東京・永田町に〝バルカン政人〟が出現し、少数与党に陥った自民・公明政権や衆院選で議席増を果たした野党第1党・立憲民主党を振り回している。バルカン政人とは、小勢力でありながら大勢力を相手に連携・離反を匂わせながら手練手管を弄する「バルカン政治家」をひねった造語だ。名付けたのはテレビ番組「ウルトラマン」で「バルタン星人」に親しんだ初老世代。擬せられたのは、衆院解散前から勢力を4倍に伸ばし、政局のキーマンとなった国民民主党の玉木雄一郎代表である。
評価は様々だ。
先ずは、自民党中堅の見解から紹介しよう。
「バルカン政治家は過去にも何人かいたが、玉木氏はこれ迄とは少し毛色が違うと思うな。民主党の分裂で、仲違いした立憲民主党とは元々そりが合わない。同郷(香川県)の大平正芳元首相の後継を自認し、自民党のリベラルに近い。大平氏と同じ派閥・宏池会を率いた岸田文雄前首相の時には何度か政権入りの話も出たよね。敵対する様なアクションも有るが、僕は自民党の味方だと思っている」
国民民主党は「政策実現」を金看板に掲げている。最初に打ち出したのは「103万円の壁」の撤廃。つまり、課税最低額の引き上げである。玉木氏らは現行の103万円を178万円に引き上げ、国民の手取りを増やすべきだと主張している。理由はパートやアルバイトの時給が、「壁」が出来た1995年比で約1・7倍に増えている事に在る。「壁」の高さも1・7倍じゃないと辻褄が合わないという論理だ。
課税最低限の引き上げは、労働力確保や物価高対策等の観点から、しばしば持ち上がるが、高所得層ほど恩恵を受ける「逆進性」の問題が付きまとい、実現には至っていない。年金等社会保障制度との調整も難しい上、財政均衡を尊重する財務省等官僚組織の抵抗も大きく、どの政権も二の足を踏んで来た経緯が有る。
過半数を割り込み、打つ手の無い石破茂政権は一も二も無く、この提案に食い付き、政策協議を続ける事にした。石破首相には「政権の延命」、玉木氏には「公約の実現」というメリットが有る。与党側の基本スタンスは〝丸呑み〟だが、財務省等を抑え込む必用も有り、年末に掛けての税制協議が山場になると見られている。
玉木氏は「実現しなければ政権運営には協力しない」との強い姿勢で、背に腹は代えられない石破首相は押し込まれた印象も有るが、自民党幹部は目尻を下げてこう話す。
「103万円の壁撤廃、大いに結構だ。税制改正での合意もOKだ。官僚が抵抗しようがここは押し切る。大改正である以上、財源の裏付けが必要だ。本当に実現するつもりなら、来年度予算案についても共に議論し、賛成してもらう事になる。そこ迄行けるのなら、俺は何の文句も無い」
与野党の目線は来夏の参院選へ
はっきりは口にしていないが、最大の目標は来年度予算成立まで石破政権を存続させる事に有る。
自民党選対OBが語る。
「石破政権の現状は綱渡りだ。一歩誤れば奈落の底。だが、このどうしようも無い窮状こそが、政権を下支えしている。相撲で言えば『徳俵』だな。アンチ石破の有力者はたくさんいる。でも、沈み掛けの泥船の船長など誰も引き受けたくない。だから当面、石破で行くとなる」
衆院選で与党の過半数割れを招いた石破首相に対し、読売新聞や産経新聞は「引責辞任」を求める社説を掲載している。「筋を通せ」という主張だ。尤もなのだが、党内で石破批判の声が絶えないのに、不思議と〝石破降ろし〟の具体的なアクションは起こっていない。
選対OBが続ける。
「今回の衆院選、与党はボロ負けだが、立憲民主党も自民党を超える程は伸びなかった。寧ろ、比例票は減らしている。小政党はでこぼこがあるが、何れも決め手を欠いている。明確な勝者、ドミナントパーティー(支配力のある政党)がいなくなり、混迷状態になったというのが実態だ。そこで、各党が見据えるのは来年夏の参院選という事になる。与党であれ、野党であれ、政治の混乱を招けば国民から疎まれる。大きな動きが出て来るのは予算成立後から参院選に掛けてだろう」
当座は石破政権で荒波を乗り切り、予算成立で目鼻を付けた上で、首相をすげ替えて、参院選に臨む。自民党の大勢はそうした戦略を描いている様だ。
玉木氏らの言動を苦々しく見ているのが立憲民主党と、2大政党制志向の強い政権交代推進派の面々だ。先ず、槍玉に挙がったのは玉木氏が国会での首相指名選挙(決選投票含む)で自身の名前を書くと宣明した事だった。
立憲民主党幹部が語る。
「首相指名は石破さんと野田佳彦代表の決選投票。敢えて無効票となる自分の名前を書けば、石破さんが再任される。そういうからくりを分かった上での狡猾な発言だ。支持者らには中立を装いながら、その実体はもはや自民党の補完勢力だ」
国民民主党の支持基盤である連合は立憲民主党との連携による政権交代を視野に置き、今回の衆院選でも両党の協力による当選者がいる。前々回の「希望の党騒動」を契機に仲違いしたとは言え、政治理念には共通する面も多い。立憲幹部の発言には元身内への複雑な感情が滲み出ている。
現在の国民民主党は、所属していた多くが立憲民主党に合流し、それを拒んだ議員をベースにしている。4倍への増加を果たしたとは言え、野党第1党の立憲民主党との議席差が120議席にも及ぶ現状で、立憲民主党支持に回れば吸収合併→党消滅の可能性が出てくる。党存続を第一に考えれば、立憲民主党への合流は避けたい。かと言って、選挙区で敵対する自民党の総裁を推す訳にも行かない。首相指名では、無効となる「玉木雄一郎」の選択肢しか残されていなかったのだ。
ネット住民という新たな塊
立憲民主党関係者を苛立たせている2つ目は、玉木氏の個人ファンという形で主にSNSで増殖を続けている「アンチ立憲」の勢力だ。玉木氏は自身のユーチューブチャンネルを持ち、ネット住民からの支持が厚い。こうした新興支持者の離反を招かない為にも立憲民主党とは一定の距離を置かざるを得ない様だ。
玉木氏支持のネット住民を警戒しているのは霞が関も同様だ。103万円の壁撤廃で7・6兆円の税収減になるとの試算を示した財務省がその典型だろう。政府や学識者の一部から、税収減の話が出始めるや否や、ネット住民の財務省攻撃が始まった。SNS上には「日本の諸悪の根源は財務省」「優れた政策を潰し、自分達の利権を守ろうとしている」との怒りの声が溢れ、財務省のウェブサイトにも批判が殺到した。
冒頭で玉木氏を「毛色が違う」と評した自民党中堅が語る。
「ネット住民という新たな塊が生まれつつあると思うな。東京都知事選、そして自民党総裁選でも見られた現象だが、既存のメディアも含めて、従来の価値感や政党観とは一線を画した勢力というか、ネットしか信用しない群れがいる。国民民主党を従来型の第3極と軽く見てはいけない気がする」
やや玉木贔屓が過ぎる気はするが、確かに大手メディアや学識者の国民民主党の評価は過去の第3極の顛末に基づくものが多い。衆院に小選挙区制が導入されて以降の30年、第3極政党の大半は2大勢力の間に揉まれて衰退し、消滅しているからだ。自民党を選んでも、立憲民主党を選んでも待ち受けるのは「いばらの道」という見通しなのだろう。
早速、玉木氏に不倫スキャンダルが持ち上がり、最初の試練に見舞われた。自民党内では同じ第三極の日本維新の会との連携を主張する声も強まって来た。永田町は暫く混迷が続きそうだ。
LEAVE A REPLY