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未来の会

大きく躓いた「高額療養費制度」の見直し

大きく躓いた「高額療養費制度」の見直し

国民生活が上向かない中、説明不足の負担増案に大反発

石破茂総理大臣は3月7日に突如、年明けからゴタゴタが続いていた「高額療養費制度」の自己負担限度額の引き上げを見送る表明をした。8月から予定していた賃金や物価上昇分を反映した引き上げすら見送り、全面的に「凍結」して秋に対応を再度検討する。厚生労働省は財源確保ばかりに目が行き、患者団体の声を聞かなかったツケを払わされた形となった。躓きの原因は何処に有ったのだろうか。

 高額療養費制度の見直しは昨年11月に始まったかの様に報道されているが、実は随分前から水面下で検討されていた。具体的に表に出て来たのは、23↘年12月5日に公表された、政府の「全世代型社会保障構築会議」(座長・清家篤元慶応義塾長)の改革工程だ。

 少子化対策の財源確保に必要な社会保障制度改革として、複数有る項目の1つに挙げられている。そこでは25〜28年度に取り組む検討事項として高額療養費制度について、「賃金等の動向との整合性等の観点から、必要な見直しの検討を行う」と記されている。実は、22年の「新経済・財政再生計画改革工程表」にも記されていたが、「賃金が上昇して来たので、見直しがし易くなった」(厚労省幹部)という事情↘が有る。

 26年に子ども・子育て支援金制度が始まるタイミングを控え、政府は少子化対策に必要な3・6兆円の内、1・1兆円を社会保障改革等で捻出しないといけない状況に置かれている。全世代型社会保障構築会議の改革工程に高額療養費制度の見直しが記載される事で、24年末の予算編成で議論を開始する方針は確定的となっていた。

 何故高額療養費制度なのか。25年の通常国会は、5年に1度見直される公的年金制度改革関連法案が提出される年だ。只でさえ、夏に参院選を控える↖︎中、法改正が必要な改革だと、公的年金制度改革関連法案の審議に影響が出兼ねない。この為、「政令改正で負担増を求められる高額療養費制度は常に念頭に有った」と先述の厚労省幹部は明かす。

前政権の事情で「骨太の方針」に記載されず

 しかし、対外的にこの動きは気付き難い状況だった。24年の経済財政運営の指針となる「骨太の方針」には記載されていなかった為だ。毎年6月に取り纏められる骨太の方針は、翌年度の予算編成等政権の重要課題の方向性が示される。厚労省は当初、高額療養費制度の見直し方針を盛り込みたい考えだったが、岸田文雄政権下で衆院解散が何時有るか分からない状況に加え、秋に自民党総裁選も控えていた事から、首相官邸からストップが掛かったのだ。

 別の厚労省保険局幹部が明かす。「短冊と呼ばれる省庁別の叩き台に高額療養費の見直しを盛り込もうとしていたが、首相官邸からストップが掛かり、骨太の方針に記載される事は無かった」。「只、骨太の方針に記載はされなかったが、年末の予算編成で見直すのは政府・与党内で既定路線だった」とも付け加える。

  そんな中で昨年11月から高額療養費制度の見直し議論が始まった。政府・与党内では当然の流れでは有るものの、事情を知らない患者団体や野党等からすれば、寝耳に水の状態だ。更に、見直しの舞台となった社会保障審議会医療保険部会には患者団体は参加していない。

 先述の幹部は「嘗ては医療保険部会に患者団体の委員が参加していたが、何時の間にかいなくなってしまった。高齢者を代表する委員にすり替わったのだ」と事情を明かす。こうした影響は医療保険部会の議論にも少なからず作用した。大手紙記者は「高額療養費制度を見直す医療保険部会の議論でも、高齢者負担ばかりに目が行き、現役世代の負担をどうすべきかという議論が抜け落ちていた」と指摘する。その結果、与党内の部会も半ば素通りの様な状態で進んだ。しかも当初は春闘等で賃上げが実現されている為、それに伴う見直しだけが実行されるかの様な説明が強調されていた。事実、改革工程にも「賃金等動向との整合性」という文言は記されている。

賃金上昇分の反映を上回る引き上げ案に反発

しかし、昨年12月25日に公表された見直し案は驚くべき内容が含まれていた。見直しは今年8月から来年8月、再来年8月と3段階で行われ、今年8月の見直しは自己負担限度額には賃金上昇分の10%程度の引き上げが反映されていたが、その後の引き上げは年収区分の細分化が加えられた結果、大幅な引き上げを強いられる人が続出する内容だったのだ。

 例えば、70歳未満で年収約370万円〜約770万円の人の自己負担限度額は、現行8万100円から約510万〜約650万円の人は最終的に11万3400円、約650万円〜約770万円であれば13万8600円と、増加幅は前者で約40%、後者だと約70%にもなる。又、約1040万円〜約1160万円の人は16万7400円から25万2300円で約50%になる。賃金上昇分を反映しただけとは言えない見直しだ。

 これは年収区分を細分化した影響だ。現在は70歳未満の年収は5区分されているが、これを13区分に細分化した。健康保険の標準報酬月額の等級を参考にしたからだ。

  事情を知る中堅職員が明かす。「厚労省保険局としては、現状の5区分のままだと年収の割に負担が低い人がいると考えた。高額な医薬品が増え、公費で負担する高額療養費分が伸びている事情も有る。その為、年収区分を細分化して見直したいという意向は以前から有った」。更に衝撃の事実を打ち明ける。「実は細分化はもっと進めて、最終的には健康保険と同じ様にする構想も有った。只、これは今回の凍結で棚上げになってしまったのではないか」。

参院予算委員会で答弁する石破茂首相

 当初の見直し案が明らかになり、早速全国がん患者団体連合会が問題視した。衆院予算委員会で立憲民主党が取り上げると、徐々に風向きが変わって行った。石破茂首相が1月31日の衆院予算委員会で、政府として患者団体へ意見聴取を検討する意向を示すと、厚労省は2度に亘る修正を余儀無くされた。長期療養者の負担を軽減する「多数回該当」の引き上げを見送り、来年8月と再来年8月の年収区分の細分化に伴う引き上げを凍結させられたのだ。インフレ社会への対応と応能負担の徹底という二兎を追った結果、後者を凍結させられた格好となった。大手紙記者は「負担増をダブルパンチで迫られれば、誰しも反対したくなる。ましてや毎月、医療費を負担している患者であれば尚更だ」と指摘する。賃金が上昇しているが、実質賃金はマイナスのままで低迷しており、一般国民の生活は苦しいままだ。負担増を伴う社会保障制度改革には当然、厳しい目が注がれる。こうした状況下で、訪問介護の基本報酬を引き下げた介護報酬改定と同様、高額療養費制度の見直しも大きな批判を浴びる結果となってしまった。

 SNSの浸透により、誰でも気軽に情報が発信出来る時代になった。霞が関の政策についても誤った認識に基づく発信も増えている。社会保障分野に詳しい大手紙の記者は「厚労行政を見ていると、全体的に現場感の無い政策が多くなっている様で心配だ。特に、負担増を強いる政策は国民の理解や納得が必要なのに、丁寧さが欠けている」と手厳しい。

 高額療養費制度は家計の「最後のとりで」を守る最重要セーフティーネットと言われるぐらい大事な制度だ。高額な医療費が増える中、制度を維持して行く為の負担増はやむを得ない。只、国民生活が上向かない中で、丁寧なプロセスを欠いた見直しをすれば、結果的に負担増への同意を得られずに社会保障制度が維持出来ない事態にもなり兼ねない。厚労省には重い責任が突き付けられている。

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