
石破茂首相はトランプ米大統領との日米首脳会談を無事乗り切った。「握手のマナーがなっていない」等、SNS等で散々いじられはしたが、就任直後から専門家等が「少数与党政権の最大のネック」と口を揃えた問題をクリアした格好だ。安倍晋三元首相の様に華の有る外交ではなく、ぎこちなく泥臭い日米首脳会談デビューだったが、〝石破外交〟はこれで何とか軌道に乗ったと言っていいだろう。
自民党幹部が語る。
「ケミストリー(相性)が悪く、トランプさんの機嫌を損ねて、難題をわんさと押し付けられたらと心配したが杞憂だった。メガネが何時もと違うし、↘カチンコチンでぎこちない雰囲気も有ったが、共同会見では当意即妙の対応をトランプさんに褒められていたし、日本製鉄によるUSスチールの買収も前向きな解決に向かった。及第点以上だ」
野党側も米国による防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条が沖縄県尖閣諸島に適用されると再確認された点等を挙げ、「一定の成果を上げた」(野田佳彦立憲民主党代表)と、まずまずの評価だ。
ディール不発、米政権の深謀遠慮
会談前、外交専門家等の間では、同盟国であろうが高額関税をふっ掛けて相手に譲歩を迫る激しいやり取りになるとの予測も有った。しかし、蓋を開↘けてみれば、獰猛とさえ見えるトランプ流のディールは表向き不発だった。寧ろ、石破首相をホワイトハウスで出迎えた際に「アイ・ラブ・ジャパン」と声掛けしたトランプ大統領の姿は好意的に見えた。
民間シンクタンクの外交専門家が語る。
「石破さんがどうのではなく、トランプさんの大人の対応に注目すべきだと思う。これから中国との大一番を控えているのだから、日本は懐に引き寄せて置くのが得策だという判断なのだろう。勿論、石破さんが熱心にトランプ流を研究した努力の賜でもあるが、大局を言えば、当初から日本を身内と考えての会談だった様な気がする。日本製鉄の問題はバイデン前大統領の後始末なのだから、ひっくり返↖すのは当然だろうと思う。石破さんが日鉄を〝名を捨てて実を取る〟方向に誘導したのだろうが、トランプさんの腹は従前から決まっていたのではないか」
日本の歴代首相は乾坤一擲の大勝負と構えて日米首脳会談に臨んで来た。米国の機嫌を損ねれば、国土を危うくし兼ねないばかりか、経済的にも大きなダメージを負うからだ。その基本は今も変わらないが、GDP(国内総生産)で中国の4分の1に過ぎない存在となった日本の、極東に置けるポジションは変質している。
ロシアのプーチン大統領とパイプの有るトランプ大統領にしてみれば、日本の価値は〝対中国カード〟としての有効性という事になる。極東のもう1つの同盟国である韓国は政情が混沌としている。〝ジャパンカード〟はホールドだという米政権の意志が今回の日米首脳会談の底流に在るのは確かだろう。
日米関係に詳しい自民党中堅が、面白い事を言っている。
「安倍元首相は在任中、トランプさんにノーベル平和賞を勧めていた。トランプさんは乗り気だったらしい。再選したトランプさんは自ら世界の『ピースメーカー(平和の使者)になる』と言っているよね。パレスチナのガザ地区を米国が所有するとか、とんでもない事を言って、アラブ社会を揺さぶったりもしているけど、念頭に有るのはノーベル賞と見たね。平和憲法を掲げる日本の支持は大きい。原爆を投下した国の大統領を後の平和への貢献でノーベル平和賞に推挙するなんてドラマチックじゃない。石破首相は安倍さんとトランプさんの関係もきっちり勉強していた。その辺もしっかりくすぐったと思うね」
様々な見立ての有る日米首脳会談だが、日本国民の見方はどうか。
SNSやスポーツ紙、ワイドショーを賑わせたのは「日本の恥」という文言だった。指摘されたのはホワイトハウスの大統領執務室で行われた会談冒頭での握手の不手際である。トランプ大統領から握手を求められた石破首相は当初、椅子の肘掛けに左肘を置いたまま応じた。その後、姿勢を正そうとしたのか、仰け反る姿勢になり、トランプ大統領が頭を下げている様な格好に。更にはトランプ大統領と握り合った右手に左手を添える始末だ。
日米首脳会談の石破首相に「日本の恥」の声
SNS上では、「何で肘突いたまま握手してんだ!」「外交マナーを誰も教えてないのか。情けない」「礼儀作法を一から茂に教えろ」等の批判が相次いだ。
当然、トランプ大統領も「ん! 何だコイツ!」と思ったに違いない。石破首相はピンチに見舞われたが、会談終了後の共同会見で挽回のチャンスをモノにした。記者から「関税を掛けられたら報復関税を掛けるか」と質問されたのに対し、「仮定の質問にはお答えし兼ねるというのが日本の定番の国会答弁だ」とアルカイックスマイル(口元に控え目な微笑みを浮かべた表情)で応じた。直ぐ様、トランプ大統領が「とても良い答えだ」と笑みを浮かべた。
日本人記者は国会のワンパターン答弁を思い起こしブスッとしていたが、外国人記者は一流のジョークと受け止め、会場が沸いた。所変われば、価値も変わるのである。トランプ大統領は会談後、共和党の会合で石破首相をこう評した。「タフ!タフ!タフ!」。国内の政治状況から忍耐強いのは当然だが、随分頑張った事は窺われる。
共に「黄金時代」を掲げた日米首脳会談だが裏を返せば「米国のリスクを日本も負う」という事に他ならない。イスラエル、ロシアに傾斜した和平策は中東や欧州との関係も無視出来ない日本にとって新たな難題となるし、米国のパリ協定の離脱やWHO(世界保健機関)からの脱退の余波も被る事になる。
最大の懸案は対中関係だ。近接する大国との付き合いは日本の命運を左右するからだ。「宴は終わった。これからが石破外交のスタート。国内政局と同様、躓けばそれ迄。厳しい局面への対処が続く。だからこそ、トランプ大統領との距離を縮められた事の意味は大きい」。外交筋はそう語っている。
じわじわと動く〝ポスト石破〟
国内政局も最初のヤマ場に差し掛かって来た。当初予算案をどうやって成立させるかである。昨年の補正予算と同様、国民民主党、日本維新の会の引き込みが鍵となる。国民民主が求める年収の課税最低限の引き上げで、与党側は123万円まで引き上げる方針だが、国民民主が更なる引き上げを求めており、協議が続いている。与党側は国民民主が納得しない場合に備え、4月開幕の「大阪・関西万博」への配慮を梃子に維新の取り込みも模索している。何れにせよ、野党が反対に回れば予算案は通らない。予算成立のずれ込みは国民生活にも影響する。年度内成立に向けた正念場を迎えている。
〝ポスト石破〟に向けた動きもじわじわ動き出している。切っ掛けは、毎日新聞の世論調査で石破内閣の支持率が30%を割った事らしい。次期総裁の有力候補とされる高市早苗前経済安保担当相は、保守系勢力と連日会合を重ね、前回総裁選に立候補した小林鷹之元経済安保担当相は、新たな勉強会を発足させた。
東京・永田町の耳目をさらったのは、小泉進次郎前自民党選対委員長と岸田文雄前首相の接近だ。昨年末、岸田前首相が最高顧問を務める「アジア・ゼロエミッション共同体議連」に小泉氏が参加したのだ。環境相を経験し、ゼロエミッションとは関係が深いとは言え、小泉氏の後見人は、岸田前首相とは折り合いが悪い筈の菅義偉元首相だけに、憶測を呼んでいる。「進次郎さんは政治資金問題で岸田さんから助言を得ているが、当然、旧岸田派の支持も睨んでの事。岸田さんも、トランプさんの復権を見て、再登板の意欲有り有り。進次郎さんを味方に引き込もうという算段でしょうね」。自民党若手が言う様に、永田町は相も変わらず不穏である。

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