
現在、周産期医療体制のうちでも特に産科診療所の部分が崩壊の危機に瀕している。このままでは廃業か、商業資本・外国資本による買収か、という悲観的な予測が支配的なように思う。何とか正常分娩の自由診療体制を維持したい、という願望は強い。
しかしながら、今のように無策のままで、ただ「出産育児一時金を増額しろ」「無痛分娩を費用助成しろ」というだけでは、やはり産科診療所の部分から先に崩壊して行くことであろう。そこで、前回では「周産期医療体制の確保」のため、特に「産科診療所支援の具体的な方策」を提案した。
まずは収益拡大策として、少子化対策、具体的には、分娩介助「本体」の多様化と標準化を目指し、包括払い化と現物給付化をすることの必要性を述べた。また、市場拡大のためには多子化戦略が必須であるところ、それには「助産師の活躍」が最も有効適切であることも自明であろう。
次に、少子化対策・地方創生といった大局的観点から観る必要があるが、何としても改めなければならないのは、産科医療機関の助産所への非協力ぶりである。これを解消するためには、医師法を改正して、妊婦等のために嘱託医療機関・嘱託医受託につき「応招義務」を課すこととしても、やむを得ないであろう。前回でのこれらの内容を踏まえ、引き続き支援策案を提示する。
3.嘱託医療機関による助産所への協力
②嘱託医療機関・嘱託医の嘱託料の創設※
厚生労働省医政局長は、「周産期医療対策事業等実施要綱」を作成し、その第1の3(1)イにおいて「周産期医療協議会においては、次に掲げる事項に関し、地域の実情に応じて検討及び協議を行うものとする」と定めている。そこで、その(ク)に「地域における周産期医療に関する病院、診療所と助産所との間での医療法第19条に定める嘱託の整備に関する事項」という条項を新設して挿入し、元の「その他周産期医療体制の整備に関し必要な事項」は(ケ)にずらせばよい。
それと共に、周産期医療体制の1つに組み込まれた当該嘱託医療機関や嘱託医に対しては、「妊婦等からの相当な額の嘱託医療機関・嘱託医嘱託料」を算定すべきである(もちろん、保険化された段階では、当該嘱託自体も「現物給付化」されるので、妊婦等には実際の費用負担はない)。
※ ①は2025年2月号を参照のこと
4.「ふるさと出産奨励金」と「ふるさと出産加算」による里帰り出産数の増加
特に地方部では「分娩数の減少」が顕著であるが、その一因は「里帰り出産」数の減少であろう。都市部での「無痛分娩」人気にその原因があるかも知れない。このままでは、地方創生政策に添わないことになる。
そこで、妊婦等に「ふるさと出産奨励金」を支給し、都市部(転送元)と地方部(転送先)双方の産科診療所等に「ふるさと出産加算」を算定し、里帰り出産にインセンティブを与えてはどうであろうか。その財源は、正常分娩の保険化と連動させて、健康保険料からの拠出か、または、地方創生推進交付金からの拠出かが望ましいように思う。
5. 経費削減策
①ベテランの独立開業推進と若手の雇用拡大
現在、産科診療所におけるベテラン勤務助産師の給与水準は高騰している状況のように感じる。産科診療所における人件費の過重負担の主因となっている診療所も少なくないものであろうと思う。
他方、マクロの少子化対策のうちで重要な柱の1つは、独立開業の助産所数の増加であるところ、その開設者・管理者となりうる適格者は、ベテラン勤務助産師を除いてほかにはいない。
したがって、ベテラン勤務助産師には脱サラして助産所を独立開業してもらい、代わりに、給与の安い若手助産師の雇用拡大をすることが適切であろう。悩ましいのは労働基準法であろうが、それは後述の「産科診療所再建特別措置法」によって対処できるようにすべきである。
②分娩介助重視へのシフトと過剰投資の抑制
特に産科診療所は、従来から附帯サービスばかりを重視して来てしまった。附帯サービスとは、「特別室」のようなリッチな部屋、「特別食」のようなバラエティに富んだ美味しい食事、「アロマセラピー」のような癒し、「希望による無痛分娩」のような技術性の高い麻酔分娩の手技など、諸々のサービスを指す。しかし、それらの附帯サービスを余りに重視したがために、立派な建物その他の高級設備や、特殊サービス分野の人員配置に、巨額の投資をせざるを得なくなってしまった。これらの過剰投資を節減して、高コスト体質から脱却しなければならない。
ただし、既に多額の借入れをして投資してしまった場合などは、今さら過剰投資の抑制と過去の既投資分の削減はなかなか難しいであろう。これらも、後述の「産科診療所再建策」によって対処できるようにすべきである。そして今後は、王道の「分娩介助本体」の多様性と質の向上を重視し、まさにそこでの「助産師の活躍」を中心にシフトさせて行くべきであろう。
③産科診療所の概算経費特例の拡大
産科診療所の概算経費の特例(社会保険診療報酬の所得計算の特例)は、正常分娩を保険化した場合には、その適用範囲を拡大しなければならない。現在の特例は、「社会保険診療につき支払いを受けるべき金額が5000万円以下」であり、かつ、「総収入金額の合計額が7000万円以下」という適用範囲である。しかし、正常分娩を保険化したならば、当然、保険部分が大幅に拡大されることであるし、さらには、そもそもこれが大胆な経費削減策としての一環でもあることから、その適用範囲は、「社会保険診療につき支払いを受けるべき金額(出産保険の金額も含む)が1億5000万円以下」であり、かつ、「総収入金額の合計額が2億1000万円以下」くらいに大幅に拡大すべきであろう。
また、概算経費率も、最高で72%のところを、86%くらいに引き上げ、当然、86%を基準にして、そこから社会保険診療につき支払いを受けるべき金額に応じて滑らかに逆スライドして行くとよい。
なお、正確にはむしろ、前述の収益拡大策の「助産所への協力」に位置付けられるものではあろうが、便宜上ここで挙げておくと、「助産業」にも、正常分娩の保険化を契機に、この「概算経費の特例」を医業・歯科医業と並べて適用すべきであろう。
6. 産科診療所再建策の政策運用や法律制定
経費削減策はこれから導入するとしても、今までに経営が悪化してしまっていた分、すなわち、過剰投資や巨額の借入金については、直ちに整理できるものではない。既に述べた高コスト体質分(人件費、設備投資、借金など)の清算は、猶予してもらわなくてはならないし、少なくとも、立て直し中や再構築中にそのことが外部に表面化してしまっては、その産科診療所の社会的信用が失墜してしまう。
そうすると、少なくともまず産科診療所再建策の柔軟な政策的な運用が必要である。この点については、新型コロナの感染時に採用された政策が参考になるであろう。たとえば、独立行政法人福祉医療機構は、当時、融資限度額の引き上げ、無担保・無利子での長期運転資金の融資、既往貸付の返済猶予などの寛大な政策運用を行ってくれていた。このような政策運用を今回も採用し、福祉医療機構で他の金融機関での既存借入れの大胆かつ全面的な借り換えを認めてくれるようにすればよい。
また、民事再生と同じような債務整理をした場合にも、それを公表してはならないことにしたり、個人情報等の信用情報センターに登録してはならないことにしたり、金融業者が誠実に債務整理交渉に応じなければならないようにしたり、金融業者は返済期限切れでも交渉・整理期間中は猶予して債務不履行にしてはならないようにしたり、産科診療所職員の整理解雇における「解雇回避努力義務」を緩和したりするなど、実効的な法的効力を有する法律を制定することが望ましいところである。いわば民事再生法や会社更生法に類するこのような「産科診療所再建特別措置法」を制定することも効果的であるので、前向きに検討すべきことであろう。
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