
少子高齢化や働き手不足が進み、将来の社会保障制度の在り方が問われている。特に高齢者への医療と福祉は喫緊の課題だ。そうした課題に長年取り組んで来た1人に、厚生労働省で医療制度改革に取り組み、在宅医療に詳しい元厚労事務次官の辻哲夫氏がいる。本誌は2014年5月号で、当時、東京大学高齢社会総合研究機構特任教授だった辻氏に、超高齢社会を乗り切る為の医療と介護の在り方を聞いた。それから10年余り、現在、一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会理事長の辻氏に、改めて医療・介護の連携強化や要介護にならない為のフレイル予防の推進、住民主体の支え合いの重要性等について話を聞いた。
——1971年に厚生省(当時)に入省後、一貫して高齢者福祉の問題に取り組まれました。その後、厚生労働省では医療制度改革を手掛けられました。
辻 厚労省在職中の最後の時期でしたが、最も印象的な仕事でした。課題は医療費適正化で、健康状態の改善や入院期間を短縮により適正化を目指しました。この時の施策の目玉は生活習慣病予防対策で、特定健診・特定保健指導の制度を導入し、病気予防を進めました。ただ、健診や指導はあくまで2次予防であり、病気のリスクを低減して地域全体を元気にするという1次予防の取り組みが不十分だったとの反省も有ります。入院期間の短縮に向けては、在宅医療の推進を掲げました。入院か外来かの2択ではなく、生活の場で自分らしく生きる為、在宅医療で生活を支えるとの考え方です。この思想は地域包括ケアシステムに繋がり、今の政策にも受け継がれています。
——地域包括ケアシステムの現状と今後の展開については、どう考えていますか。
辻 地域包括ケアが国の施策として定義されたのは2014年の医療介護総合確保推進法で、目標年次は25年とされていました。団塊の世代が75歳を迎える今年が、正にその年に当たります。平均的な日本人は75歳を機に老いを自覚し始める。そして、85歳になると要介護認定を受ける人がかなり増えます。待った無しで、この10年の間に医療政策と介護政策の一体改革を進めて行かなければなりません。
——改革に向けた課題点は。
辻 地域包括ケアシステムを含めた国の総合改革は、優れたものです。ただ、地域によって事情が違う事を強調するあまり、具合的なイメージが分かり難かった様に思います。確かに、都市部では高齢人口の増加が、地方では高齢化と共に人口の減少が課題です。そうした中で、医療、介護、介護予防、生活支援、住まいの5つの要素を、地域の中でどう実現するかのモデルを提示しないと、自治体はどの様に取り組めば良いのか分からない。そこで私は都市部のモデルを明らかにする為に、東京大学高齢社会総合研究機構と千葉県柏市、UR都市機構が連携して10年から実施した、豊四季台地域での「柏プロジェクト」に取り組みました。豊四季台地域は人口3万人弱で、確か中学校が2つ有ります。高度経済成長で人口が増え続け、そのまま高齢化した大都市のベッドタウンの典型的な地域です。そこで、医療介護の連携を始めとする地域包括ケアシステムの姿をモデル的に可視化しました。
——どの様な成果を得られたのでしょう。
辻 老いた時に「出来る限り自宅で過ごしたい」という希望にどう応えるかが、地域包括ケアの最大の命題です。しかし、多くの人は「家族に迷惑を掛ける」「医療上の不安が有る」といった理由で、自宅で暮らすのは難しいと考えています。だからこそ、訪問介護や訪問診療をセットにして充実させなければ、本当の地域包括ケアにはなりません。そこで柏市では、医師会と市役所が医療と介護が連携するモデルを作り上げました。又、安心して生活出来る住まいが必要だとして、団地内にサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を誘致しました。サ高住の1階には24時間対応の看護介護サービスの事業所も誘致し、それらは周辺にも及び、地域が1つの施設の様な役割を果たす様になります。これは、新潟で地域包括ケアを実践していた故・小山剛氏が生前説かれていた事ですが、入院したり入所したりしているのと同じ様にサービスを受けながら住まいで生活出来る事が、高齢者ケアの理想です。柏プロジェクトも小山氏の意見を聞きながら取り組み、そうした理想のモデルの1つを示せたと思います。
プレフレイルからの対策が重要
——要介護にならない為の取り組みも必要です。
辻 加齢によって様々な機能が衰え、要介護になる手前の状態を「フレイル」と呼びます。そして、歩く速度が落ちた、疲れ易くなった、筋力が低下した等、身体機能が衰え始めた状態は「プレフレイル」と呼ばれ、最近の研究ではこの段階から対策する事の重要性が強調されています。フレイルもプレフレイルも病気ではありませんが、症状が進み、一度要介護の状態になると、一般的には元には戻れません。自分自身で意識して社会と関わる、しっかり食べる等の状態を出来るだけ保ち、老いを遅らせる事が大切です。その為にも、フレイルやプレフレイルの定義を明確にして、そこに至る迄の段階でどの様に対応すればよいのかを広く啓発する必要が有ります。
——効果的に啓発する方法は有るのですか。
辻 東京大学の飯島勝矢教授の研究で、ボランティアの活動が有効だと分かりました。例えば、地域で住民が主体になってフレイルに関し質問測定等をやって学び合う。そうすると、住民同士で和気藹々と助け合い、フレイル予防の問題を自分事化して行きます。又、その後にアンケートを採ると、2割位の人が自分もボランティアになって、地域の人達にこの事を教えたいと言う。つまり、専門職ではない住民の中に、自分達で問題点を見つけて改善しようという意識が芽生えるのです。柏市の取り組みでは、こうした意識の変容の手法が重要なポイントである事が分かり全国に発信しました。ここで重要なのは、住民同士で励まし合う事です。専門家や自治体は一歩後ろに引いて、ボランティアの活動を支援する。これこそが自治体の役割だとも気付きました。
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