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感染症の脅威に多角的な視点で対応
~人と人の繋がりが感染症の「最強のワクチン」に~

感染症の脅威に多角的な視点で対応 ~人と人の繋がりが感染症の「最強のワクチン」に~
賀来 満夫(かく・みつお1953年大分県生まれ。81年長崎大学医学部医学科卒業。86年ケニア中央医学研究所。87年長崎大学医学部第2内科学教室。89年自治医科大学呼吸器内科学教室講師。90年長崎大学医学部附属病院(現・長崎大学病院)検査部講師。95年聖マリアンナ医科大学微生物学教室助教授。99年東北大学大学院医学系研究科感染制御・検査診断学分野教授。2015年同大学大学院総合感染症学分野教授。19年同大学名誉教授、19年東北医科薬科大学医学部感染症学教室特任教授(24年同大学名誉教授)。20年東京都参与、21年一般財団法人ジャパンワンヘルスネットワーク財団代表理事、22年東京iCDC所長、24年聖マリアンナ医科大学感染症学講座特任教授(いずれも現職)。日本環境感染学会元理事長(15〜19年)、日本臨床微生物学会元理事長(14〜17年)。感染症学・感染制御学の第一人者として、感染症に強い社会作りを目指し活動している。

新型コロナウイルス感染症の第2波が猛威を振るっていた2020年10月1日、東京都の感染対策の司令塔として東京iCDC(東京感染症対策センター)が発足した。多領域の専門家が参加し、各専門領域からのエビデンスや提言を発信し、東京都の政策に繋げられて来た。今年の4月には日本版CDC「国立健康危機管理研究機構(JIHS:ジース)」が設立され、両機関の連携による感染危機管理の強化が期待される。東京iCDCの賀来満夫所長に、コロナ禍の振り返りと新たな感染症に対応する為の対策について話を伺った。


——医師を志した切っ掛けと、感染症を専門に選ばれた理由をお聞かせ下さい。

賀来 実家が薬局を経営しており、日常的に医療・医薬に慣れ親しんでいた事と、動物が好きだった事です。小学校の卒業アルバムには「将来は動物学者になりたい」と書く程でした。多くの動物が生息しているアフリカへと関心が広がり、シュバイツァー博士や野口英世博士が現地で感染症と闘って来た歴史を知り、私も同じ道を歩みたいと考える様になりました。大学院では臨床微生物学を専攻し、卒業後はアフリカのケニア中央医学研究所で感染症の研究・支援に取り組みました。小児の腸管フローラに関する研究を行い、生体内での微生物のバランスが取れていると感染症に罹り難いという新たな知見を得る事が出来ました。当時、ケニアでは史上最悪のコレラのアウトブレイクが起こっていました。私自身もマラリアに感染し、40度近く迄熱が上がり、脱水症状を起こして危険な状態になりましたが、抗マラリア薬が奏功して救われました。この時に感染症の怖さと抗微生物薬によって治癒出来る医学・薬学の素晴らしさを体感した事が、後に感染症を予防・制御する為の研究に従事する切っ掛けとなりました。

東京都の感染対策の司令塔を担う常設組織

——東京都の参与、東京iCDCの所長として、都知事を補佐する役割を担われています。東京iCDCの設立の経緯についてお教え下さい。

賀来 これは小池百合子都知事の公約で掲げられた「東京版CDCの創設」に基づくもので、2020年の7月の再選から検討を経て僅か3カ月で東京iCDCとして発足しました。新型コロナウイルス感染拡大の真っ只中で、この100年に1度とも言うべき危機に対応して行く為には、感染症に関わる多くの専門家の力を結集する事が不可欠でした。そこで、都の感染症対策全般の「司令塔」としての役割を担う東京iCDCを設立し、エビデンスや最新の科学的知見に基づく提言を行う「専門家ボード」を設置する事になりました。更には、外部機関との連携による各種タスクフォースも立ち上げられました。私自身は、設立当初は専門家ボードの座長として就任し、22年に健康危機管理体制を強化する為に所長に任命されました。

——東京iCDCにはどの様な特長が有りますか。

賀来 東京iCDCは外部専門家が参加する東京都の常設の組織として設立された事が最大の特徴であり、その意味でも画期的な組織と言えます。世界的に見ても、世界保健機関(WHO)や米国疾病予防管理センター(CDC)、英国健康安全保障庁(UKHSA)、欧州疾病予防管理センター(ECDC)等、世界レベルや国家レベルの感染症危機管理専門機関は在りますが、東京の様な自治体レベルでの常設の組織は極めて珍しく、感染症危機管理の地域モデルとして注目されています。

——専門家ボードについて伺います。

賀来 専門家ボードは「疫学・公衆衛生」「感染症診療」「検査・診断」「リスクコミュニケーション」の4チームからスタートし、後に「感染制御」「微生物解析」「研究開発」「人材育成」「情報マネジメント」のチームが加わり、現在は9領域80名近い専門家(特定の事項の検討を行うタスクフォース含む)で構成されています。コロナ禍では、疫学・公衆衛生チームは夜間に繁華街に滞留する人口の推移をGPSを用いてモニタリングし、新型コロナウイルスの新規陽性者数のトレンドとの関連を明らかにしました。リスクコミュニケーションチームでは、都民を対象とする1万人規模のアンケート調査を複数回に亘り実施しました。感染制御チームは自宅療養者向けのハンドブックや都民向けの感染対策・感染予防に関するハンドブック、高齢者施設等の職員に正しい感染対策を啓発する感染対策事例集等を作成し、都民への情報発信を行いました。微生物解析チームはゲノム解析タスクフォースと協同し、ゲノム解析や早期に変異を特定する為の独自の変異株PCR検査を実施しました。各領域の専門家がバーチャルネットワークで結ばれ、一致協力して新型コロナウイルスのパンデミックに対応して来ました。

——小池都知事との協議で、印象深いエピソードは?

賀来 専門家の意見を常に尊重されていた事が印象的でした。科学的な事実や最新情報をしっかりと把握され、専門家の意見を取り入れた上で行政対応を行われていました。これは私だけの意見ではなく、全ての専門家が一様に評価をしていました。特に東京iCDCと小池都知事との間で、危機管理の根幹となるリスクアセスメントとリスクマネジメントを両立させながら、東京都の新型コロナウイルスへの取り組みが推進された事は非常に大きな意味が有ったと思います。

——今後注力されて行く取り組みをお聞かせ下さい。

賀来 これ迄は新型コロナウイルスのパンデミックという有事下でしたが、現在は平時としての活動を進めています。注力する取り組みとして、大きく3つの柱を考えています。1つ目はインテリジェンス機能の強化です。保健所や健康安全研究センター、都立病院機構、今後設立されるJIHS等との連携により調査・分析、情報管理機能を高めると共に、WHOや米国CDC、ECDCとも連携し、人的・組織的ネットワークの充実を図ります。2つ目は東京都の感染症対策の支援強化です。対象を新型コロナウイルスから感染症全般へと拡大し、動物由来感染症や薬剤耐性菌感染症等の予防・探知・治療等の対策の強化、感染症医療人材の確保・育成を推進し、感染症専門医や公衆衛生医師の育成を支援して行きます。3つ目は社会全体の感染症への対応力向上です。更に、東京都の感染症予防計画に基づく様々な施策への助言と共に、都民への啓発活動も実施して行く予定です。

日本版CDCの設立によって国の危機管理の強化へ

——コロナ禍を振り返り、日本政府の初動やその後の対応をどの様に評価されていますか?

賀来 新型コロナウイルス感染症は100年に1度とも言われる新興感染症であり、その対応は正に「海図無き航海に出る」状態であったと思います。特にダイヤモンド・プリンセス号での大規模なクラスターへの対応では極めて困難な対応を迫られました。その中で、災害派遣医療チーム(DMAT)や災害時感染制御支援チーム(DICT)等の協力により、トリアージ、患者の医療機関への搬送が行われ、沈静化に漕ぎつけた事は各国からも評価を頂いているところです。しかし、複雑な構造を有する船上等のクラスター対応については、課題を残す事になりました。

——諸外国の政府と比較して、日本政府の感染危機管理の遅れが指摘されて来ました。

賀来 世界的には、WHOや米国CDC、ECDCを中心に活発な活動が繰り広げられ、感染症危機管理のシステム化が推進されています。これは感染症の発生が医療のみの問題ではなく、国の社会システムや経済にも極めて大きな影響を与えるという認識がなされているからに他なりません。これに対し、我が国では感染症危機管理のシステム化や組織化がやや立ち遅れ、パンデミックの発生によって、それが明らかになりました。日本は島国という事もあり、近年、病原性の高い感染症の流行に見舞われる機会が少なく、危機意識が比較的薄かった事も一因としてあるのだと思います。しかしながら、WHOが1996年に「我々は今や地球規模で感染症による危機に瀕している。最早どの国も安全ではない」と警告を発した様に、人々の交流や交通の発達により、感染症は一気に世界中に広まりパンデミックを引き起こす事を身を以て知る事になりました。

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