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利用率低迷から抜け出せないマイナ保険証

利用率低迷から抜け出せないマイナ保険証
厚労官僚から聞こえる河野前デジタル大臣への恨み節

マイナ保険証の利用を促進する為、2024年12月2日から従来の健康保険証の新規発行が停止となった。引き続き紙やプラスチック製の健康保険証は窓口で利用出来るとは言え、昨年10月時点の利用率は15・67%に低迷している。低迷している要因を探ると意外な事実が浮き彫りになって来た。

 24年10月末時点でマイナンバーカードを保有しているのは9449万人で、全国民の75・7%を占める。マイナ保険証を登録しているのは7747万人で、マイナカード保有者の82%を占める。一方で、マイナ保険証の利用率となると15・67%に留まってい︎る。マイナ保険証の旗振り役である厚労省職員の一部から「マイナ保険証はメリットが無いので使わない」というぼやきが上がる程だ。

 利用率が低迷している要因の1つに挙げられるのが、そもそも国民の間にマイナ保険証に対する不信感が有るというものだ。その根底に有るのが、別人の情報が誤って登録されるトラブルが全国で相次いだ記憶だ。その記憶が覚めやらぬ内に、窓口でもトラブルが生じている。

 開業医ら約10万7000人で構成する「全国保険医団体連合会(保団連)」が定期的に全国の医療機関を対象にトラブル調査を実施しており、10月の最終調査結果が詳細を伝えている。調査は8〜9月に実施し、全国約6万7000の医療機関の内、1万2735件が回答した。

 調査結果によれば、トラブルに見舞われた医療機関は8929施設に上った。カードの読み取り機でマイナ保険証を読み込めず、窓口で患者に一旦10割負担を求めたケースは857医療機関で1241件も有ったという。

 トラブルの内訳としては、氏名や住所の漢字が「●」と表示されたのが最も多く、67・4%を占めた。転職や引っ越し等で住所等の情報が更新されず、「無効」と表示されるトラブルも47・8%に上った。こうしたトラブルが以前の誤登録と相俟って、不信感を増幅させている可能性が有る。

医療機関側もマイナ保険証にそっぽを向く

 医療機関側に協力する気運も乏しい。日本医師会は基本的にマイナ保険証を推進する立場だが、先程調査結果を紹介した保団連は反対姿勢を崩さない。日本歯科医師会の高橋英登会長も基本的に方針には賛同しつつも、23年11月の毎日新聞のインタビューに「患者がマイナ保険証のメリットを感じていない」と苦言を呈す等、医療界も一枚岩ではない。

 カードリーダーを設置した全国の医療機関には、厚生労働省からマイナ保険証の利用を促したり、メリットを記載したりしたポスターやチラシが届くが、必ずしも全ての医療機関で張り出されている訳ではない。東京都内の40代の男性会社員は「自宅近くのクリニックに通っているが、マイナ保険証に関するポスターなんて見掛けた事が無い」と言う。或るクリニックの院長は「ポスターなんて貼らずにバックヤードに仕舞っている」と明かす。

 そのメリットが分かり難いのも利用率が上がらない要因だ。なりすまし防止や服薬歴等が分かるのはメリットだが、如何にも国民に伝わり難い。政府が期待する医療DX(デジタルトランスフォーメーション)が完成し、医療費の削減に繋がれば保険料が軽減される等、目に見えるメリットが現れるかも知れないが、随分先の話になる。厚労省幹部も「目に見えるたメリットが分かり難い。医療DXが進めば、色々利便性が上がる筈だが、現時点で明確に言える事が少ない。それがもどかしくて仕方がない」と漏らす。一般の人達からも「今迄の方が使い易い」や「紛失が怖い」という声が上がっている様だ。

 制度の複雑さも拍車を掛ける。12月2日以降も、最長1年有る有効期限内であれば従来の健康保険証は使える。マイナ保険証に加え、マイナ保険証を作っていない人向けの資格確認書が混在する事になる。更に、カードリーダーが読み込めない時に備え、医療機関に提示する「資格情報のお知らせ」も自治体から送付されている。

 救済策として幾つかの証明書が並行しているが、却って分かり難さを助長している。資格確認書で十分じゃないか、という意見も有る。昨年10月下旬からマイナ保険証の登録が解除出来るようになったが、厚労省の発表によると、解除は792件に上っているという。現在は一部に留まっているが、混乱が拡大すれば、数字は膨らむかも知れない。

河野太郎前デジタル大臣の強引なやり方が裏目に

一方で、政府内で恨み節が漏れるのは、河野太郎前デジタル大臣に対してだ。河野氏は昨年4月、自民党所属の国会議員に対し、マイナ保険証で受け付けが出来ない医療機関が有る場合に、政府の相談窓口に連絡する様、支援者に求める文書を送っていた。まるでマイナ保険証が利用出来ない医療機関の洗い出しをする為に、自民党支持者らに「通報」を促している様だと批判された。

 この文書の存在が複数の報道機関にスクープされ、インターネット上を中心に「大炎上」した。ネットでは河野氏を批判する意見が相次ぎ、文書を受け取った自民党国会議員の秘書は「あんなのに協力する訳が無い。支持者を敵に回す様な事になる。河野氏は何故そんな簡単な事も分からないのか」と吐き捨てる。

 河野氏の炎上騒動は利用率にも微妙な変化を生じさせたのかも知れない。厚労省幹部は「完全に余計な事をしてくれたと思う。只でさえ、不祥事が多かったのに、あれでマイナ保険証を強行に進めているという印象が国民に印象付けられる決定打となってしまった」と振り返る。マスコミ関係者も「河野氏の強引なやり方は裏目に出たと言っても過言ではない。週刊誌でパワハラ報道が出たりしたので、そういった印象と結び付いてしまったのかも知れない」と分析する。

 一連の騒動が影響しているのか分からないが、平将明デジタル大臣は昨年12月3日の記者会見で、マイナ保険証の利用に関する明確なKPI(重要業績評価指標)は設定していないと明かした。KPIは民間企業等で最終目標へのプロセスの達成度等を測る指標で、最近は行政でも採用されているケースも有る。

 平氏は「しっかりと政府として広報して行く。出来るだけデジタル化、マイナ保険証を利用して頂きたく、その上でKPIを設定するかどうかも含めて考えて行く」と述べるに留めた。

 林芳正官房長官も同2日の定例記者会見で、「国民にメリットを伝えると共に、未利用者も確実に保険診療が受けられる様に対応する。引き続きマイナ保険証のメリットや利用方法について、周知、広報を行い、利用促進を図って行く」と強調した。

 しかし、林官房長官は昨年9月の自民党総裁選で、「不安の声を払拭して納得の上でスムーズに移行する為の必要な検討をしたい」と述べ、スケジュール見直しに言及。混乱に拍車を掛けた経緯も有る。

正念場を迎えるマイナ保険証と保険診療

 医療DXを促進させて先進的な創薬に繋げたり、無駄な検査や投薬を減らして医療費を圧縮したりするのは理に適っている。しかし、杜撰なチェック体制で無用な混乱を招き、政治家も責任有る発言や対応をしなかった事で利用率低迷に一役買った側面が有るのは否めない。

 寧ろ、ここから1年が正念場だ。1年後には現行の健康保険証が使えなくなり、原則マイナ保険証に完全移行する。それ迄に政府はしっかりとした対応を取り、保険診療が受けられなくなる人が出ないようにして欲しいところだ。

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