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未来の会

美容外科の破綻が増加、直美も経営悪化の要因に

美容外科の破綻が増加、直美も経営悪化の要因に

自由診療の落とし穴「前受金経営」が抱えるリスク

デフレ脱却、株価上昇と景気上向きのサインが目立つ中で、医療機関の倒産が増えている。地方に於いては人口減少がその一因と言えるが、労働人口の減少に伴う医師や医療従事者の不足の影響も大きい。そうした中、昨今美容外科クリニックの破綻が目立つ。これらの経営悪化には、若手医師が臨床研修を経ていきなり美容医療に従事する「直美(ちょくび)」の問題も絡んでおり、先行き社会問題として深刻化する可能性も否定出来ない。増加の一途を辿る美容外科の倒産と「直美」の問題を合わせて検証してみる。

医療機関の経営破綻が史上最高に

2024年には日経平均株価が34年振りに過去最高値を更新し、好決算の企業が多くなっている等、景気の上向きが示唆されている。ところが、そうした中にあっても医療機関の苦戦は目立ち、倒産するところが増えている状況だ。

帝国データバンクの調査によると、2024年は1〜8月の期間で、医療機関(病院・診療所・歯科医院)の倒産は病院4件、診療所20件、歯科医院22件の計46件発生した。24年8月の段階で23年の41件を上回った他、進捗率からすると過去最多の52件(09年)のペースを上回って推移している。

中には、経営者が高齢化する中での後継者難に遭い、事業継続が困難となるケースも見受けられるが、経営危機に陥る切っ掛けはそれだけではない。SNSや地図アプリのレビュー機能等で「腕の良し悪し」が口コミで広がり、流行る病院、流行らない病院の格差が生じるケースも以前に比べて増えている。昔でいう「ヤブ医者」の誹りが病院経営を悪化させる要因になっているのだ。

前出の統計をまとめた帝国データバンクでも、患者が病院と所属医師の技量を見極める医療機関の選別意識が高まっている事を、病院倒産増加の理由の1つに挙げていた。そして、これを主な理由として倒産した例が多いのが美容外科クリニックである。

美容関連の収益環境そのものは、競争激化も伴って厳しさを増しており、東京商工リサーチの調査によると、脱毛サロンなどエステティック業界の倒産は24年1〜11月迄の期間に99件に達し、年間過去最多だった88件を1カ月残す段階で上回った。統計上、こうしたエステティック業の倒産に美容医療は含まれないが、直近の12月10日には医療脱毛サロン「アリシアクリニック」運営会社の医療法人社団美実会、一般社団法人八桜会の2社が破産開始を決定した事が医療関係者の間でも衝撃を広げた。

「アリシアクリニック」は10年1月創業、自由診療の全身医療脱毛・医療レーザー脱毛等を全国で運営、ピーク時の21年4月期には売上高約163億1500万円を計上していた。テレビCM等でお馴染みとなっており、順調に成長している様に見えたが、内情は厳しい状態が続いていたという。

多額の前払金を集めて運転資金に充てる手法で事業を拡大して来たが、これは実質的な自転車操業であり、契約数が鈍化すると広告費、固定費が負担増となって、やがては前払金の返金不能という事態に陥る。「アリシアクリニック」以外で倒産した美容外科クリニックでも、同様の運営モデルを取っている法人が大半であった事から、多額の前金商法が社会問題化。その代表例として、高額な費用をローンで組む美容医療が矢面に立たされているのである。

前受金に頼る経営手法が大きな問題に

前受金ビジネスは、顧客の増加が続く限り、前受金を元手に積極的に事業拡大を進める事が出来る、経営者にとっては、言わば打ち出の小槌の様な有り難い商法だ。しかし、一旦資金の流れが止まると、一気に手元資金が逼迫する事態になり兼ねない。又、患者側から見ても、深刻な事態が懸念される。

経営が破綻した場合、当然、その後に予定されていた未消化の施術を受ける事は出来なくなる。それだけでなく、例えば5回分の金額を前払いして初回のみの施術で倒産した場合、残り4回分の前払金が返金される可能性は極めて低く、多くの患者が金銭的な損失を抱える事になる。そしてその金額は、通院予定期間が長くなればなる程膨らむ。仮に破綻せずとも、顧客が転勤、出産等で通院出来なくなる等、契約期間内で施術が完了しなかった場合、前受金を運転資金として当て込んでいるという構造上、返金が限定的となるリスクさえ有る。

自由診療では、独自に高額な料金を設定出来る一方、ライバルから抜きん出て顧客を獲得する為には、広告宣伝費もそれなりに投入しなければならない。見た目の景気の良さにはそれなりの理由がある訳で、「自由」に伴う制約を無視していると、いつ足を掬われないとも限らないのだ。

「直美」の増加が経営悪化を招く可能性も
患者の怒りの声が厚労省を動かす。勝ち組と負け組が明確に

一方、前受金の経営形態と共に美容外科クリニックの苦境に関連して、医療界で大きな問題になっているのが「直美(ちょくび)」と言われる現象だ。初期研修を修了したばかりの若手医師が、形成外科など他科での研鑽を一切積まずに直接美容外科医となるケースは年々増えており、これが医師の偏在に拍車を掛けていると見る医療関係者も少なくない。そして、更に深刻なのがその「質」の問題だ。単純に「数」が増えれば、「質」の担保は難しくなる。これは美容医療の世界でも同様と見え、例えば最近では、グアムでの解剖研修に参加した女性医師が、解剖室と見られる場所等で撮影した動画や写真をSNSに公開、これが倫理に反する行為と物議を醸した事も注目された。真摯に美容医療に向き合う医師も数多くいる筈の中で、悪目立ちしてしまった格好だ。厚生労働省が22年にまとめた統計によると、20〜30代の美容外科の医療施設で働く医師は659人で、10年前の約4倍になった。年齢的に、これらの多くは直美と見て間違いないだろう。

高額所得者のイメージが強い医師も、研修段階では過酷な勤務ながら低収入となるのが一般的だ。これはどんな職業であってもそうで、見習いの段階で高給を支払う事は殆どない。ところが直美は、美容クリニックの大半が自由診療である為、経験の浅い医師でも高額収入が保証され易く、しかも研修医につきものの雑務の量も極めて少ない事から、ラクに高収入を得たいという若手医師が後を絶たないのだ。業界関係者によると、直美の場合、いきなり数千万円の年収を得られるケースもあるそうだ。実際、求人サイトの美容外科の医師募集で条件を見ると、相場は時給7000円〜1万円。急募案件では1回10万円以上になる事もあるそうだ。時給1万円で1日8時間、月20日間働くとして、アルバイトでも年収2000万円近くになる計算だ。同年代の研修医でこれだけ稼げる人はほぼいないだろう。しかも、宿日直無し、労働時間もブラックのそれではないであろう事を踏まえると、直美に流れる若手が多いのも分かる。しかし、医師の世界での名誉は得られない現実に直面する。

又、世はSNSの時代である。経験の浅さから来る技量の違い等は、今の時代、瞬く間に口コミで広がり、そのまま流行るクリニック、流行らないクリニックの二極化を引き起こす。深刻な施術トラブルから国民生活センターへ相談が持ち込まれる件数も年々増えており、元は自らの技量の乏しさが引き起こすとはいえ、直美医師の進んだ先に明るい未来が待っているとは限らないのである。

厚労省は、24年10月18日に「美容医療の適切な実施に関する検討会」を開き、美容医療を行う病院やクリニックは、安全管理措置等の実施状況を年に1回、自治体に定期報告する事を義務付ける案を示した。波乱含みとはいえ、活況を呈する美容医療業界が健全な市場に育つかどうか、現場は岐路に立たされている。

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