
企業統合新時代は日本経済の転換点に
最近、産業界のニュースでM&A(Mergers and Acquisitions:企業の合併・買収)が目立つ様になって来た。日本はM&A後進国であるかの様に言われる事が有るが、実際にはその認識は正確ではない。歴史を紐解けば、嘗てはM&A先進国だったが、社会の大きな変革によりその流れが停止していた──と表現する方が適切だろう。その後、「日本の風土にはM&Aは馴染まない」という「常識」が覆り、グローバル化等によって流れが再び加速した。
改めて、日本経済の活性化に一役買いそうな「企業の吸収・合併」にスポットを当て、歴史的な背↘景、今後の見通し等について解説する。
嘗てはM&Aで経済飛躍した日本
資本主義自由経済の下で企業は売り上げを拡大させて利潤を生むが、企業の合併・買収は、それを加速度的に行う合理的な手段となる。実のところ、日本のM&Aは近代産業が発展した明治・大正期から活発化して日本を工業国へと押し上げる原動力だった。代表的なのが、鐘淵紡績(現在のカネボウ化粧品)で、M&Aで成長した同社を始めとする各社の事業拡大で、日本の紡績事業は産業革命で躍進し↘た英国を抜き去り、昭和に入ってから世界のトップとなった経緯がある。この他にも、歴史の教科書でもお馴染みの鈴木商店の他、三菱、三井、住友といった旧財閥や、官営の八幡製鉄所と5つの民間企業が合併し設立された日本製鉄(現在ある日本製鉄の前身)等が有り、戦前の日本はM&A大国だった。
それが大きく変化し、ともすれば「M&Aは悪の権化」と言われる様になったのが、第2次大戦の敗北によって起きた財閥解体を始めとする構造変革だ。戦時下の日本は、世界恐慌を乗り切る施策として施行された重要産業統制法によって、言わば国家に↖よるM&Aで企業の集中化が進む。ところが、これが軍国主義を加速させた要因と見なされた事から、戦後、GHQによる集中排除法と企業再整備処置の下で会社分割が進み、産業発展の原動力となるM&Aの機運が後退したのは言う迄も無い。
しかしながら、高度経済成長期、バブル経済、失われた30年を経て、M&Aの件数は着実に増えている。ひと頃に比べて、合併・買収という言葉に対して後ろ暗いイメージも無い。寧ろ、「後継者難に喘ぐ中小企業をM&Aで救うと」いった側面も強調されている。昨年暮れに発表されたホンダと日産自動車の経営統合は、その後白紙に戻ったが、今後もM&Aの流れが活発化して行く事は想像に難くない。
意識や制度の変化から拡大の環境調う
一言でM&Aと言っても、業容拡大、救済、広義の対等合併など様々な形態が有るが、最も注目されるのは友好的か敵対的かという点だ。
友好的なM&Aは合併後に於けるビジネス成否に拘らず、当初はスムーズに事が運ぶ為、多くを語らなくて済む。対して、長く世間の注目を浴びるのが敵対的M&Aだ。〝M&A〟と言えば聞こえは良いが、早い話、昔流で言えば「乗っ取り」であり、暗いイメージが付き纏う。
日常茶飯事でM&Aが行われる米国でも、敵対的であれば歓迎されるものではない。ホワイトナイト、クラウンジュエル、ポイズンピル、パックマンディフェンスといった、積極的に守りや競争優位を維持する英語の防衛策用語が広がっている事からもそれは理解出来る。東急グループによる白木屋、三光汽船によるジャパンライン等、古くは〝事件〟と呼ばれた買収も有ったが、バブル期に黒船襲来とも言われて世を震撼させたのが、米国の投資家であるブーン・ピケンズ氏が仕掛けた、トヨタ系企業の小糸製作所に対するM&Aだった。
敵対的買収の中には、事業目的ではなく買収後に資産を切り売りする様なケースも多い。小糸製作所の場合もそうした目的で狙われたとされる。日本でもバブル期には、不動産会社の秀和による忠実屋・いなげや事件等、土地持ち会社の買い占め他、事業目的とは思えない合併・買収が多発。だがその大半が失敗に終わった。
最近では、敵対的M&Aが起きるとしても、こうしたあからさまな例は減って来ており、事業目的で行われているのが殆ど。企業文化の違いや摩擦等から、敵対的買収は失敗に終わるケースが多いからだと見られるが、投機目的が鳴りを潜めた事は注目に値するだろう。
バブル崩壊後の株式市場は、金融機関による持ち合い解消が進む一方、外国人投資家の保有株比率が向上。株式の流動性が高まり、企業が売り買いされるのは当たり前との認識が浸透した。そこに企業法制の整備が進んだ事から、今後M&Aは増加の一途を辿ると考えられる。硬直化した産業構造に変革をもたらし、日本経済発展の一翼を担うものと期待されている。
経済を活性化するツールとして注目
そもそも、現在のM&Aは本来の目的である新規事業、シナジー効果によるコストの削減、既存事業の強化等を目的に行われるが、合併・買収が成立した段階では決してゴールではない。その後、これらの目的が達成出来たかどうかが、成功か失敗かを決める基準となり、結果は後日分かるものである。友好的か敵対的かは関係無く、最終的に企業価値が向上したかどうかがシビアに判断される事になる。
M&Aの成否はマーケットの状況、環境の変化等に左右されるが、そうした先読みが的確か否かで経営者の判断力が問われる。成功した例としては、日本でM&Aを多く成功させた企業としてソフトバンクグループとニデック(旧日本電産)を挙げる事が出来る。この2社は、失敗も有ったものの、M&Aを積極的に行う事で巨大企業に成長した。
一方失敗した場合、投資額が大きい程経営を傾かせるリスクが有るのがM&Aの怖いところでもある。代表的な例としては、バブル期、三菱地所は約2200億円でマンハッタンのロックフェラーセンターを買収。しかし不動産市場の冷え込みにより時価が暴落し、最終的には物件の大半をアメリカに売り戻して、1500億円の損失を計上した。これは海外M&Aの失敗例として今も語り継がれている。近年では、東芝が原子力事業強化の為にウエスチングハウスを買収。しかし東日本大震災を切っ掛けに世界的に脱原発の流れが加速した事でウエスチングハウスが破綻。東芝はのれん代3300億円を計上した内、2600億円もの損失が発生 。最終的に、2017年3月期に国内製造業では過去最大となる9656億円の赤字を計上し、そこから債務超過に転落した。主要事業であるメモリー事業の売却を余儀なくされただけでなく、上場廃止に迄追い込まれた 事は記憶に新しい。
海外企業の買収はグローバル化が進展する中で成長のカギを握るのは確かである。だが、一説によると、日本企業が海外で行う買収は、8〜9割は失敗に終わるという。国内のM&Aであれば、約半数が成功するとされるだけに、この違いを忘れてはならない。海外企業の買収は為替リスクが伴う上に、文化、風土の違いも失敗する要因としてカウントされる。
その点で行くと、日本製鉄が米USスチールに対して140億ドル(約2兆2000億円)で買収を提案したのは、数字を見るだけでかなりリスキーと言わざるを得ない。投資に見合うだけの成果が本当に得られるのか。但し、トランプ大統領は「誰もUSスチールの株式の過半数を取得出来ない」と発言。「買収はNOだが、投資ならOK」と言った事でも事実上、買収が難しくなった。ここで日鉄が撤退するのが吉なのか凶なのかは依然不透明だ。
ホンダと日産自動車の経営統合は頓挫したものの、大型合併の案件は今後も増える可能性が高い。更に、中居氏問題で揺れるフジテレビの親会社であるフジ・メディア・ホールディングスも、ライブドアによる買収騒動があった過去の経緯から様々な思惑が浮上している。海外M&Aは失敗のリスクは大きいものの、先述した様に、国内に於いては法制面等の環境整備が整っているだけに、日本経済を活性化させるツールとして今後益々注目を集めそうだ。
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