2024年は世界的にも、多くの国で指導者が変わる選挙の年だと言われていたが、米国ではドナルド・トランプ氏が大統領への返り咲きを決め、日本では石破茂氏が首相に選ばれた。そうした中、選挙を巡って「オールドメディアの敗北」という言葉を聞く様になった。トランプ氏の圧勝を予測出来なかったメディアは物事の核心に迫れなくなっているというのだ。日本国内の選挙でも、メディアから猛批判を受けていた兵庫県の前知事が、SNSでの支持の広がりを受けて、選挙に勝利した。今、日本の政治に何が起きているのだろうか。東京大学名誉教授で政治学者の御厨貴氏にメディアと政治の関係や、今後の日本政治の在り方等について聞いた。
——米大統領選でトランプ氏が再選しました。
御厨 投票前は民主党のカマラ・ハリス候補が有利だとか、大接戦だとか言われていましたが、実際はトランプ氏の圧勝でした。只、私は事前にハリスが支持を集めようとしているのは、既得権益層で、それでは勝てないだろうという話も聞いていた。それなのに、日米のマスコミはハリス氏がリードしているかの様な報道ばかりで、これは最近の兵庫県知事選にも通じるのかも知れませんが、偏りが大きかったと感じました。
——メディアよりSNSの方が真実を伝えているとの批判も有りました。
御厨 SNSが登場する前に情報の世界を支配していたテレビ、新聞、通信社といったメディアの政治予測が、ここ10年ぐらい少しずつピントが外れて来ていると感じていたのですが、今回は、そうしたズレが明確に出た。当選後のトランプ氏の言動も非常に過激で、TVキャスターを国防長官に起用する等とは普通は考えられない事ですが、その様な政策を打ち出すトランプ氏が何故、国民から支持されているのか、日本のメディアは全く分かっていない。よく、中西部の白人の貧困層が支持しているという解説がされますが、根本的な部分を分析出来ていないのでしょう。このままだとトランプが何かする度に驚くだけで、政策の本質に迫った報道は出来ない。それでは遠からず日本のメディアに対する信頼が崩れ始めます。米国社会や有権者の変化を理解出来ずに「トランプが辞めれば元に戻る」といった楽観的な報道をしていると、日本は先を見誤る恐れが有ります。
——何故、日本のマスコミは米国の実情を把握出来ないのでしょう。
御厨 以前は、長く海外にいて、その国の政治や経済、社会をウォッチしていた専門家がジャーナリストの中にいました。彼らの情報を集めれば、おおよその世界情勢は分かった。ところが、今はその後継者がいない。だから、多くの取材記者を送り込んで、断片的な情報を集めて何とか全体の一端を摑むといった取材になってしまい、本当の情報が入らなくなってしまった。新聞にせよテレビにせよ、海外に支局等を置いて記者を派遣していますが、徹底的にその国を知ろうとして赴任するのではなく、出世の為のワンステップと捉えている。最初から帰国後の事を考えている様では、中枢になど食い込めません。昔は、様々な場所に顔を出しながら内部に相当食い込んでいる記者が海外にいたものですが、今はいなくなりました。
——元外務官僚からも、外交官について似た様な話を聞きました。
御厨 十数年前、私も外務省の会合等で「10年位1つの国をウォッチし続ける様な人材を育てて行かないと、いずれ情報が入らなくなる」と訴えていました。外務省の中にも賛同する声が有ったのですが、結局、外交官もサラリーマン化して、内部に食い込んで情報を取れる人物が少なくなってしまった。その頃、ロシア大使館の書記官が単身赴任だと知って「これは困った事だ」と危機感を覚えました。単身赴任で「早く日本に帰りたい」等と考えていて、役目を果たせるのか。現在も、トランプ政権の今後の外交政策は不透明ですし、ウクライナやイスラエルの情勢を見ても、世界は戦争の時代に入った。その様な時代に、核心の情報を得られないのは心配です。
SNS選挙は政治変動の前触れか
——歴代の政治家を振り返って、評価しているのは誰ですか。
御厨 私は安倍晋三元首相の内政には批判的です。しかし、外交は優れていたと思います。10年も首相を務めていると、国際会議の場でも真ん中へと自然に押し出される。外交の場では、そうした首相の存在感が重要です。本人に聞くと、サミット等の国際会議では、初参加で勝手が分からない首脳を見かけると、さっと近寄ってエスコートしたそうです。最初に親切にしてくれた人の事を忘れないのは、どの国の人も同じです。それが出来た安倍元首相は最高の外交官でした。又、彼は海外の首脳に会うと「中国は非常に危険な国だから、付き合い方には気を付けた方がいい」と言い続けた。それを政治信条的に偏っていると批判する人もいますが、本人は気にしなかった。中国も日本がそうした事を言うのは織り込み済みだから、敢えて中国が考える通りに行動した方がいいと考えていました。そうすれば、中国も「日本に対して迂闊な事は出来ない。侮れない」と考える。何もしなければ、「日本は何も出来ない」と甘く見られるという訳です。今の日中関係を見ていると、安倍元首相の言っていた事は結構、核心を突いていたと思います。
LEAVE A REPLY