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第185回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 正常分娩の保険化は少子化対策に結びつく?

第185回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 正常分娩の保険化は少子化対策に結びつく?
本当に少子化対策になるのか

2024年11月13日に、厚生労働省保険局等が主宰する第5回「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」が開催された。筆者は、同日の検討会に、初めて参考人として呼ばれ、「多様なニーズと標準化は矛盾せずに結びつくこと—T型フォード一辺倒のフォード社と多車種戦略のGM社の標準化戦略の比較—」(多様な市場ニーズに対応する新たな標準化戦略の導入)、「現物給付化の意義—費用負担面のみならず分娩介助の行為類型面も重要—」(妊産婦の選択の自由の定着・拡充)などといった意見(産科医業・助産業の市場拡大を目指して)を述べたところである。

同日の検討会は、最後に、産婦人科医の構成員らから、「今の保険化の議論では本当に少子化対策になるのか」「少子化対策にこれ(筆者注・出産費用等の保険適用)が結びつくのかどうか」という根本的な問題が提起され、次回に続行となって終了した。

確かに今までの検討会では、「正常分娩の保険化が本当に少子化対策に結びつくのか?」 という根本的な議論が希薄であった。「異次元の少子化対策」の一環として「出産費用等の保険適用」が位置付けられて議論されている以上、その問いに対する回答は避けられない。産婦人科医の構成員らの問題提起は、正論だと評しえよう。

現物給付は即少子化対策だとまでは言えず

端的に回答すれば、「およそ現物給付だからと言って、ただちに少子化対策にはなるとまでは言えない」ということになると考える。もっと分かりやすく言えば、現物給付化のやり方によって、少子化対策にならないもの(いわば「少子化不変コース」)と、少子化対策になるもの(いわば「脱少子化コース」)とに二分されると言えよう。

フォード社とGM社の例のように、現物給付の標準化類型の創り方によって、少子化対策の効果を有したり有しなかったりするということである。複数の標準化の手法によって、少子化対策戦略を考案すべきだとも言えよう。

次に、「多様なニーズの標準化」の手法に従って創った、少子化対策に効果のない現物給付化の一例(正確には2例)と、少子化対策に効果のある現物給付化の一例(正確には2例)とを挙げて、説明していきたい。

少子化対策の前提とした基本的戦略

ところで、具体的な現物給付化の一例を述べる前に、本稿において筆者が少子化対策の前提とした基本的戦略について説明する。

少子化対策の基本的戦略には、大きく分けて2つの方向性があり得ると思う。1つは、いわば「広く薄く」の戦略であり、できるだけ多くの女性に1人ずつであっても子供を産んでもらいたいという方向性である。ただ、その方向性は、一歩間違えれば、あたかも産みたくない女性に妊娠・出産を強要しているかのように誤解されがちであり、少なくとも余り倫理的な印象には乏しい。さらに、そもそも「広く薄く」ではマクロで見た出生数の増加という効果にも乏しいように思う。そうすると、たとえば「無痛分娩」は、少子化対策としては余り効果的では無さそうである。

もう1つは、いわば「狭く厚く」の戦略が考えられよう。これは多く子供を産みたいと望む女性には、それこそ望むだけの子供を産んでもらえれば、という多子化の方向性である。そのような女性の存在とその希望を前提に、その方向での環境調整を行おうというものであり、反倫理的なニュアンスは無いように思う。そして、実際にも少子化対策の効果は大きいと思われる。

そこで、以下では、後者の方向性での少子化対策を基本的な戦略として行きたい。

少子化不変コースと脱少子化コース

次に、多様なニーズの標準化の分類例を列挙する。それぞれの項目について、詳しくは右記のQRコードに示す筆者の検討会におけるレジュメを参照されたい。

〈多様なニーズの標準化の分類例〉
施設:病院、診療所、助産所
寝具:分娩台、フリースタイル
配置:兼任助産師、専任助産師
ケア:一時的、継続的
システム:アドホック、かかりつけ
専従:ラウンド、見守り(専従)
妊産婦検査:内診の実施の有無
家族立会い:家族立会い無し、有り
産痛緩和:麻酔薬、薬剤、不使用
分娩方法:希望による無痛分娩、自然分娩
母子同室:母子別室、母子同室
授乳の内容:ミルク、混合、母乳
費用:有償、無償、キャッシュバック(現金併給)

次に、以上の分類のバリエーションを組み合わせて標準コースを創るならば、たとえば次表のようなコースメニューとなるであろう。

脱少子化の標準コースならば少子化対策

以上のとおりであるので、たとえば、診療所における「脱少子化コース①」や助産所における「脱少子化コース②」という標準コースを設定すると、このような現物給付化ならば「本当に少子化対策になる」し、「少子化対策に結びつく」と言えるのである。

なお、当然の大前提ではあるが、少子化対策には結婚、妊娠・出産、子供・子育ての全局面にわたる総合的な施策が欠かせない。以上述べてきた「脱少子化の標準コース」は、これらのうちの「妊娠・出産」のさらなる一局面に過ぎず、「現物給付化」は総合的な少子化対策と共にそれらの1つとして進めなければ意味がないことを、念のため付言しておく。

追補

ここまで、帝王切開・鉗子分娩・吸引分娩の保険化には少子化対策の効果がほとんど無く、無痛分娩の保険化も効果的にはさほど大きくは無く、継続ケアに基づく自然分娩はその効果が大きいことなどを前提として、複数の標準コースを設定した。追補として、医学的又は社会学的な知見とその文献を以下に引用する(文献一覧は文末のQRコードを参照)。

①帝王切開後の妊娠は、流産および死産のリスク増加と関連していた。(Keag et al. 2018:p.2)

②非自然的経膣分娩はその後の妊娠の可能性が低く、
・帝王切開ではその後の妊娠確率が9%低かった。
・器械による経腟分娩ではその後の妊娠確率が2%低かった。
・交絡因子を調整した後、帝王切開による出産ではその後の妊娠確率が10%低かった。(以上Guo et al. 2020:p.30)

③背中の麻酔によって、お産の進みが悪くなったり、お母さんのいきむ力が弱くなることがあります。そのため、子宮収縮薬を使うことが増えたり、鉗子分娩・吸引分娩が増えることが知られています(無痛分娩関係学会・団体連絡協議会 2019)。

助産師による継続的ケアモデルは、他のケアモデルと比較して、自然分娩が増加し、帝王切開や器械分娩(鉗子分娩/吸引分娩)が減少し、会陰切開が減少する可能性があります。(Sandal et al. 2024:p.31)

⑤開業助産師による継続ケアモデルは、他のモデルと比較して、出産直後の次子出生意欲(「また産みたい」)を高める可能性が高い。(古宇田 2021)

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