
民主政治の根本である公職選挙で品性を欠く行為が横行している。態様は様々だ。当選すれば何をやっても良いという選挙至上主義も有れば、選挙を営利目的にした商行為紛い、或いは自己の存在をアピールしたいだけの利己主義も見受けられる。個人がメディアを保有し、自在に情報発信が出来るSNS(ネット交流サービス)の進展が自己中心的な言動の主要因と見られる。昨今の米国、ロシア等大国のリーダー達の品の無い振る舞いが、行動規範に及ぼす影響も無視出来ないだろう。
当初予算案や自民党派閥の裏金問題、「年収103万円の壁」の撤廃等の案件に隠れて、余り目立↘たないものの、政治の根本に関わる問題が今国会で審議されている。今回は、与野党が一致して法案を提出した公職選挙法改正案に焦点を当てる。
選挙ポスターに品位保持等を求める公職選挙法改正案は、2月下旬に衆院政治改革特別委員会で趣旨説明が行われ、審議入りした。改正案は他候補の当選を目的に立候補する「2馬力」選挙や、SNS上の偽・誤情報対策についても、今後検討を進める方針を付則に明記している。与野党の合意の下、今国会で成立し、6月の東京都議選や夏の参院選に適用される見通しだ。
公選法は度々改正されて来た。改正自体は別段、珍しい事ではないが、今回は有権者が〝眉をひそ↘める事件〟の多発を受けての事であり、特異と言って良いだろう。
事件を振り返ってみる。先ずは昨年4月の衆院東京15区補欠選挙である。政治団体「つばさの党」の候補者が他候補の演説を妨害する様子をYoutubeに投稿したのである。一種のネガティブキャンペーンではあるが、有権者の聞く権利を脅かす行為であり、発生直後から永田町周辺で取り締まりの必要性が叫ばれた。
警視庁は迅速だった。同党幹部ら3人が他陣営の選挙活動を妨害した等として、公職選挙法違反(選挙の自由妨害)で逮捕された。事はそれで終わりかと見えたが、逮捕された幹部が警察署に勾留され↖たまま、東京都知事選に立候補するという珍事に発展する。昨年秋の初公判で幹部等は「極めて政治的に意味の有る適法な行為だ。憲法で保障される表現の自由、政治活動の自由に基づき私達は無罪だ」と主張。昨年末、東京地裁は幹部等の保釈を認める決定を出した。保釈保証金は何れも1000万円。東京地検は決定を不服として抗告を申し立てたが棄却された。幹部らは昨年5月の逮捕後に保釈が認められず勾留が続いたのは憲法違反だとして、国に賠償を求めて提訴している。
〝妨害〟と〝質問〟の線引き?

「つばさの党」の言い分は、「妨害ではなく、質問する事で投票行動の材料を提供する事が目的」というものだ。只、他候補が演説している眼前で太鼓を打ち鳴らし、拡声器で大声を出すのが質問だとは到底思えない。候補者を車で追い掛け回すのも、ストーカー行為すれすれである。民主主義はその発展過程から、「野次」に寛大な側面が有る。言論活性化の一助と見做すからだが、「つばさの党」の幹部等の行為は寧ろ言論妨害に近い。品性の欠片も感じられない。とは言っても、〝妨害〟と〝質問〟の間に明確な線引きが有る訳ではない。被害に遭った他候補や有権者の声からすれば、限りなくクロと思えるが、東京地裁の判断を待とう。
Youtubeを利用する候補者は年を追う毎に増えている。自分専用のメディアが有るから、既存メディアとの関わりを避けるケースも多く、新聞、テレビ等の旧メディアが対応に苦慮するケースも散見される。一例を挙げると、23年4月の統一地方選では既存メディアの取材には一切応じない候補や、取材には応じるが本名は明かさず、ハンドルネームでの表記以外は認めない候補が続出した。取材には応じるが、写真撮影は〝猫の被り物付き〟でなければお断りという候補者も出現している。旧メディアと候補の間に立つ選挙管理委員会も「本来の業務ではない雑事の調整ばかりが増えた」とぼやいている。選挙の舞台裏は混乱している。
自民党選対関係者が「言って置きますが、うちは被り物写真はノーですよ、絶対」と前置きして語る。
「つばさの党。よく1000万円も保釈金有りましたね。Youtubeは儲かるんだね。政治モノ、特に既存政党を揶揄するYoutubeは人気が有り、メンバーシップ(有料会員)を得易いと言われている。だから、いかがわしい連中も蔓延る。只、表立ってドンジャラやってる連中は当選しないから良いんです。問題は、巧妙に票を誘導する違法すれすれのタイプなんですよ」
選対関係者が1例に挙げたのは兵庫県知事選である。パワハラで幹部職員を自殺に追い込んだとされる疑惑で、昨年秋、出直し選挙が実施され、全国から注目されたケースだ。大方の予想を覆す格好で、斎藤元彦知事が再選されたが、選挙関係者を驚嘆させたのは斎藤氏を応援する為に「NHKから国民を守る党」(N党)が展開した「2馬力」行為だった。N党の立花孝志党首は同選挙に立候補したが、目的は斎藤氏の応援だった。SNSを駆使し、斎藤氏を擁護する論陣を張り、支持を取り付けたとされる。自分が当選する為ではなく、斎藤氏の応援の為に出馬したという。勿論、立花氏の事だから、自身やN党の宣伝効果も考えた上での行動だろうが、他候補に取っては迷惑千万の事態だった。
味を占めた立花氏は3月16日投開票の千葉県知事選でも2馬力選挙で挑む構えを見せた。「熊谷俊人知事が第1声をした後に第1声をする。2馬力選挙は犯罪と言われている事に対して検証する。2馬力だから私に入れないで下さい」。立花氏は2月初旬の記者会見で「選挙では熊谷知事を褒める」と意気込みを語った。熊谷氏は日を置かず、報道陣に「迷惑だし、困惑している」と語って防御態勢を固めた。立花氏は「2馬力」を撤回したものの、出馬は取り止めないと宣言した。
先の自民党選対関係者が語る。「2馬力は事前に明言して、大っぴらにやるスタイルだが、宣言せずにステルス型でやる事も想定される。選挙演説で意中の候補者に票を誘導するとか、選対は専ら意中の候補の為に活動するとかだ。コスト問題がネックだが、選挙活動を合法的に2倍に出来るんだから、効果は上がる」
言わんとする所は、裏の選挙協力の事で、従来から存在しているのだが、SNSの活用で新たなスタイルが生み出されるのかも知れない。
公選法改正案は動物や裸婦を使った公序良俗に反するポスターの禁止等が盛り込まれたが、SNS利用や2馬力問題等は今後の課題とされた。次期衆院選迄、新時代の公選法の在り方が模索される事になる。その衆院選を巡り、現在の小選挙区比例代表並立制の課題や評価を検証し、改革の方向を示す衆院協議会が年初から動き出している。政権交代可能な2大政党化を促すのを大目的として来た現行制度の抜本改革が進むのではと一部で期待されている。
小選挙区制度30年と石破首相の思い
背景に有るのは、石破茂首相が1月の施政方針演説で、「導入から30年経過した事を踏まえ、有るべき制度を議論したい」と意欲を示した事だ。石破首相は30年前、小選挙区制度導入の旗振り役だったが、国会答弁では「2大政党制に収れんすると考えたのは間違いだった。制度さえ入れれば実現すると思っていたのは、私の考えの足らざる所だった」と認めた。又、小泉純一郎元首相から当時、「(小選挙区にすれば)党本部と首相官邸の言う事しか聞かない議員ばかりになる」と諫められたと明かし、「選挙制度は常に議論されるべきだ」と結んだ。
石破首相の言説には、現下の多党状態が念頭に有るのだろうが、自民党長老はこんな事を言っている。「石破さんが本当にやりたいのは若い時代の過ちを正す事。つまり、小選挙区制度の改変なのではないか」。民主主義の根本を問い直す衆院協議会の議論に注目したい。
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