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未来の会

パックス・アメリカーナの終焉に揺れる戦後国際秩序

パックス・アメリカーナの終焉に揺れる戦後国際秩序

石破ートランプ会談の「成功」で日本が背負った重荷

メリカ・イズ・バック」。トランプ米大統領は3月4日の連邦議会演説で「米国の復活」を宣言した。経済でも軍事でも「強い米国」を目指すトランプ政権。その道を選んだのは米国民だが、米国のリーダーシップを頼みにして来た同盟国にとっても他人事では無い。

中国の覇権を拒否する「コルビー戦略」

 ユーラシア大陸の極東に位置する日本が遠く欧州で起きた戦争でウクライナを支持するのは、東アジアの情勢が危うくなった時、欧州諸国に日本の味↘方になって貰いたいからだ。東アジアに於ける日本の仮想敵国は中国、北朝鮮、そしてロシアである。仮にロシアがウクライナ侵略の果実を手にする形で欧州の戦争が終われば、東アジアで中国が台湾に侵攻するインセンティブになり兼ねない。ロシアに不法占拠された北方領土の返還は益々遠のく。北朝鮮が韓国に侵攻する恐れも考えなければならない。

 日本が欧州に連帯を求めるのは、敵の敵は味方という戦略論からだけではない。第2次世界大戦で敗戦国となった日本は、米欧が中心となって構築した戦後国際秩序に従う事を約束して国際社会に復帰↘した。戦後国際秩序とは、自由、民主主義、人権、法の支配といった価値観を共有し、武力による現状変更を認めない事である。日本と欧州諸国は直接の同盟関係にはないが、共に戦後国際秩序の維持を外交の基本方針とし、米国との同盟関係を通じて軍事面の協力も深めて来た。戦後国際秩序に挑戦し、武力による現状変更への意欲を隠さない中露等の権威主義国家陣営と、日米欧等の民主主義国家陣営という理念的な対立構図に基づいて、日本も韓国も極東の地からウクライナ支援に参画しているのである。

 その民主主義国家陣営のリーダーたる米国が、↖︎自由、民主主義、人権、法の支配という価値観の輪から離脱しようとしている。確かに我が国を含む米国の同盟国・友好国は、強大な米国の軍事力に依存し、米国の大量消費経済を最大のマーケットとするグローバル経済の恩恵に浴して来た。米国がその負担に耐え切れなくなった。第2次大戦後から続く「パックス・アメリカーナ」(米国による平和)の終焉である。「パックス・アメリカーナ」という時代評価に対しては、ベトナム戦争や中東・アフリカ情勢を引き合いに異論を差し挟む向きも有るが、旧ソ連崩壊による冷戦終結後、米国の一極支配によって一定の世界平和が保たれ、グローバル経済の繁栄がもたらされたのは事実。その終焉を米国自らが宣言したのだ。

 トランプ政権2期目の国防次官に指名されたエルブリッジ・コルビー氏は予てより「米国一極集中の時代は終わった。米国は欧州や中東に国力を割く余裕は無い。中国の封じ込めに集中せよ」と主張して来た戦略家として知られる。トランプ政権がロシアに一定の果実を与えてでもウクライナとの戦争を終わらせ、イスラエルの残虐行為を不問に付してパレスチナのイスラム組織ハマスとの停戦を図ろうとしているのは、コルビー氏の描いた新たな外交戦略に沿ったものとされる。それに親プーチン・親イスラエルのトランプ大統領が悪乗りしている側面もあろうが、欧州における対ロシア抑止は欧州連合(EU)の責任、中東でハマス等の武装勢力の後ろ盾となっているイランにはイスラエルの軍事力で対抗するというコルビー戦略が基盤となっている様だ。

 では今後、トランプ政権はどのような対中戦略に集中していこうというのか。コルビー氏が唱えて来たのが、インド太平洋地域に於いて中国の覇権を許さない「拒否戦略」。南シナ海で露骨な現状変更を試みている中国は今後、東シナ海でも軍事的な進出を強めて来るという見立てに基づき、中国が「第1列島線」と呼ぶ、日本の沖縄・南西諸島から台湾、フィリピン、ボルネオ島を結ぶラインの内側に中国の軍事力を封じ込めようというものだ。その最前線に位置するのが日本と台湾であり、コルビー氏は日本にも台湾にも大幅な軍事力の強化を求める主張をして来た。米国が「集中」するのは米軍の増強ではなく、日本と台湾を対中拒否戦略に組み込む事なのだ。

「核共有」を議論する覚悟が日本にあるか

2月上旬に行われた石破茂首相とトランプ大統領の初会談は、懸念された厳しい関税等の対日要求も無く、帰国した石破首相を閣僚が拍手で迎えた閣議の光景が日本側の安堵を物語っていた。トランプ大統領は2期目の就任早々、同盟国のカナダに米国の51番目の州になれと言ったり、自由貿易協定を結んでいるカナダとメキシコからの輸入品に25%の関税を課すと言ったりしていた事から、日本にも無理難題を突き付けて来るのではないかと戦々恐々で会談に臨んだ石破首相としては、それを回避出来ただけで会談は「成功」と言えた。それにしてもトランプ大統領は何故「ハンサム」「非常に強い方」「偉大な首相になる」等と歯の浮くようなお世辞を言って迄石破首相を持ち上げたのか。

 首脳会談後に発表された共同声明を読めば、単なる儀礼的な初顔合わせでは無かった事が分かる。声明は、中国の南・東シナ海に於ける「力又は威圧によるあらゆる現状変更の試み」や「威嚇的で挑発的な活動」等に「強い反対」を表明した。注目すべきは「国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定を維持する事の重要性を強調した」との一文だ。中国が強く反対して来た「国際機関への台湾の参加」にも明確な支持を表明した事と併せ、中国の台湾侵攻を拒否するコルビー戦略が日米首脳間の公式文書で確認されたに等しい。

 共同声明には「核を含むあらゆる能力を用いた、日本の防衛に対する米国の揺るぎ無いコミットメント」も明記された。これは日米安全保障条約に基づく米側の日本防衛義務を確認したものだが、併せて「拡大抑止の更なる強化」が盛り込まれた事に注目する必要がある。核兵器保有国の間では、何れかが核攻撃を受ければ核による報復攻撃を行う「相互確証破壊」戦略が抑止力として働く訳だが、核を保有しない同盟国が核攻撃を受けた場合も報復攻撃を行う戦略を「拡大抑止」「核の傘」と言う。米国はこれ迄も日本に核の傘を提供する事を明確にして来たが、その更なる強化とは何を意味するのか。

 コルビー氏が主張して来たのは、米軍と自衛隊が統合された戦力として中国を抑止する事だ。その為に日本は主体的に防衛力を増強すべきで、防衛費を国内総生産(GDP)比2%に増やすだけでは足りない、核の傘の在り方についても真剣に議論しよう、と。コルビー戦略を知悉する専門家は「拡大抑止の更なる強化とは、南西諸島への核持ち込みを意味する」と指摘する。米国の核兵器を日本に配備して共同管理する「核共有」の検討は、石破氏が首相就任前から唱えて来た持論だが、非核3原則を国是とする日本にとっては防衛戦略の大転換となる。トランプ政権が対中拒否戦略を本格的に実行に移した時、石破政権として米側の要求にどう応じるのか。

 毎日新聞が昨年12月から今年1月にかけて実施した郵送世論調査で、仮に中国が台湾に侵攻した場合に日本は「米国等と協力して台湾を支援すべきだ」が44%、「戦争に巻き込まれない様に行動すべきだ」が38%と回答は割れている。日本国民の間では、米国の対中拒否戦略に組み込まれる覚悟は出来ていないのではないか。ましてや核共有が受け入れられる素地がある様には思えない。

 欧州では、核保有国フランスのマクロン大統領が核の傘を同盟国に広げる拡大抑止を提唱した。米国の欧州離れを受けた議論だが、其処に有るのは剥き出しの力の論理だ。ポスト・パックス・アメリカーナの国際秩序は、極めて危うい。

日米首脳会談で笑顔を見せるトランプ大統領と石破首相(首相官邸HPより)

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