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未来の会

高度実践看護師「DNP」が変革をもたらす

高度実践看護師「DNP」が変革をもたらす
エビデンスを現場に実装し医療ケア・健康課題を改善

少子高齢化の加速、多発する自然災害、在宅医療の推進、医師の働き方改革等により、看護の需要が益々高まると共に、看護師に求められる役割も変化しつつある。こうした中、「実践と組織を変革するDNPの魅力」と題した「DNPシンポジウム2024」が2024年9月、日本看護系大学協議会の後援により開催された。

「DNP(Doctor of Nursing Practice)」とは高度実践看護師の最高学位であり、看護学の博士号であるPh.D.(Doctor of Philosophy)が新たなエビデンスを創出する研究に軸足を置いているのに対し、DNPはそうした研究成果を実践に繋げる事を重視しているという違いが有る。米国では20年以上前から普及が進み、既に400校以上でDNP課程が提供されている。

国内では、17年に聖路加国際大学が初めてDNPコースを開設し、その後北里大学、国際医療福祉大学と続き、現在迄に3校に設置されている。専門看護師や看護学の修士課程を修了した5年以上の実務経験を持つ看護師等を対象とし、学位の取得に必要な履修期間は概ね3年間。看護師として勤務を続けながら履修する事も可能となっている。

今回のシンポジウムでは、各校のDNPコースの修了生・在学院生から3名がシンポジストとして登壇した。北里大学病院で看護師として勤務する木村ゆみ子氏は、小児看護の専門看護師(CNS)を取得して5年が経ち、より良い看護の実践の為の組織の変革を求められるものの、周囲のジェネラリストの教育のみでは限界が有ると感じ、キャリアの傍ら新たにDNPコースへの進学を決意したと言う。

「現場をより良くし、研究と実践を繋ぐ役割を果たすには、新しい知見を生み出すPh.D.コースよりも、臨床現場の変革者としてエビデンスに基づく高度な看護を実践する為の実践力、研究力を養うDNPコースがマッチしました」と話す。

実装研究には周囲の協力と理解が必須

DNPコースでは研究課題として、「実装研究」が必修となる。聖路加国際大学のDNPコースを修了した三谷千代子氏は「介入の安全性や有効性を研究する臨床研究に対し、EBI(Evidence-based Intervention)に基づいた患者指導プログラムを開発し、研究手法で検証をしながら実装するのが実装研究です」と説明する。北里大学看護学部・長尾式子教授は「DNPのプロジェクト研究は組織や地域の変革に繋がる事なので、現場の理解を得る事が絶対条件」と述べる。

国際医療福祉大学のDNPコースを履修中の奈木志津子氏は、実際に現在取り組んでいる「糖尿病性足病変の予防と重症化防止に向けた集学的フットケアプログラムの実装研究」について紹介した。奈木氏の勤務地である静岡県島田市は糖尿病の治療ニーズが高く、同氏は糖尿病重症化予防事業の一環として糖尿病性神経障害に起因する下肢切断を予防する為のプログラムを考案した。ランダム化比較試験によってハイリスク患者を効果的に特定出来る事が明らかになっている「AAA(トリプルエー)スコアシート」を活用し、患者自身と看護師による足の観察を普及させる事により、糖尿病性足病変の重症化予防と下肢切断数の減少を目指すというもの。スタッフ教育や患者指導、地域の医療機関との連携等を含めた集学的プログラムとなっている。こうした地域や組織が抱える医療ケアや健康課題に対して、リーダーシップを発揮しながらEBIを実装し、「エビデンス・プラクティスギャップ」を埋める事がDNPに期待される役割の1つと言える。奈木氏は、実装研究を行うには、「サイトチャンピオン」と呼ばれる実装現場で中心的に動く師長等の協力やステークホルダーの理解が不可欠だとも述べた。

実装研究の課題として、三谷氏は論文化の難しさを挙げた。研究結果が出る迄に数年を要する上、実装研究自体を受け入れている学術誌が少ない事が難点だと言う。又、DNP取得者が増えれば、「DNPの視点で議論を交わし、より発展的な取り組みが出来る様になる」と語った。

40年以降の社会を想定したカリキュラム改訂へ

実践能力の向上が求められる一方、日本看護系大学協議会が22年度に実施したアンケート調査により、現在の大学の看護基礎教育では、臨地実習に於いて診療補助行為が殆ど実施されていない事が明らかになった。比較的多かった項目でも、「医療機器の操作・管理を見学している」(38.4%)、「膀胱留置カテーテルの管理を見学している」(35.1%)、「静脈路確保・点滴静脈内注射を見学している」(23.2%)、「ドレーン類の挿入部の処置を見学している」(21.1%)と、全て「見学」のみに留まっていた。

これについて、横浜市立大学医学部看護学科教授の叶谷由佳氏は、「臨地実習病院での医療安全が優先されたのではないか」と考察している。又、医学部では指導教員が大学と病院に所属する事から主体となって実習に携われる一方、看護学部では教員が実習病院に所属しない事から患者に対する責任の所在が不明確となる点も指摘する。

この様な現状も踏まえ、26年度には看護学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂が予定されている。日本看護系大学協議会は文部科学省の「看護学教育モデル・コア・カリキュラム改訂に向けた調査研究」を受託し、コンピテンシー基盤型教育を取り入れ看護実践能力を高めるカリキュラムを提案した。新たなカリキュラムには40年以降の社会を想定し、看護師として求められる基本的な資質・能力として「対象を総合的・全人的に捉える基本的能力」「地域社会における健康支援」「多職種連携能力」等11項目が議論されている。

特定行為の拡大と若手看護師への広がりに課題

看護師の役割拡大については、15年に施行された特定行為研修制度により、所定の研修を修了した看護師は、手順書に基づいて診療補助として特定行為を実施する事が認められている。同研修の修了者数は年々増加し、22年3月時点で4832名となっている。しかし、修了者の年齢別割合では41歳以上が約63%を占め、病院・診療所に就業する修了者の61.5%は主任・リーダー等以上の職位である事が示されている(21年12月末時点)。特定研修修了後に管理者となる看護師も少なくない。特定行為研修の受講対象が実務経験3〜5年以上の看護師を想定している事も影響していると考えられるが、より早い段階での受講を推進し、現場で実務を担う若手の看護師を育成して行く事が必要と思われる。又、特定行為として定められている21区分38行為には、米国で認められている様な診察や処方は含まれない事も本邦の課題である。カリキュラムの見直しを皮切りに、周辺制度を見直すと共に、全般的な看護実践能力が底上げされる事が望まれる。

DNP取得者の処遇改善には国民の理解が必要

看護師が自身のキャリアを追求し、最大限の能力を発揮するには、相応の評価も必要だろう。負荷が大きく高度な知識と技術を要する看護師の処遇は改善を求められつつも、長い間進展を見なかった。そうした中で世間から一定の理解を得る切っ掛けとなったのが、新型コロナウイルス感染症対策に於ける看護師の貢献だ。日本看護協会を中心とする熱心な働き掛けも有り、慰労金の給付や補助金の支給が行われ、22年には国家公務員である看護師の給与の基準となる「国家公務員医療職俸給表(三)」が改正され、「看護師長」が3級から4級へと昇級し、3級には「副看護師長」と「特に高度の知識経験に基づき困難な業務を処理する看護師」が新たに規定された。コロナ下の診療報酬改定では「看護職員処遇改善評価料」が新設されたものの、これは一部の看護師の賃金の引き上げに留まった事から、日本看護協会では全ての看護師の処遇改善の要求を続けた。その成果として、24年の診療報酬改定では看護職の2.5%のベースアップを目指した「ベースアップ評価料」が新設され、25年には更に2.0%アップの改定が行われる予定だ。一方で、DNPの様な学位や資格の取得者に対する処遇改善に関しては、介護職員との賃金格差を生む可能性が有る等、国民からの理解を得難いと言う。認知度の向上と共に、DNPが社会へ如何に貢献しているかを示して行けるかが鍵となる。今後のDNPの活躍に期待したい。

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