![2025年の年金制度改革の厚労省案出揃う](https://www.medical-confidential.com/wp-content/uploads/2021/09/politics.jpg)
「マクロ経済スライド」早期終了案に隠された都合の悪い事
2025年の年金制度改革に向け、厚生労働省案が出揃った。最大の課題は基礎年金の底上げで、25年の通常国会に提出する法案に盛り込むべく同省が示したのは、現行の給付カットの仕組み「マクロ経済スライド」の早期終了案だ。只、近く受給を始める人は年金減額を迫られる。実現の前には将来2・6兆円もの国庫負担が必要という高いハードルも待ち受けている。
日本の公的年金は2階建て。20〜59歳の人全員が加入する基礎年金(国民年金)が1階部分に例えられ、2階部分には会社員や公務員が入る厚生年金の報酬比例部分が乗っかっている。急速に進む少子高齢化の下、受給者は増える一方なのに支え手の現役世代は減少の一途。この為年金は1、2階とも将来に渡って削減される事が決まっている。その役目を果たしているのが、給付の伸びを物価や賃金の伸びより低くして年金の実質価値を下げるマクロ経済スライドだ。04年の年金改革で導入された。
厚労省は24年7月、4つの経済前提毎に今後の年金財政の健全度をチェックした検証結果を公表した。内、過去30年の実績を投影させたケース(実質経済成長率マイナス0・1%)で見ると、マクロ経済スライドによる年金カットは後33年、57年度まで続ける必要が有る。この影響でモデル世帯(厚生年金40年加入の夫と専業主婦)の給付水準(現役世代の平均的な手取り収入に対する年金額の割合、24年度は61・2%)は同スライド終了の57年度に50・4%で下げ止まるものの、水準は今より2割低下する。
但し、厚生年金の報酬比例部分の同スライドは26年度に終わり、給付水準はほぼ今と変わらない。比較的財政が健全な厚生年金の場合、後2年の給付カットで財政が安定するからだ。問題は基礎年金︎(国民年金)に有る。保険料を払えない無職や非正規雇用の人が増えた事で財政が逼迫し、57年度まで給付を下げ続けないと破綻する。57年度に給付水準は今より3割下がり、基礎年金だけの人、報酬比例部分が少なく基礎年金の割合が大きい低収入の人程、削減の影響は大きくなる。このままでは、低収入の人の老後の暮らしが成り立たなくなる。そこで厚労省が捻り出したのが、基礎年金の同スライド期間を短縮する案だ。元々、厚生年金加入者の保険料は一部を基礎年金に回している。この拠出額を増やす事で基礎年金の同スライド期間を21年短縮し、36年度で終了させる。これにより3割だった筈の給付カットは1割で済み、50・4%まで下がる予定の給付水準を56・2%迄向上出来るという。
もっとも、厚生年金の報酬比例部分は拠出が増える分、財政も傷む。この為、同スライド期間を10年延長し、終了時期を基礎年金と同じ36年度に揃える。持ち出しが増す以上、当然報酬比例部分の給付水準は下がる。が、それでも給付全体が減るのは年収1110万円超の高所得層に限られるという。厚生年金加入者は基礎年金も受給しており、基礎年金の底上げ分が報酬比例部分の減額幅を上回る為だ。
とは言え、良い事尽くめではない。基礎年金の底上げ効果が十分生じる40年度より前に受給を始める厚生年金加入者は、26年度で終わる筈だった報酬比例部分の削減が長引く影響を強く受け、トータルの年金が減ってしまう。
「2階部分を削って、そのお金を将来の基礎年金に充当する案について、99・9%の受給者は年金が増えると報道されているが、(厚労省は)重要な事を隠している。悪い事は言わずに突破するみたいな話だと逆効果になる」。24年12月10日の衆院予算委員会。立憲民主党の長妻昭元厚労相は基礎年金のマクロ経済スライド期間を短縮する案について、居並ぶ閣僚らを責め立てた。
厚労省が渋々出した試算(過去30年の経済の実績を投影したケース)によると、マクロ経済スライド期間を36年度終了で統一した場合、24年度から厚生年金を受給し始めるモデル世帯の生涯受給額は5936万円と今より31万円減る。新規受給者の減り幅は年々広がり、35年度に受給を始める世帯は月に約7000円の減という。基礎年金底上げの恩恵を受けるのは40年度以降に受給を始める世帯で、生涯受給額は6418万円と現状より451万円増える。
つまり40年度迄に亡くなる大半の受給者は年金が減る。この点について、厚労省の中堅幹部は「敢えて説明していなかった」と苦笑いしながらも、「24年度の給付水準はマクロ経済スライド導入時の想定より2割高止まりしたままだ。今の受給者は貰い過ぎなのでプラスマイナスゼロ」と開き直っている。
税の負担増が付いて回るのが課題の厚労省案
基礎年金のマクロ経済スライド期間を短縮する給付底上げ案は、他にも大きな課題が残る。基礎年金財源の2分の1は国庫負担で、底上げすればその分、税負担も増える点だ。38年度は2000億円の追加で賄えるものの、57年度には新たに2・5兆円もの巨額財源が必要となる。国民の負担増への忌避感も強い。「消費税増税しかない」(厚労省幹部)案を有権者が受け入れるかは不透明だ。
自民党の年金委員会は12月18日、基礎年金の底上げ案について「経済が好調に推移しないリスクシナリオの備え」と位置付ける提言をした。追加の国庫負担は経済が好転しない場合のみ、という条件を突き付けたのだ。厚労省は国庫負担を投入しないなら、40年度以降の受給開始でも現役時代の年収が650万円超なら年金が減るとしている。全体の給付水準も4%程度低下する。
厚労省は基礎年金の底上げ策として、今の40年間の加入期間(20〜59歳)を5年延ばして65歳になる迄の45年間とする案も用意していた。年金局にすれば「平均寿命の延びを踏まえ、元気な人には長く働いて保険料を払って貰う王道の案」(幹部)だった。ところが、非正規雇用者ら定額の保険料(月額約1万7000円)を払う人達にとっては、加入期間が60カ月延びる事で100万円程負担が増える。ネット上では政府の審議会等で本格的な議論に入る前から批判が飛び交い、厚労省も案を引っ込めざるを得なくなった。マクロ経済スライド期間の短縮案のみならず、基礎年金の底上げを図る以上45年化案とて税の負担増は付いて回る。増税の壁は避けて通れない。又、基礎年金の底上げは当然富裕層も対象となる。自民党の中には「老後が安泰な人にも一律で税をばらまくのか。貧困対策は年金制度以外の枠組みでやるべきだ」(若手議員)との批判も燻る。
25年の年金改革案には、制度全体の給付改善策も盛り込まれている。パート等より多くの人に厚生年金への加入を求め、将来の受給額を増やして貰う案だ。今は「従業員51人以上の企業」「月額賃金8万8000円以上」等の加入要件を設けているが、こうした要件を廃し、学生らを除いて週20時間以上働く人は皆厚生年金に加入させる事を想定している。最低賃金の上昇も有り、保険料負担で手取りが減らない様、「年収の壁」を意識して労働時間を抑えるパート等は増えている。これが労働力不足を招き、多くの業種が頭を抱えている。以前は労使折半の保険料負担を嫌って厚生年金の適用拡大に反対していた事業主等も余り騒がなくなった。主要な改革案の中では最も実現可能性が高いと見られている。
この他の改革案には、高齢者の働き控えを防ぐ案として、「在職老齢年金制度」を縮小する案も並んでいる。現在は給与と厚生年金の合計額が月50万円を超すと、受け取る年金額がカットされる。この基準額を62万円に引き上げ、より多くの高齢者に働いて貰う事を意図している。
女性の社会進出を踏まえ、配偶者が亡くなった時に受け取る遺族年金も、女性に手厚い仕組みを見直す。男女とも20〜50歳代で子がいなければ給付期間を原則5年で統一する。現在は30歳以上の女性は生涯受給出来るのに対し、55歳未満の男性には受給権が無い。
更に年金財政の安定化に向け、年収798万円以上の人の厚生年金保険料をアップする案も有る。今は保険料の算出に使う標準報酬月額(見做しの賃金)が65万円以上なら幾ら稼いでいても保険料は同額だ。この上限額を引き上げ、所得の高い人にはより多くの保険料を求める様にする。
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