
「直美」の増加や「地域の偏在」の流れを変えられるか

厚生労働省は昨年末、「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」を取り纏めた。新規開業の規制強化と医師不足地域への支援がセットになっており、今国会で医療法や健康保険法等を改正する事で同法に基づく「医療提供体制確保の基本方針」とする。只、当初に示されていた規制色は薄まり、医師の自主的な行動を求める内容へと後退した。実効性は揺らいでいる。
全国の医師数は年々増加している。にも拘わらず、地方を中心に医師不足は深刻化し、休診に追い込まれた医療機関も少なくない。患者の取り違えや医療機関の受け入れ拒否による患者の死亡事故も起きており、日本の医療体制は維持が危ぶまれる状況に陥りつつある。
背景には医師の「地域の偏在」と、「診療科の偏在」という二重の偏在がある。
「地域の偏在」は医師が都市部に集中する事で起こる。情報の集まる都市部で専門性を高めたい等の理由の他、都市部の方が患者数が多く、収益を上げ易いという事情も有る。厚労省が地域の医療ニーズや人口構成等に基づいて算出した「医師偏在指標」(全国255・6)によると、岩手(182・5)、青森(184・3)等、東北を中心とする東日本には「医師少数県」が多く、京都(326・7)、福岡(313・3)等の西日本は「医師多数県」が多い傾向にある。最も医師が集中するのは東京都(353・9)だ。但し、医師多数県でも2次医療圏単位で見ると、同一県内での格差は大きい。例えば東京都でも「西多摩」や「島嶼部」は全国的にも下位に相当する。又、最上位の「東京・区中央部」と最下位の「岩手・釜石」では7倍の開きが有る等、県庁所在地や大学病院等の有無で大きく違う。
「診療科の偏在」は自由診療の美容外科クリニック等を選ぶ若手医師が増えている半面、外科や救急科、産科等、24時間体制を求められる診療科では医師の確保が難しくなっている事で生じている。拘束時間の長さが嫌われて希望者数が伸び悩み、人手不足が更に特定の医師への負担集中を招く悪循環も招いている。
厚労省も医学部の「地域枠」を拡大する等対策は打って来た。それでも9年間の地域勤務という義務を終えると大都市に移る医師も多い。
「医師の偏在を規制によってきちんと管理していかなければならない段階に入って来た」 「地域に於いて医師の数の割り当ても本気で考えなければならない」——。偏在対策の取り纏めに向けた動きは、昨年4月のテレビ番組の、武見敬三前厚労相による発言が切っ掛けとなって始まった。「診療所は医師が届け出さえすれば何処でも自由に開業出来る」。これに規制を設け、大都市部での開業を抑え込む事を意図したものだった。
武見氏の意向も踏まえ、同省は「医師偏在対策推進本部」で議論をスタート。「総合的な対策パッケージ」の取り纏めに向け、「新たな地域医療構想等に関する検討会」「医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会」「社会保障審議会(医療保険部会)・(医療部会)」での議論を整理しながら内容を詰めて行った。同省がこれら複数の検討会等に示した当初案は、医師の「過多区域」を指定し、同区域での医師数を強権的に抑える規制だった。
今も都道府県が開業を希望する医療機関に、夜間・休日診療や在宅医療等、地域で不足する機能を担う様求める仕組みは有る。とは言え罰則は無く、現状は3割の医療機関しか応じていない。この為、検討会では要請に応じない医療機関の保険医指定を取り消す案も取り上げられた。「医師の養成課程では多額の税金が投じられる。診療報酬財源の9割は税金と保険料」(検討会委員の土井丈朗慶應大教授)等、医師は公金で支えられている以上、一定の規制は受けるべきといった趣旨だ。財務省も実現を強く迫り、診療所の多い地域の診療報酬を引き下げる案まで持ち出して参戦した。
「規制」案に日本医師会が反論
しかし、開業規制には、日本医師会の検討会メンバー等が憲法で保障する「営業の自由」に抵触すると強く反論。日医の松本吉郎会長は「不正を働いた訳でも無いのに筋違いだ」と猛反発し、最終的には理由無く応じない医療機関への勧告・施設名公表や、補助金不交付、保険医療機関の指定期間(通常6年)の3年への短縮といった案に落ち着いた。診療科の偏在対策は憲法の「職業選択の自由」に縛られ、先送りされた。
これ迄も開業規制は議論されて来た。だが、憲法の壁は厚く、内閣法制局も慎重な姿勢を崩して来なかった。医師の都市部への集中を避ける対策は、原案では「規制的手法」と整理されていたのに、結局は「地域の医療機関の支え合いの仕組み」へと改められ、「規制」の文字が消えた。同省幹部は「新規開業への強い規制は、開業済みの医療機関の既得権益を守る事にも成り兼ねない。落とし所を意図して最初に高いボールを投げた」と漏らす。
規制的なものとしては、医師不足地域で1年以上勤務する事を公立病院等の院長になる要件とした。対象は1600医療機関に相当する。只これも検討会内で「逆効果」という声が相次いだ。現在も全国に約700有る地域医療支援病院の院長になる条件として、医師少数区域での6カ月以上の勤務を課しているものの、「病院長になりたくない若手は多い」という。
当初は対象医療機関数を1600より更に広げる事も論点となった。が、過疎地での勤務経験を出世の条件とする案には「美容外科クリニック等自由診療に流れる医師が増える」と懸念する声も有り、日本病院会からは院長になる条件として「医師少数区域での勤務期間を短くする」との対案まで出された程だった。
この他、2年間の臨床研修を経て病院での3年以上の勤務経験を保険医療機関の管理者の要件とした。臨床研修を終えた後、保険診療に携わる事なく美容外科クリニックに就職する「直美(ちょくび)」と呼ばれる若手医師らの動向を牽制する狙いが有る。
医師が足りない地域の医療機関への「支援」
「規制」と対を成す対策が、医師が足りない地域の医療機関への支援だ。医療機関の維持が困難な地域等を「重点医師偏在対策支援区域」とし、支える対象の医療機関、必要な医師数、偏在是正に向けた取り組み等を盛り込んだ「医師偏在是正プラン」を策定する。緊急対策としては、26年度から当該医療機関で勤務する医師らの手当を増やす。費用は公的医療保険の保険料を充てる一方、現役世代の負担増を避ける為、診療報酬改定を通じて診療報酬にメリハリを付け、保険料はトータルで変わらない様にする、としている。
それでも検討会内にも「保険料は疾病リスクに備える為のものだ」「医師不足対策に使うのは加入者の理解を得られない」との批判は燻っている。「負担を増やさない」前提で診療報酬を「医師偏在対策」に手厚く投じるなら、他の部分を削り込んで帳尻を合わせる必要が出て来る。にも拘らず、「何を削るか」は今後の議論で、どれ程財源を捻り出せるかは未知数のままだ。
医師偏在対策の多くは正反対の意見が衝突し、結局は「大体想定していた折衷案に収まった」(厚労省幹部)という。5年を目処に実効性を検証し、効果が得られていない場合は対策を強化する。
「パッケージ」が纏まった昨年12月25日、福岡資麿厚労相は「医師偏在の是正に全関係者が一丸となって取り組んで頂きたい」と要請した。只、今回の対策を担うのは都道府県が軸となる。東日本の医師少数県の担当者は「県の要請に応じない医療機関名の公表一つを取っても、相手の言い分を慎重にヒアリングする必要が有る。人手不足は我々自治体側も同じ。自治体の実務能力を見極めた上での提案なのか疑わしい」と疑問を投げ掛ける。
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