飴と鞭を使った「規制的手法」に議論が沸騰
医師が多い地域で新たにクリニックを開業するには許可が必要——。医師の偏在是正策として、厚生労働省はこうした案を有識者検討会に示した。医師の都市部への集中を断ち切るべく、急進的な規制色の強い案も含めて打ち出した格好だ。しかし、規制される側の日本医師会(日医)等は強く反発している。憲法が定める職業選択の自由との関係等課題も多く、年内に策定予定の医師偏在解消に向けた「総合対策パッケージ」に何処まで盛り込めるかは不透明だ。
2002年に26万2687人だった医師数は、この20年で約8万人増の34万3275人(22年)となった。大学医学部に「地域枠・地元枠」を設ける等した医師偏在対策の効果も少しずつ表れている。
それでも偏在は解消されておらず、厚労省が地域の医師数や人口、受療率等を加味して算定した今年1月時点の「都道府県別医師偏在指標」によると、医師の絶対数も多く最上位の東京都(353・9)と最下位の岩手県(182・5)では2倍近い開きが有る。下位3分の1には東北地方の県が目立つ一方、首都圏の埼玉県(196・8)や千葉県(213・0)も含まれている。
医師の偏在は地域だけでなく、診療科間でも生じている。22年の医師数は08年比でリハビリ科が6割増、形成外科は5割増なのに対し、勤務が過酷で不足が問題化している産科・産婦人科は1割強増えただけ。外科に至ってはほぼ横這いだ。
医師が過疎地等で不足するのは、経営が成り立ちにくい事に加え、子供の教育問題や、医師として腕を磨く機会が少ないという面も有る。九州地方の医局の教授は「医局の若手医師を無理に地方に派遣しようとすればパワハラになる時代。医局の力も弱くなっている」と話す。
医師不足地域に医師を向かわせる「規制的手法」
9月30日に厚労省で行われた「新たな地域医療構想等に関する検討会」。同省で医療提供体制改革等を担当する高宮裕介参事官は、都市部など医師が過剰に集中する地域から、医師が足りない過疎地等へとシフトさせる事を意図した偏在是正案を示した。
医師不足地域への対策としては、国と都道府県が協議し、人口や地理的条件等から医療機関の維持が難しい地域を「重点医師偏在対策支援区域(仮称)」とする案等を提示した。同区域の医療機関には持続的な経営を可能にする為、補助金の他、診療報酬を厚くする「経済的インセンティブ」を与えるとしている。更に都道府県の医師確保計画に「医師偏在是正プラン」を加え、支援対象の医療機関を明示する事等を提案した。
これに対しては、「保険料を(医療)給付外に用いるのは加入者への説明が困難」といった意見も有った。只、「経営が成り立つ工夫をしなければ医師少数地域に医師は行かない」(伊藤伸一日本医療法人協会会長代行)という現実の前に強い異論は無かった。今後は医療機関を支援すべき地域の選定基準等、具体案を詰める運びとなる見通しだ。
議論が沸騰したのは、飴と鞭を使って医師不足地域に医師を向かわせようとする事や、開業医が集中する地域への新規参入を難しくする「規制的手法」についてだった。
現在はかかりつけ医を支援する中核的な「地域医療支援病院」の管理者となる条件として、「医師少数区域等での6カ月以上の勤務経験」を課している。有識者検討会で厚労省の高宮氏は先ず、この条件となる対象の病院を自治体や国立、大学病院等にも広げる案を示した。医師不足地域での勤務期間を1年以上等に延長する案についても検討を求めた。
「大学病院長」ポストで釣る手法には「逆効果」との指摘も有った。望月泉全国自治体病院協議会会長によると「昨今、若手医師は病院管理者への就任に消極的」という。現場を知る医療関係者からは望月氏に同調する声が相次ぎ、過疎地での勤務経験を出世の条件とするなら「美容クリニック等自由診療に流れる医師が増える」と懸念する声も聞かれた。
岡俊明日本病院会副会長からは「医師少数区域での勤務期間を逆に短くする」との対案が出された。避けられがちな過疎地での勤務の期間を今の条件の半年から3カ月に短縮すれば赴任し易くなって希望者が増える、との見立てだ。
「外来医師多数区域」での開業を許可制に賛否
「外来医師多数区域」での新規開業に対する規制には、クッキリと賛否が分かれた。
現状でも都市部等で開業する際は、ガイドラインに基づいて夜間・休日診療、在宅医療、予防接種等の公衆衛生対応等を求めているが、多くは開業届け出時に要請する為間に合わず、事実上機能していない。その点を踏まえ、高宮参事官は、開業を予定する医師に導入を計画している設備や体制を事前に届け出させた上で、当該地域に足りない医療機能を補完する様求める事を医療法で規定すると説明した。
要請に応じない場合は保険指定をせず、勧告や公表も可能にする案、「外来医師多数区域」での開業を許可制とし、同区域での医療機関数に上限を設けるとした案にも踏み込んだ。更に、保険医療機関の管理者を法律で規定するとした。管理者になる要件として、一定期間、保険医として勤務する事を挙げている。只、診療科によって規制に差を付けるか否かには触れておらず、診療科の偏在是正に繋がるかはハッキリしない。
クリニック等診療所の場合、現状は医師免許保有者が自治体に届け出さえすれば場所や診療科を問わず原則自由に開業出来る。日医がこれ迄最も重視して来た医療政策の1つだ。それでも現状に風穴を開けたい厚労省は、医師の養成に多額の公金が投じられている事情も考慮して「自由開業制」に手を付けるという高めのボール気味の球を投げ込んだ。
自由開業制の見直し案に対しては、支払い側や有識者委員からは賛成意見が寄せられた。河本滋史健康保険組合連合会専務理事は「外来医師多数区域では、地域で不足する診療科のみ保険指定を認める事が必要」と強調した。土居丈朗慶應大経済学部教授は医療費の大半は税と保険料だとして、厚労省案を「未だ未だ甘い」と指摘し、「要請に従わない場合には保険指定を行わない等しなければ医師の地域偏在は是正されない」と一層の規制強化を訴えた。
この他、公平性の観点から既に開業している医師にも地域で不足する医療機能を充足させる事を求める案や、医師多数区域での開業に報酬減等の「ディスインセンティブ」を与える案も飛び出した。
これに対し、診療側の委員からは慎重論が続出した。江澤和彦日医常任理事は「規制的手法は全く馴染まない」と猛反発し、伊藤伸一日本医療法人協会会長代行は「医師は医師少数区域には行かず、医師多数区域の近隣に動くだけで偏在は解消出来ない」と述べ、実効性に疑問を呈した。
今年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2024」(骨太の方針2024)は、医師の偏在対策として、年内に「総合的な対策のパッケージ」を纏めるとしている。厚労省は既に「都道府県が医師偏在是正に主体的に取り組み、国はサポートする仕組みを検討」といった骨子案を作成済みで、今後複数の有識者検討会で肉付けをして行く。
だがクリニック等の開業規制に関しては、これ迄も日医等の抵抗で骨抜きにされて来た。真っ向から対峙して行く意向の日医を説得するのは相当ハードルが高い。仮に検討会レベルで合意されたとしても、例えばペナルティーとして要請に応じない医療機関に保険指定をしない仕組みを導入するなら社会保障審議会や中央社会保険医療協議会での議論も不可欠となる。時間が逼迫する中、取り纏めは難航必至だ。
そもそも医療機関の収入は、地域の人口=患者数に大きく左右される。或る厚労省幹部は「収入面を考えると医師が都市部に集中するのは必然の帰結で、偏在問題の根源でも有る。それでも乗り越え、解を見出して行く事を迫られている」と語る。
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