
本当に怖いのは障害者よりも健常者
2024年12月、北九州市内のマクドナルドで中学生の客2人が刺され、うち1人が死亡した。犯人は逃走したが、5日後、現場近くに住む43歳の男が逮捕された。
この逮捕までの間、警察が店内の防犯カメラ映像などを公開しなかったため、メディアやSNSでは突飛な憶測が飛び交った。特に目立ったのが、「犯人は精神障害者だから映像を公開できないのでは」というものだった。憶測はさらに暴走し、犯人が捕まる前から「精神障害者は人を殺しても無罪になる。許せない」という見当違いの決めつけが飛び交った。
普段は良識ある発言をしているYouTubeのインフルエンサーたちも、このような妄言の拡散に一役買った。中学生を標的にした卑劣な犯行に憤る気持ちは分かるが、怒りの矛先を精神障害者に向ける行為も卑劣であることを、ぜひ自覚していただきたい。
言うまでもないことだが、精神疾患は犯罪を無かったことにする免罪符ではない。精神疾患があろうがなかろうが、犯罪に走れば逮捕され、裁かれ、有罪になる。例えば、窃盗症(クレプトマニア)という精神疾患を患っていても、万引きを大目に見てもらえるわけではない。常習者には収監だけでなく、専門病院での治療の機会が与えられることもあるが、回復しても前科は消えない。
精神障害者の犯罪が無罪になるのは、病状の著しい悪化によって、犯行時は心神喪失に陥っていたと裁判所が認めた場合だが、こうしたケースは極めて少ない。犯罪白書の統計によると、2022年には刑事事件の一審で20万人を超える裁判確定人員があったが、心神喪失を理由に無罪になったのはわずか4人だった。
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この傾向は毎年同様で、遡っても4人(21年)、5人(20年)、2人(19年)、6人(18年と17年)、5人(16年)、4人(15年)、5人(14年)、6人(13年)となっている。また、検察段階でも心神喪失を理由に不起訴になる人の割合は0・3%未満(22年)に過ぎないことを、精神科問題に詳しい弁護士の池原毅和さんが指摘している。ところが、こうしたレアケースを無責任なメディアが雑に報じるので、「やはり無罪になる」というイメージが大衆に刷り込まれていく。
そもそも、精神障害者はそれ以外の人たちよりも犯罪に走りにくいことがデータで示されている。精神疾患で治療中の人は現在614万人と推計されており、日本の人口の約5%にあたる。これに対して、22年に刑法犯で検挙された人のうち、精神障害者の割合は0・8%に過ぎない。精神障害者ではない人たち(いわゆる健常者)の方が、よっぽど危ないのだ。
だが、こうした知識はなぜか広まらない。筆者は昨年、精神障害者向けグループホームの建設や運営に反対する地域を取材し、複数の週刊誌に長文の原稿を書いた。反対運動が盛り上がる地域では、それ以前から地域内に何らかの軋轢があり、その憂さ晴らしをするかのようにグループホームに牙をむく傾向がみられる。
住民集会では「精神障害者は無罪になるから殺され損だ」「安全を100%保証しなければ作らせない」「精神障害者が住むと地価が下がる」など、あまりにも無知で人間として恥ずかしい発言が次々と飛び出てくる。こうした地域を眺めながら「本当に危ないのは健常者なのだ」と身にしみて感じ、暗澹とする昨今である。
ジャーナリスト:佐藤 光展
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