円安傾向で国内物価懸念の再燃も
米国大統領選挙はトランプ氏の大勝で決着し、年明けの就任から第2期トランプ政権が発足する。「もしトラ」から「ほぼトラ」、そして遂に「またトラ」と変化して来た情勢は、ある程度は織り込まれていた感も有り、経済界を始め各界の関係者の間にはサプライズ感は無い。金融市場では早速、ドル高・円安、株高の流れが鮮明になったが、今後の世界経済はどう推移するのだろうか。
政権基盤の安定でトランプ氏は強気の運営も
先ず確認しておきたいのは、政権基盤だ。日本↘では先の衆院総選挙で自公連立与党が大敗。第2次石破政権は少数与党となり、重要法案等の成立が与党単独で押し切れなくなる等、不安定な状態に陥っている。中国やロシア等の権威主義国家とは異なり、日米を始めとする西側諸国は、政権側が議会で如何に多数派を形成するかが重要なポイントだ。
その意味で、トランプ新政権の船出はまずまずのものと言える。今回、大統領選挙と同時に行われた上院選挙で、共和党は4年振りに過半数を奪還。ホワイトハウスだけでなく、上院・下院の両院とも赤一色のトリプルレッド(共和党のシンボルカラー↘の赤に由来する)となり、議会のねじれが無くなった事で安定した政権運営が可能になった。
大統領と両院を独占するトリプルレッドの意味は果てしなく大きい。前回のトランプ政権も当初はトリプルレッドのスタートだったが、中間選挙で下院が過半数割れに追い込まれた。就任当初こそ規制緩和や大型減税をスムーズに実行させたが、中間選挙以降は思う様に政策を進められなくなった経緯が有る。今回にしても、共和党議員は親トランプ派ばかりとは限らず、穏健派が離反する可能性も捨て切れないが、ひとまず大抵の法案は議会を通過する事↖になった。第1期でも目立って保護主義や孤立主義的な主張を展開、自国の利益を最優先とする「アメリカ第一主義」の政策を推し進めて来たトランプ氏。これ迄の国際合意や枠組みを否定する形で、「世界最大の経済大国」の舵取りがなされる事に留意しなければならないだろう。
積極的な景気浮揚策を矢継ぎ早に出す可能性
こうした事を踏まえて、トランプ氏の第2期の経済対策の先行きを考えてみよう。先ず、世界的にも企業関係者が間違い無く歓迎するのは、景気浮揚策を前面に打ち出して来る可能性が高い点だろう。元々実業家であり、選挙戦を通じてもバイデン政権の経済失政を叫んでいただけに、景気をテコ入れする為にも、1期目に見られた様な大幅な減税、規制緩和等を行うのは想像に難くない。既に暗号資産に関する規制緩和の方針を示した事で、ビットコインは最高値を更新する程上昇したが、景気にプラスになると思える政策は矢継ぎ早に実行しそうだ。
この様な中で悩ましいのは、エネルギー政策に関わる企業だろう。トランプ氏は環境問題を軽視しており、気候変動対策は後退する事が想定される。となると、米国の再生可能エネルギーのブームが急速に萎む一方、石油・ガス等既存の化石燃料が見直される可能性が高い。又、バイデン政権で施行された太陽光や風力等事業に補助金を支給する法律は、共和党の地盤が強固な州からも根強い支持が有る為、廃止に踏み切る事は難しい状況だ。更に、イーロン・マスク氏を政権中枢に取り込んだ事で、同氏が経営するEV(電気自動車)大手のテスラが飛躍するとの指摘も有る。
他方、苦戦が見込まれるのは中国関連のビジネスだ。トランプ氏は第1期政権下でも中国に対して強硬姿勢を取り経済界に混乱をもたらしたが、今回も中国製品に60%の関税を懸けると明言。となると、中国が報復措置を取るのは疑い様が無く、対中ビジネスは厳しさを増す事になるだろう。米国景気全体で見れば、トランプ氏の経済政策は産業界にとってプラスばかりとは言い切れないのである。
インフレ懸念から金利上昇リスクも
これらの経済対策と景気浮揚策の効果が奏功して株価の上昇が見込める一方、金利上昇、ドル高・円安は進行しそうだ。先述した中国製品の関税引き上げを行えば、当然の事ながら安価だった中国製品が値上げラッシュとなり、鎮静化して来たインフレが再燃する恐れが有る。そうなれば、中央銀行に当たるFRB(米連邦準備制度理事会)はそれ迄の利下げから姿勢を利上げに転換する可能性が有る。現に、トランプ氏勝利との見方が広がった段階で、金融市場では国債が下落(金利は上昇)トレンドを鮮明にしていた。
影響は欧州にも及ぶ。自国経済の状況に拘らず、米国が金利上昇に踏み出せば、その流れに逆らうのは難しい。物価上昇に悩んだのは欧州も同様で、彼等もユーロ安を望まないのが本音だ。ECB(欧州中央銀行)も為替相場の安定に努めるだろう。
先述の景気浮揚策も金利上昇を促す要因になる。そもそも米国は財政が強固であるとは言い難い。そこへ来て積極財政による歳出増加となった場合、国債の増発にも踏み切らざるを得ないだろう。インフレ対応と共に、この点は注意する必要が有る。金利が上昇となると、為替相場はドル安が進む。対円レートでは、国債利払いの増加を避けたい日本は急激な利上げは避けたいとの思惑がある為、再び日米金利差が拡大する事によって、ドル高円安トレンドに戻りそうだ。実際に、大統領選挙後の外為市場の動きは円安の流れが強まり、1ドル=160円を再び目指すと見る関係者も少なくない。
しかし、或る外資系証券のストラテジストは「2024年7月に日銀が追加利上げに踏み切ったのは円安が進み過ぎている事に対する懸念もあった筈で、このまま160円を目指す事になった場合は、年内の追加利上げの可能性も出て来る」と指摘。トランプ氏自身は、ドルが高過ぎると主張しており、米国側からドル安を促すプレッシャーが掛かれば円高が急速に進むリスクも有る。為替相場は、日米それぞれの事情から波乱含みとなりそうだ。
足下の金融市場でも、株高、金利上昇、円安が進行する、所謂トランプトレード、トランプラリーと称される動きになった。バイデン時代は物価高に苦しみ、庶民の生活に圧迫感を与えたとの印象が有ったが、昨今の株価上昇はトランプ氏の経済対策が米国民にとって求めるものだったと見る事が出来る。しかし、米国の金利上昇、減税による財政悪化、関税引き上げによる物価高等をもたらすトランプ氏の経済政策は、日本のみならず、経済の結び付きが強い欧州や、貿易相手として絶対に無視出来ない中国等が犠牲を強いられる事も可能性としては有る為、長い目で見た時には米景気にプラスなのか疑問視される様になるかも知れない。
日本経済への影響、企業業績にプラスも物価高懸念
では、「またトラ」は日本経済にどの様な影響を及ぼすのか。為替相場では、円高に反転した動きから再び円安にトレンドが向く事が想定出来る。24年に史上初の4万円台乗せを果たした日経平均は、夏に急落してヒヤっとさせたが、その理由として大きかったのが円高への方向転換だ。それにより輸出企業の採算が低下し、25年3月期の業績見通しは悪化が懸念されている。だが、為替相場が再びドル高円安に振れるとなれば、円安と反比例する形で日本の株価は再び上昇に転じるだろう。勿論、米国の関税引き上げは、その上げ幅は小さいながら日欧等同盟国にも適用される為、注意が必要になる。
他方、円安になると、物価上昇に対する心配が大きくなる。折しも自公連立与党が敗北し、政権基盤が一気に弱体化した日本では、今後はスピーディーな政策対応は難しくなる事も想定されており、そうなると物価上昇が顕著になった場合でも物価高対策が遅れるリスクが大きい事を留意しておきたい。
いずれにせよ、米国の株高、金利高、ドル高の流れが続き、表面上は投資家がリスクを積極的に取る動きになりそうだ。米国株が高くなれば日本株も高鳴り、円安を踏まえると企業業績も良い方向に進むが、一方では物価高の懸念が膨らむ等、消費者にとって辛い環境になる可能性も有る。
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