 支払い側、診療側とも「医師の働き方改革を進める必要性」については意見が一致している。結局、「加算を誰にどこまで認めるか」という議論に収れんされる見通しだ。

「民間企業に経済的補塡はない」

 ただ、政府が進める働き方改革は働く人全てを対象としている。いかに「忙しい医師は特別」とはいえ、働き方改革に関して診療報酬に加算を設ければ、その分国民や事業主の負担増に直結する。

 5月29日の中医協で幸野庄司・健保連理事は、「(加算を)誰が負担するのか考えていただきたい。全ての企業で働き方改革が行われており、経営トップがマネジメント改革をするところから始まる」と訴え、反対姿勢を鮮明にした。

 さらに10月21日の社会保障審議会医療部会では、「民間企業に経済的補塡はない。医療機関にだけ補てんすることの必要性を明確に示さなければ国民の理解は得られない」(松原由美・早稲田大学人間科学学術院准教授)との指摘もなされた。

 島崎謙治・政策研究大学院大学教授(社会保障政策)は新たな加算について、「(働き方改革を進める)政策的誘導目的なのか、医療現場のコスト増補塡のためなのか、十分に議論をしておく必要がある」とクギを刺している。

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